城ケ崎先輩の役に立たない88歳アイデア

タカば

城ケ崎先輩の役に立たない88歳アイデア

 うちの大学には変な先輩がいる。


 名前は城ケ崎芽衣子。

 一年先輩の彼女は、そこそこの頻度で大学にやってくる、そこそこ不真面目な学生で、結構な頻度で俺についてきて、そこそこの時間まで俺の部屋にいりびたる。

 そして、毎回独自のアイデアを披露するが、だいたい役に立たない。


 実に面倒な先輩である。


「真尋くん、いいことを思い付いたぞ」

「……何ですか」


 しとしとと雨が降る昼下がり。

 珍しく落ち込んだ様子で、人の家のこたつで丸まっていた城ケ崎先輩が、突然立ち上がってそう言った。


「つまり、私は88歳まで生きればいいんだ!」

「はあ」


 長生きしたいなら、好きにすればいい。

 何がどうなって、どう作用した結果この答えになったのか。相変わらず、この人の発言意図は汲みきれない。


「君も知っての通り、今日はマレリ彗星が地球に大接近する日だ」


 ご存知ありませんが。

 彗星の名前とか全然興味ないんだが。


「しかし、今日はあいにくの雨! 埼玉県の企業が製造した高性能天体望遠鏡を持ってしても、夜空を観測することはできない」


 玄関の大荷物、天体望遠鏡だったのか。

 正直廊下ふさいで邪魔だと思ってたんだけど。


「……しかし!」


 台詞の最後で先輩は顔をあげた。

 そこそこたわわな胸が、たゆんと一緒に揺れる。


「幸いなことにマレリ彗星は太陽の周りを一定周期で公転している! 次の接近は67年後、つまり88歳まで生きれば、ふたたび彗星を見る機会を得られるのだ!」

「長生きするのは結構ですけど……」

「うん?」

「そんな歳じゃ、老眼で星なんかよく見えないんじゃないですか?」

「……はっ!」


 67年後まで生きていることは想像できても、67年後の老いまでは想像できてなかったらしい。城ケ崎先輩は床に崩れ落ちると、ふたたび丸まってしまった。


 俺はスマホを操作すると、全国版天気予報を表示させた。

 よし、これならなんとかなるか。


「城ケ崎先輩、起きましょう。出かける準備してください」

「何だ?」

「レンタカー借りてドライブ行きますよ。ここは明日までずっと雨ですけど、西に移動すれば晴れ間があるようです」

「行こう!」


 城ケ崎先輩はぱあっと顔を輝かせた。

 望遠鏡の大荷物を抱えながら、うきうきでスキップし始める。

 それ、落としたら大変なことになるんじゃないかな。


 今日も城ケ崎先輩のアイデアは、役に立たない。





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