作品3-10

 店主はもう片方の手で剣山を取り出し、誘拐犯と妻が座る席のテーブルに置くと、枝を突き立てた。


「なんのつもりだ。」


「いいから静かに待ってろ。」


 そう言うと、店主は慌ただしくキッチンを動き回る。ガスコンロに置いてある鍋やフライパンにたちまち火がかかる。七輪には魚がおかれ、炊飯器にスイッチが入る。電子レンジでは何かが焼かれており、沸いたお湯はその前に置かれたコーヒー、紅茶のポッドに注がれていく。時間が経つにつれ、それぞれから真白な湯気が立ち上り、気づくと店内が白一色になっていく。


 店主はそれぞれの湯下の出るところで何かをしているが、カウンターに座る二人からは一体何が行われているのか全くわからなかった。ただひっきりなしに店主が動き回り、そして時折、剣山に立てた桜の木の枝に手を伸ばしているのがわかるぐらいであった。


「よし。」


 しばらくして、店主はそう言うと店の入り口や裏口のドア、また窓という窓を次々に開けていった。風が通ると店内の湯下がみるみると晴れていく。そして目の前には、様々な実で一杯に装飾された桜の木の枝が現れた。


「これは…。」


 カウンターの二人は不思議そうに店主と枝を交互に眺めている。店主はキッチンの椅子に腰かけ、首にかけたタオルを外しながらこう言った。


「かすみ玉。」

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