異世界人との恋愛事情

川木

異世界人と付き合うと絶対発生する戸籍問題がまさか自分に返ってくるとは

 ふー、と可憐な唇が細められてロウソクの炎を消す。私は拍手をしながらリモコンで明かりをつけた。


「改めて、お誕生日おめでとう、リリア」

「ありがとう。ヨーコ。こんな風に誕生日を祝われると、何だか面はゆいけど。こうして無事年を重ねられたのも、ヨーコのおかげだよ。いつもありがとう」

「いいのよ、私とあなたの仲じゃない」


 二十歳そこそこの美しい少女に見える彼女、リリアは異世界からやってきた。目の前で突然現れたので疑いようもなく、やむなく世話をみることになった。喧嘩したり色々あったけど、今では恋人となり、リリアがこの家に着てから一年だ。誕生日にやってきたと言うリリアはひとつ年をとったことになる。


 晩御飯のあとのささやかなケーキも食べ終わり、二人でゆっくりソファにもたれる。肩がぶつかり目線をあわせると、リリアは可愛らしくこてんと肩に頭をのせてくる。

 可愛い。きゅん、と胸がときめく。あー、可愛い。普通に成人はしているんだろうけど、ちょっと小柄でこんな風に甘えてくるとめちゃくちゃ可愛い。それでいて体はしっかり大人でむしろ力強くて、はー、完璧。最高。好き。


「そう言えば聞いてなかったけど、いくつになったの?」

「ん? そうだっけ? 88歳だよ」

「……ん!? え? 88!?」


 とっくに成人しているということだし、成人年齢はわからないけど、だいたいちょっと下くらいだろう。と思っていた。

 去年、こっちに来たとき誕生日だった、と聞いたときはまだ恋人ではないどころか、喧嘩してたのでもし年上だったら雑に扱いにくいと思って年齢をスルーしていた。だけどもう私たちの間に年齢なんて関係ない。と気軽に質問したらとんでもない答えが返ってきた。

 思わず大声を出してしまったのに対し、リリアはちょっと嫌そうな顔で頭をあげて見上げてくる。


「え? そうだけど、よく若く見えるって言われるけど、何もそんな驚くことないでしょ?」

「いや、米寿じゃん!」

「は? べい? なに?」


 リリアに普通に人間は100歳くらいまで生きたら長生きで、60歳から長寿のお祝いとして別名がつき、88は米寿と言うことを説明した。


「は? え? 100歳? それだけしか生きないってこと? え? こんなに見た目同じ生き物なのに、そんなに寿命が違うなんてこと、あるの?」


 異世界人ではあるのだし、魔法とか使えるし、こう、平均寿命の違いはあるだろうと思ったけど。でもそれは魔法ばかりで馬車を使っているとかいう文明力低そうな話だったから、こう、人生五十年のノリなのだろうなぁと思っていた。まさかそんな、生物として根幹が違うなんて。


「えっと、どのくらいの平均寿命なの?」

「えー、長生きのお爺ちゃんは400歳くらいだけど。あ、長生きって言っても、世界一とかってレベルじゃなくて一般的にの話」

「400年……!?」


 400年生きる? この後リリアの寿命が320年くらいあるってこと??

 一瞬で考えてしまう。100年後、私は多分生きていない。リリアを残して死んでしまう。女同士で子供ができない以上、独りぼっちにしてしまう。戸籍もないリリアを放り出して、どうやって生きていくと言うのか。私が守ると約束したのに。


「うっ、ご、ごめんね、リリア」

「え、な、なに。え、泣いてる?」

「だって、私、400年も生きられないから」

「あ、それは大丈夫」

「……は?」


 え? 何? 大丈夫って何が? 私がいなくても大丈夫ってこと? は? その美貌ですぐ次に誰か見つけるしってこと? ていうかそうじゃなくても私が死んで大丈夫ってどういうことなの?

 つい流れ出た涙が止まって、思わずリリアの肩を組むように引き寄せてメンチをきってしまう。


「な、なにその顔。さっきから情緒不安定じゃない? こわ」

「最愛の恋人が先に死ぬことが決定したのに、大丈夫とか言われて大丈夫でいられるわけないでしょうが」

「ああ、そう言う。いや違うけど。そうじゃないけど、自分で自分の事最愛の恋人とか言うの照れない?」


 リリアは私にキスをしてきた。こ、こんなことで誤魔化されない。と思いつつ、めちゃくちゃ運動神経がよくてなんにでも器用で適応力の高いリリアはキスもすぐになれてめちゃくちゃうまくなってしまったので、めちゃくちゃ気持ちよくて蕩け顔になってしまう。ぐぬぬ。


「あのさ、ヨーコが死んじゃって大丈夫なわけないでしょ。馬鹿言わないでよ」

「う……じゃ、じゃあどう大丈夫なの」

「これから私が毎日、魔法をかけて老化をとめてあげる。私と釣り合うくらいに加減するから、一緒に400年生きれば大丈夫よ」

「……ん? 私が400年生きるってこと?」

「そうだよ? 人間につかう例はないけど、ペットとか寿命が短い生き物につかうのはよくあるし、記憶とかにも影響ないのはわかってるから、大丈夫だよ」


 毎日使わなきゃいけないし、結構な魔力をつかうから、よっぽど大切な家族にしかつかわないけど、一般的で安全な魔法だから安心して。とか言われて、じゃあ安心! とはならないんだよねぇ。


「あのー、この世界は戸籍とかあるの言ったでしょ? 400年も生きたら化け物扱いされちゃうんだけど」

「戸籍はそっちで何とかして」

「何とか……」


 めちゃくちゃ雑に全振りされた。どうやって何とかするのは何もわからない。

 思わず繰り返す私に、リリアは拗ねたように唇を尖らせる。あ、あ、可愛い。


「なにその顔ー。いや、私だって簡単とは思ってないよ? だってこの世界色々全然違うし。でも、私、たった50年もしたら老いていっちゃうヨーコの世話をして、100年も一緒にいられないなんて絶対いや。ヨーコが死んだら私も死ぬ。ヨーコはそれでいいの?」

「よ、よくはないですけど」


 私がいなくなっても大丈夫ってどういうことなの、とキレたものの、私がいなくなったら死ぬって言われるのはそれはそれできっついな。

 思わず敬語になってしまう。肉体的な解決法を提示できない以上、現実的な問題は私が何とかすると言うのも理解できなくはないのだけども。


「じゃあ頑張って。私も協力するから」

「んん……はい。頑張ります」


 ただのOLだったのにとんでもないことになってしまった。なに、戸籍って。やばいくらい最初の一歩が思いつかない。それにさらっと決定されたけど、400年生きるって精神的にもきつくないだろうか。色んな意味でやばい。

 やばいけどまたされたキスが気持ちよすぎて、否定する言葉を口に出せない。


「よしよし、いい子ね」

「うぅ」


 慣れた様子で頭を撫でられて、おばあちゃんより年上と知ってしまったのでなんというか、めちゃくちゃ自然に受け入れてしまう。


「ていうか、と言うことはだけど、ヨーコいくつなの?」

「25だけど」

「っ……こ、子供じゃん……えぇ、えぇぇ……やばいね。え、子供なのにこんな体で、こんな……」


 おや? リリアの様子が……?


 この後抱かれたし、絶対長生きさせてあげるからね、と念入りに魔法をかけられた。


「あの、聞くけど、ロリコンじゃないよね」

「そんなわけないでしょ。ただ愛する女が、思ったより幼かったことに興奮したし、これからもっと大事にしてあげようって思っただけ」

「いや、いいけどさ。私だけなら」

「当然でしょ。もー、妬いてるのー? 可愛い」


 めっちゃなでなでされた。これからの関係性が不安なような、だいたい同年代でちょっと年下だろうなと思ってたのに、まさかのめちゃくちゃ年上だったので脳みそがバグりそうながら、なんか自然に甘えてしまってすごい、安心感すら覚えているので、なんか大丈夫なような、変な気分だ。

 ただわかるのは、どうなるにしろリリアとずっと一緒にいたいし、いるだろうなってことだけだ。


 こうしてまさかのすれ違いと関係の若干の変化はあったものの、ラブラブ恋人関係なのは変わらないままだった。だけどこうして出会ってから一周年をすぎ、300周年を過ぎてもラブラブのままだとは、さすがにこの時の私には予想できないのだった。








 色んなことがあった。異世界なんて、おとぎ話で聞いていても実在するなんて思わなかったし、まさか自分が異世界に行くなんて考えたこともなかった。誕生日当日、気分よく家に帰る途中で奇妙な魔力反応があり、好奇心で覗き込んだらこれである。

 その先こそヨーコの家であり、ちょうど目の前だった。世界のことをチラッと教えてもらったら自力で帰るつもりだった。

異世界であろうと、実在を知った以上自分ならなんとかなるだろうと思っていた。だけどこの世界には魔法がなく、空気中の魔力もごく微量で、魔法そのものを完成させてもとても実行させることはできなさそうだった。

 もちろん荒れたし、それはそれとしてただ飯食いとして世話になるのも申し訳ないし、だから自分なりにやろうとしても常識が違いすぎて怒られてばかりで、私が迷惑かけて世話になってるってわかってて、それでも反発したりもした。

 ヨーコも聖人じゃないから当然怒るし、常識が違うから喧嘩だっていっぱいした。だけど結局ヨーコは全部受け入れてくれた。


 優しくて、私のいた世界なら甘すぎてすぐ死んでしまいそうなくらい、めちゃくちゃに優しい女の子。好きになるのに時間はかからなかった。

 世界が違っても見た目や体の作りは基本同じだ。だからきっとちょい年下だとは思っていた。

 だけど人より若く見えるのを自覚していて、心細かったりしたときにヨーコに甘えたりしたのが恥ずかしくて、ヨーコが私を年下と思っているようだったので、ヨーコの誕生日もあえて何歳か聞かずに曖昧にしていた。


 だけどそれから恋人となり、私の誕生日を祝ってくれて、当たり前みたいにこれからずっと一緒にいてくれるつもりで、もう隠す意味はなかった。

 だからさらっと言ったのだ。88歳だと。基本的に年齢はゾロ目がひとつの区切りとして大きなお祝いをする。文化の違いはあるけれど、数の数えかたや時間、月日もだいたい似たような感じなのでそれはこっちも同じだろう。一通り祝い終わったからこそ、大袈裟にされることもないしちょうどいいだろうと思っていた。


「……ん!? え? 88!?」


 だけどまさか、こんなところに落とし穴があったなんて。百歳しか生きないって、そんな馬鹿な話があるものか。たったそれだけしか生きないくせに、これほどの文明が築けるものなのか。

 一瞬そう思ったが、それら重要ではない。と言うことは、だ。ヨーコはまだ50にもなっていないのではないだろうか。

55の成人を迎えていないなんて考えてなかった。見た目は大人だし、中身が無垢で愛らしく、年上ぶってても年下らしい可愛らしさがあったとは言え、さすがに成人してないとは思っていなかった。


「うっ、ご、ごめんね、リリア」

「え、な、なに。え、泣いてる?」

「だって、私、400年も生きられないから」


 なのに、これだ。年の差とか、そう言うことじゃなくて、まず私のことを気にしてくれる。自分が先に死ぬと謝ってくれる。

 そう言うところが、愛おしくてたまらない。未成年でも構わない。今更、ヨーコがいくつであってもこの気持ちは変わらない。

 ヨーコが好きだ。一生を共にしたいし、夜も共にしたい。今すぐその涙を舌でぬぐって、可愛がってあげたい。だけどそれはさすがにない。まずは涙をとめて安心させてあげなければ。


 と思って大丈夫、と端的に伝えたら今度は怒られた。最愛の恋人の死をスルーされたと思ったらしい。そんなわけないし、自分で最愛って、可愛すぎる。

 さっき私を気遣う懐の深さを見せたかと思うと、急に拗ねちゃうとか子供っぽすぎて、ギャップがたまらなくてキスしてしまう。


 素直にうっとりと喜んでくれるヨーコに苦笑しながら、魔法でなんとでもなると伝える。一番簡単なのはペットなどにつかわれる、老いをとめる魔法だろう。そこそこ高度だが私には片手間でも使えるし、実績もあって健康などの問題もない安心な魔法だ。

 欠点をあえてあげると長期間使うと魔法をかけた使用者に対して対象者は依存するようになっていくけれど、すでにお互いに恋人関係なのだし問題ない。


「あのー、この世界は戸籍とかあるの言ったでしょ? 400年も生きたら化け物扱いされちゃうんだけど」

「戸籍はそっちで何とかして」


 さすがにそれは無理だ。一人二人洗脳すればなんとかなるレベルならともかく、厳格に大規模に管理されているようだし、ちょっと手を出して変にばれてしまうのが一番最悪だ。ここは現地人であるヨーコにお願いするしかない。

 もちろん魔法的な手段についてはいくらでもできることはするけれど。


「んん……はい。頑張ります」

「よしよし、いい子ね」

「うぅ」


 やる気になってくれたようなので撫でて褒めてあげる。いままでもたまにしていたけど、明確に年上になったので普通にできる。グレーだったので

 慣れた様子で頭を撫でられて、おばあちゃんより年上と知ってしまったのでなんというか、めちゃくちゃ自然に受け入れてしまう。


「ていうか、と言うことはだけど、ヨーコいくつなの?」

「25だけど」

「っ……こ、子供じゃん……」


 それはそれとして、気になっていたことを聞いてみたところ、とんでもない答えが返ってきた。50歳以下だろうとは思っていたけれど、25? 25って、何歳? と馬鹿みたいなことを一瞬考えてしまった。

 22歳でようやく体内魔力が安定してそろそろ魔法を習いはじめる、いわばまだまだよちよち歩きの子供ではないか。一人で村の外にも出られないくらいの子供。


「えぇ、えぇぇ……やばいね。え、子供なのにこんな体で、こんな……」


 頭の中の25歳は普通に小さくて、性的な対象には絶対に考えられない保護対象だ。だと言うのに、目の前のヨーコは一人前の体で、胸だって私より大きくて体だけなら私より年上と言われてもおかしくないくらいだ。顔つきや態度、にじみ出る性格から年下と察していたけど、普通に性的に見れる体だ。

 やばい。いくらなんでも25歳は犯罪すぎるのに、こんな25歳で、それでいて性的なことにもノリノリで自分からこういうのもあるとか調べてくるし、不器用で知識だけで下手くそなりに健気に応えてくれるし、そんな25歳とか。


 興奮してきたので、会話もひと段落ついていたのもあって普通に抱いた。

 グレーにしていた年齢関係がはっきりした分、明確に年下扱いできるところあって、より可愛がりやすくて、25歳としてべたべたに子供扱いしながら可愛がったからか、ちょっとロリコンを疑われてしまった。

 ヨーコだから25歳なことに興奮してしまったけど、そうでなければ普通に引くだけだ。


「んー、可愛い可愛い。ヨーコ大好き」

「う……嬉しいけど、あんま子供扱いはやめてよ。なんか微妙」

「子供扱いってわけじゃないよ。最初に年齢知ってたら別だけど、もう色んなところが大人って知ってるからね」


 そう言う意味では、今までお互い年齢をスルーしていてよかった。初対面の時に年齢を知っていたら、多分いくら生物として違うと言っても、恋愛対象とは見れなかっただろう。


「へ、変な言い方しないでよ。リリアはそうでも、私としてもリリアはおばあちゃんより年上なんだし、あんまり頭撫でられるとそれ意識して微妙ってこと」

「おばあちゃん……」


 どうも、それはヨーコの方も同じようだ。危なかった。というか、この世界での同年代では孫がいて、それがヨーコの世代なのか。孫世代と恋人と考えると、ますますアブノーマルな気がしてしまう。


「いやでしょ? だからあんま変えないで、今まで通りにしてよ」

「わかったわかった。まあでも、今までもヨーコの事80くらいかな? って年下とは思ってたからそんなに変わらないけど」

「え? ちょっと待って、実年齢はあれだけど種族として言うなら、私の方が年上な可能性ない?」

「は? ちょっと意味が分からないんだけど」


 どうもヨーコは圧倒的年下の癖に、わけのわからない理屈で年上の要素を残そうとしているらしい。そう言う年上ぶろうとするところが、余計子供っぽいのだけど、分からないらしい。

 そう言うところがますます可愛いのだけど。


 その後、ヨーコがどこぞの権力者に取り入ってかわりに戸籍をどうにかしてもらおう、という他力本願案をだしてきた。その方が難しくない? と思ったのだけどヨーコに言われるまま何人かに魔法をつかっていくと、いつの間にか私にも戸籍ができたし、色々全部なんとかなっていったので、やっぱりさすがヨーコだなと思った。

 こうして私は異世界で最愛の人と幸せに暮らした。

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