#4-3「魔改造1/1スケール蛭(渋谷Ver.)完成品」
「そう言えばオレ達って何でヴェリタスん時に仮面とかマスクを着けてるのかな」
「最初は身バレ防止の為にって着けてたみたいだがよお、今となっちゃほとんど意味ねえな。ヴェリタスユーザーの慣習みてえなモンだあ」
オレは自分のガスマスクをまじまじ眺めながら呟いた。
岩猿は壁に並べられている仮面の内、さっきからずっとマンドリルの仮面をガン見している。
ここは渋谷でひっそりと営業を続けるマスク屋だ。ハロウィンの時期が近づくと客でごった返す。今はオレたちの他に店主しか居ない。
まだ蛭が自分の仮面を持っていなかったので、紫苑が見繕おうと言い出したのだ。ただし紫苑もマスク屋の場所は知らない。ここは岩猿が贔屓にしている店だ。
店内はちょっと狭くてお高めな靴屋じみた内装である。靴の代わりに色んな仮面やマスクが並んでいる。淡い間接照明の光は、モノトーンの設えやローテンポな洋楽も相まって、落ち着く雰囲気を演出していた。
蛭は顔をしかめながら、中々しっくり来る物が見付からないでいる。鏡の前で仮面を顔に合わせては、納得いかない様子で投げ捨てて取り替えてと繰り返している。
オレと紫苑はそれをキャッチしては自分に合わせてみたり、棚に戻したりして暇を潰していた。
「決まらないぞ。もう貴様の仮面を寄越せ紫苑」
「嫌だね。俺はこれが気に入っているから」
「そう言えば……岩猿はゴリラの仮面って自分で選んだのか?」
「カッコいいだろお、ゴリラァ」
やがて蛭が赤い仮面を手に取り、真上のライトに掲げ、鼻先が触れそうな位置まで近づけて凝視する。顔に着けて姿見の前であれこれヘンテコなポーズを試みる。
最終的に特撮ヒーローの変身ポーズめいた体勢のまま、満足した様に深く頷く。
黒地のシンプルな形に、ピエロのメイクみたいな模様が紅く描かれている仮面だ。どことなく紫苑の仮面に似ている気もする。
「決めたぞ。これにしよう」
「じゃあこれで買ってこい」
紫苑はぞんざいに蛭の方へアタッシュケースを投げる。蛭は軽やかに取っ手を空中で掴み、その場で一回転してから店主がうつらうつらと微睡んでいるレジへスキップしながら向かう。
いきなり起き抜けに開かれたアタッシュケースの中から、ギッシリと詰まった札束を見せつけられて、店主は大袈裟に仰け反ってから椅子ごとひっくり返っていた。
オレと岩猿は蛭の背姿を眺めている。
「岩猿、アレ、どう思う?」
「どうもこうもねえ。このままじゃあよろしくねえなあ。せっかく俺様御用達の店でマスクを買っても、あれじゃあ台無しだぜ。粗挽き焼き立てハンバーグにパイナップルを乗せる位には台無しだぜえ」
蛭の腕と足は乱雑に包帯が巻かれている。黒いワンピースはボロボロに裾が擦り切れ、せっかく綺麗なプラチナブロンドの色合いをした長い髪もボサボサだ。
言ってしまえば全体的に小汚い。
オレは岩猿と横目に視線を合わせて、お互いに不敵な笑みを浮かべる。
「せっかくここは忠犬ハチ公のお膝元こと渋谷だ、なあ岩猿!」
「やってやろうじゃねえかあイカレ女魔改造計画を、魅せてやるぜえ炸裂するぜえ、ウルトラカリスマファッションリーダー岩猿様のセンスがよお!」
◆
別に岩猿はファッションリーダーでもなければカリスマでもない。喧嘩が強いだけの良い年こいたウルトラうるせえチンピラである。
それはそれとして、オレと岩猿は湧き上がる勢いに駆り立てられるまま、蛭の右手と左手を引っ張って連れ回していた。
ある意味で紫苑を殺す為の戦略だの何だのと言い包めれば、割りと本人も途中から乗り気な様子で、最終的には3人でスクランブル交差点を小躍りしつつ斜めに渡る。
紫苑はその後ろから、欠伸して片手をポケットに手を突っ込んだままヘッドフォンで音楽なんぞ聴きながら付いて来る。黒くゴツめのヘッドフォンとウン万円する音楽プレーヤーは、一昨日あたりにアキバのでっかい電器屋で、たまたま目に付いた物を買ったらしい。
試しに「ちょっと貸して」と言ってみれば、重低音が首元まで揺らして来るくらい良い奴だった。
脳髄を響かせるラインナップは、ロックやメタル、流行りのポップスからゲームの曲らしきものまで、まるで統一感の無い印象だ。
本人曰く音楽はぜんぜん詳しくないから、何となく見付けて気分がノる曲を聴いている、との事らしい。
オレも小気味良い音に乗せられつつ、岩猿や蛭と一緒に人混みをダンスの振り付けみたいにすり抜けていると、流石に紫苑から「そろそろ返せ」と不機嫌そうな声で肩を掴まれた。
一方その横合いで岩猿はヨタヨタと躓いて転んだ見知らぬオバアチャンの手を取り立ち上がらせると、オバアチャンを独楽みたいグルグル回し、オバアチャンも岩猿もノリノリになりダンスを披露した後で、最終的にピクチャーポーズをキメていた。
◆
「ぐわぁあああ……」
オシャレな美容室に蛭の情けない叫び声が、なんとも緊張感なく響き渡る。
拾ってきた子猫みたいに髪をワッシワッシと洗われる蛭は驚くほど無抵抗だった。
オレと紫苑と岩猿は、店の入口に置いてあった雑誌をそれぞれ取り、適当な椅子に腰掛けてぼんやりした様子でページを捲っている。
オレは漫画雑誌を、紫苑はファッション誌を、岩猿はゴシップ誌を広げていた。
「良くキレて暴れ出さねえな、あのシリアルキラー」
「先に大人しくしとけって言っておいた」
「ノコギリ女は、紫苑、テメエの言うことだけは聞くなあ」
◆
「たかが真っ黒なTシャツだろ岩猿、これに何万円もかけるのかよ」
「コレだからだっせえジャリガキはよお、分かっていねえなあ一馬よお、縫製とか、着た時のシルエットが抜群に違うんだあ!」
カジュアルなモノからシックな商品まで、たくさん黒い服を並べているブランド物の服屋の前で、言い合うオレと岩猿を蛭が眺めていた。紫苑は腕を組みつつマネキンに着せられた商品を興味深く見て回っている。
◆
「靴は大事だよな、靴は。オシャレの基本にして奥義だって言うもんな」
「分かっているじゃねえかあ、足元を見るってえコトワザがある位だからなあ」
3人が靴屋に並んでいる商品を、しゃがみ込んで見入ったり、手に取り黙って観察したり、代わる代わる蛭に履かせては「いや、ちょっと違うな」と首を横に振る。
蛭にスニーカーを穿かせるかブーツを穿かせるか、オレと岩猿の間で軽い論争から掴み合いにまで発展する。ちなみに争いは紫苑の「両方とも買ってやる」という一言によって終結した。
◆
既に日はとっぷりと暮れて、向こうにある十字路で大学生くらいのニーチャンが、アルコール度数24%のロング缶を片手に千鳥足でバレリーナさながら踊り狂っていた。
雑居ビル1階の入口前で、オレ達4人は並び立っている。
オレ達3人より前に少女が進み出る。少女は身の丈ほどある楽器ケースを背負っている。黒いオーバーサイズのTシャツに、赤いデニム生地のショートパンツと、黒いショートブーツを穿いているという組み合わせのファッションだ。
両腕はアームカバーで覆い、頭に被ったスポーツキャップも黒で揃えている。
今朝方よりも見違えるほどプラチナブロンドの髪がサラッサラになった彼女、蛭は変化に乏しい表情で、青いLEDの電飾で『
青い看板を指差した蛭は、振り向いて深い紅色の瞳でオレ達を見る。
オレの勘違いでなければ、蛭の声色はいつもより幾分か弾んでいる気がした。
「今日はこの店を攻めるんだな?」
「そうだ。けれど……少しだけ趣向を変えてみよう」
言うなり紫苑は俺を見やり、手に提げていたアタッシュケースを投げて寄越す。
慌てて受け止めると、彼はニヤリと少し笑いながら、仮面で顔を覆い隠した。
「強くなりたいんだろ。まずは一馬が、ここのチャンピオンに勝てよ」
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