タナカと猫になれたなら


ざわざわ、わいわい、昼休み。

談笑しながら弁当広げて、友とお菓子をつまんでは昨日や明日の話で楽しそうに笑う。


放送部は今日もよく分からない曲を流している。

きっとホコリ臭い放送室で彼らも笑いあっているのだろう。先生は入ってこないあの部屋で、彼らは何をしてるんだろう。

ゲームだろうか、それともYouTube?

だらしなく制服を着崩す姿が目に浮かぶ。


校則は生徒の自由を縛る、不必要だ!

いつの日か生徒会長が叫んだが、結局何も変わらなかった。

懐かしい、いつになったらこの学校は変わるのだろうか。



「おい田中、中庭行こうぜ」


僕は顔を上げてから本を閉じた。

顔に「面倒くさい」と貼り付けて。








「おーい、出てこーい。

美味しいおやつだぞー」


僕らの学校の体育館は少しだけ浮いている。

勿論、物理的に。


暗くて良くは見えないが、僕の膝あたりの高さで柱が沢山、少しばかり地面と離して作られている。

つまり必然的にそこに暗くて薄暗い空間が出来上がる訳だ。


そして目の前のこいつは地べたに這うような姿勢で顔だけそこに突っ込んでいる。

昨日、僕の目の前で隣を歩いてくれる人が出来たと示してきたこいつ。

ああ、けしからん。


「田中、むり!」


ははっと笑った顔が出てきた。

彼の制服には土埃が引っ付いて、中には泥っぽいものも見える。

真っ白のパレットに乾いた筆で描いたみたいだ。なんともまぁ高位な芸術である。


彼がこうもしてまで体育館の床下の空間に執着するのにはとある理由があった。

僕はそいつの手からチューブ状の猫のおやつをひったくり、彼と同じように身をかがめた。


きらりと光るものが2つ。

僕をじっと見ていた。


「大丈夫」


小さく呟くように声を掛けた。

奥のそれは呼応するように、「なあ」とだけ返して、のそのそ、僕の元へ寄ってきた。


いつものように段々とその姿が光に照らされる。

ぬいぐるみの様にもふもふとした体毛。

タレ目だからだろうか、いつもの通り眠そうだ。

耳はぴっと立っている。

尻尾は少しご機嫌斜め。


お、おお・・。

じっと見守っていた彼が静かに声を押し殺した。


世の人間たちを狂わせる、自由気まま、小さな毛玉が姿を現した。

僕は灰色の前におやつを差し出す。

飛びつきはしないが、顔を持って言って小さな舌で吟味し始めた。

「やったー」と喜ぶでも、「わーい」とはしゃぐでもなく、「仕方ないなぁ」と、なんとも可愛げのない顔で舐める当たりがこいつらしい。


「・・・美味しいか?」

よしよしと少し土っぽい背を撫でる。

なぁ、と生返事。


「ふつうだよ」

そう言われた。


そうして猫と会話する僕を見て、彼が口を開いた。

「なぁ、俺も触ってもいいか・・・?」

シャツにまだ泥をつけたまんま。

こいつの母は大変そうだ。


「僕に聞くな。ほら、これ持ってれば大丈夫だろ」

僕はおやつを彼に手渡した。

さんきゅ、と言ってやや緊張した面持ちで彼は猫に差し出した。


「ほ、ほら、俺にも触らせておくれや」

彼はゆらゆらと猫の前でおやつを揺らす。

きっとその行為は意味が無いぞ、心に留めた。


じりじり、彼はにじり寄る。


灰色の猫はやはり気だるげ。

ふいっ。

顔を背けた。


「え、いらんの?」

期待に満ちていた彼の口から、隙間風のように言葉が漏れた。

猫はてちてち、おしりを振りながらまた体育館の下へと歩いていく。

彼はおやつを握りしめ、去りゆくおしりをただ見守る他なかった。


「お前、どんだけ嫌われてんの?」


「おい笑うな。きっと腹減ってなかっただけ・・・。おい、笑うなったら。」




昼休み明け、おじいちゃん教師の古典。

今更思い出し緩む口角を、小さな教科書でそっと隠した。





♢






猫は、自由の象徴だ。


ぽかぽか陽気に体を任せ、町を気の向くままにてとてと歩く。

何があっても動じない感じで、非常に冷静なイメージがある。


それはどうやら人間から見たら、大変魅力的な存在らしい。

昔から猫の登場する創作物を作っては、妄想を広げて、見せびらかした。

文学や音楽、絵を書いてみたり、写真集を作ってみたり。

登場パターンは多岐にわたる。


実際のところ、僕もそんな猫が羨ましかったりする。

当たり前だろう、てってっと肉球鳴らしてその辺を歩くだけで女の子からちやほやされるし、ご飯が貰える。

羨ましくないはずがない。


彼らは正しく、自由気ままに猫生を謳歌している。


じゃあ猫じゃない僕はどうだろう。

自由に暮らせているのだろうか。


よく人間が「自由気まま」と表現する猫は、本当に自由気ままに、簡単に言うと自由に暮らせているのだろうか。



では仮に僕と猫を入れ替えて考えてみよう。

あの猫の様に女の子に囲まれ、撫で回されちやほやされる僕。

その辺を歩いていれば、どうぞとおやつを貰う僕。


邪魔だよといくら言っても「可愛い!」と人が寄る。

もうお腹いっぱいだよと鳴いても「たんとお食べ」と差し出されるおやつ。


あれ、自由じゃないな。

てか、自由ってなに?


学校に行って机に向かう僕。

なんだかんだ言って談笑しながら一緒に帰ってくれる彼と歩く僕。

放課後、帰ってゲームをする僕。

明日も学校かとため息を吐く僕。


彼以外は進んで人は寄り付かないけど、バレンタインデーなんて悲しみしかないけど。

共に感情を共有できる人は、一人いれば十分だ。


休みの日やなんにもない日、人恋しい日。

僕らは「暇だなぁ」と口に出す。


毎日毎日何も考えずに日向ぼっこは出来ないけども、可愛い女の子には見向きもされないけれども。

ひょっとすると、僕らは僕らの思っているよりも遥かに、それこそ、猫なんかよりもずっと「自由気まま」に暮らしているのかもしれない。



きっと猫は自由じゃない。

僕らのせいで自由じゃない。


でもきっとそんなこと彼らは気づいてない。

目の前を乗り越えて生きてゆくことに全力を注ぐ彼らは、気づかない。


可愛い顔して大変なんだなぁ。

僕は静かに目を閉じ、自分が猫になる夢を見ることを期待した。


猫になれたなら。


きっと、自由で楽しいだろうな。

やはりそんな考えがどうしても離れないのは、彼らが愛される所以なのだろうか。



今日はなんだか、よく寝れる気がした。

だから、もうちょっとだけいいか・・・。

タナカは枕元の携帯に手を伸ばした。


タナカの寝れない夜は終わらない。

彼が疑問に思う限り。

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