りんご飴

郷野すみれ

りんご飴

――りんご飴が食べたかった幼い頃の夏祭り。私は親にねだったが、「着色料とか、体に悪そうな色をしているからやめなさい」と止められて食べられなかった。りんご飴はお祭りの光に照らされて、キラキラと輝いていた……。


***


「え? 近くでお祭りがあるんですか⁈」


 大学入学から約3ヶ月。新入生なりにサークルに馴染んできていた私は驚いて、先輩に尋ねる。出会った時に一目惚れした憧れの先輩は、目を細めて頷く。


「うん、あるよ」

「行きたいです!」

「じゃあ、一緒に行こうか。案内してあげるよ」


 うわあ、すごい。憧れの先輩との初デートだ。あっさり決まってしまった。そうとなれば、夏祭りに向けてとびきりのおしゃれをしなければならない。私はウキウキと買うものや着るものの算段をつけた。


 ***


 夏の日は長い。夕方とは言ってもまだ日の高い5時半に大学前で待ち合わせだ。大学進学を機に一人暮らしを始めたので、その特権として大学が近い。調べてみるとお祭りが開かれる神社も大学や私の住んでいるアパートのすぐそばだった。


 張り切って浴衣を着付けた。手の器用な母親が縫ったものだ。紺色の地の色に、朝顔の花が映えている。私の好みとしてはもう少し派手でもいいんだけどな……。今まで地元にいる時は母親に着付けさせてもらっていたので、なんとか動画で検索して見様見真似で着付けてみた。合わせも確認したし、多分大丈夫だろう。


 新調した髪飾りと巾着を持って大学の前で先輩を待つ。待っている間、ソワソワと落ち着かず、何度もスマホのインカメラで、セットした前髪の確認をしていた。


 5時半を少し回った頃、先輩が来た。私はニコッと笑う。爽やかに早足で来た先輩は、私を上から下まで見た後、少し目を見開いて開口一番、「ごめんね、待った?」と謝ってきた。


「大丈夫です。私も今来たばかりなので」


 本当は少し待ったけど、本当に来るのか心細かったけど、笑顔で首を振る。


「そうか。ちょっと電話が来ちゃって。ごめんね、さあ行こうか」


 先輩がスタスタと歩き始めたので、私はちょこまかとついていく。


 浴衣を着ているので足を大股で動かせない。頑張って早足で歩いて置いていかれないようにした。

 お祭り会場は賑わっていた。お祭り特有のざわめきと、醤油が焦げた匂いと、キラキラした光に包まれている。私は身長が低いので、先輩と20センチは差がある。表情がよく見えないくらい違って、背伸びをしてもキスをするのは難しい。


「何か食べたいの?」


 私は屋台をキョロキョロと見渡し、左手で右手の袖を押さえながら真っ直ぐに指差す。


「あれ、りんご飴食べたいです」

「そうなんだ。ここで待ってるから買ってきなよ」


 ちょっと寂しいが、座れるベンチを取ってくれているから仕方ない。私は巾着から500円玉を出してりんご飴を買った。手渡された、小さい頃から憧れていたりんご飴はお祭りの光を反射して食べるのがもったいないくらい輝いている。


 私は先輩のところに戻り、隣に座ってりんご飴をかじり始めた。普通のりんごが砂糖みたいなものでコーティングされてるんだな、と思いながらちびちび舐めてかじる。


 周りの人たちは、家族連れやカップルで賑わっている。微妙な空気を振り払うように先輩が話しかけてきた。


「おいしい?」

「はい」

「一口ちょーだい」


 呆気に取られている間に、身を乗り出して別の方向からかじった。私は顔が熱くなるのを止めれず、俯く。


「あ、ちょっとここにいてね。人見つけたから」

「はい」


 大学の同級生もちらちらと見かけたから、先輩も知り合いを見つけたのかな、とりんご飴を舐めながら思う。先輩がかじったところにはまだ口をつけられない。


「そうなの。後輩案内しててさ」

「どこどこー? かわいい!」


 顔を上げると、先輩はかっこいい美人の女の人を連れていた。先輩に釣り合ってる。


「この子」

「こんばんは!」


 慌てて立ち上がる。巾着がベンチから落ちた。


「ちっちゃくてかわいい! 1年生?」


 見下ろされて女の人は、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、私のセットした前髪の辺りをクシャッと撫でた。


「はい……。あの、お二人は?」


 私は首を傾げると、先輩は少し気まずそうに答えた。


「俺の彼女」


 瞬間、キーンと音が鳴り、周りが無音になった。先輩の彼女は先輩にしなだれかかる。


「大学の友達もいっぱいいるでしょ? 多分誰かしらいるでしょ。俺はこれで。またね」


 先輩はスッと背を向けて手をひらひらと後ろ向きに振り、二人は連れ立って去っていってしまった。


 そんな、先輩が私を彼女を待つ間の繋ぎに使っていたなんて信じたくない。私がそんな人を好きになっていたなんて信じられない。

 履き慣れていない下駄を履いていたので、靴擦れができて足が痛い。

 憧れの片方は手の中にあったけど、もう片方は溢れ落ちた。いや、最初から手に取れなかったんだ。憧れを見せてやったとでも先輩は思っているのだろうか。


 私は、食べかけのりんご飴を、屋台のゴミ箱に捨てた。

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りんご飴 郷野すみれ @satono_sumire

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