第17話「シャーーーーッ!やれるもんならやってみろっ!!!」
「る、ルルガ……!?」
「危なかったな。急いで戻ってきて良かった」
その声によってようやく俺は気付いた。
子供コボルドの魔法によって飛んできた炎から、突然現れたルルガが、俺を庇ってくれたのだ。
泣きじゃくった後の子供のように俺はルルガにきつく抱き締められ、身動きが取れないほどだった。
しかし、俺の鼻には嫌な焦げ臭さが漂ってくる。
……ルルガの背中の方からだ。
一瞬で俺は気付いた。
「る……ルルガ!大丈夫か!?」
「あ、ああ……問題ないぞ……っ!」
その何かを押し殺している声と表情から、大丈夫でないのは明らかだった。
ゲームの中では魔法なんてメラとかファイアだとか最下級魔法だと侮っていたものだが、実際に火の玉が飛んできて、それが生身の体に当たって何とも無いわけがない。
ましてや……こんな若い女の子に……!
「ルルガ!大丈夫かっ!?」
「今だっ!かかるのだ!」
ミミナの声と、コボルドの声が聞こえる。
だが、俺は目の前で起こったことをしっかりと認識することができず、呆然としていた。
振り回し過ぎて両手が疲れ、鍬を持ち上げることしかできない。
何だか現実感に乏しく、まるで夢でも見ているようだった……。
「シャーーーーッ!やれるもんならやってみろっ!!!」
ルルガが歯を食いしばって俺の前に立ち、コボルドたちを威嚇する。
……そのあまりの形相にビビったのか、コボルドたちは一瞬足が竦んだようだった。
「おのれぇっ!」
ルルガの気迫に背中を押されたのか、ミミナも素早い動きで三匹の間をくぐり、こちらに向けて突進してくる。
そして、不意を打って一匹の片腕に斬りつけることに成功した。
「うがっ!……クソっ!巫女まで来るとは計算外!撤収である!撤収ーっ!」
切りつけられたコボルドは、即座に身を翻して逃げ始める。
すると、そいつがリーダーだったのか、他のコボルドも皆てんでバラバラに逃げ始めた。
一瞬、ミミナは追いかけようとしたものの、ルルガのことが心配になってその足を止めた。
一方ルルガは、コボルドたちが逃げていったことを確認すると、その場にしゃがみ込んでう~っ……と唸っている。
「ほ、本当に大丈夫なのか?ルルガ……?」
「う~……。ちょっと、イタい」
「しっかりしろ、ルルガ。ちょっと見せ……待てっ!」
急にミミナが鋭い目つきになると、振り向きざまに矢を放った。
「わ……キャッ!」
矢が吸い込まれていった茂みの方から、幼い子供のような声が聞こえる。
……そうか、さっきの子供コボルドか……。
逃げ遅れたんだろうか?
そこまで考えた所で、俺は急に力が抜けてしまい、その場にへたり込んだ。
そして逆にルルガに「大丈夫か……?」なんて心配されてしまう始末なのだった……。
***
それから、ルルガに応急手当をした我々は、服に矢が刺さって逃げ遅れたけもみみの子供コボルドを捕まえて村へと戻った。
終始オドオドとしていたコボルドは、やっぱり捕まってからも大人しくしており、特に呼びかけても話もせぬまま、村に連れてこられた。
そして、竹の籠のような物の中に捕らえられ、今回の一件について、また村長会議が行われることとなったようだ。
その間、俺たちはうちに集まって、ルルガの治療を行っていた。
「イチチチチ……!」
「我慢しろルルガ。皮膚の表面が焦げてるから、剥がさないと綺麗な肌には戻らん」
そう言うとミミナは、彼女の剣鉈を火とアルコールで消毒し、火傷を負った背中の肌の部分を削いでいった。
彼女たちの皮膚が丈夫なのか、大した魔法では無かったからなのか、何とか真皮と呼ばれる奥の細胞までは火傷していないようで、肌に痕が残らなさそうだという所に少しだけ安心する。
(……う、うわぁ……)
とても見ていられるもんじゃない。
彼女が上を脱いで裸になっていることもあり、俺は席を外すことにした。
「ちょっと、外歩いてくるわ」
そう言うと、返事も待たずにテントを出る。
そして一人、辺りを歩く。
……気が付けば、俺は再びまた畑へと戻ってきたのだった。
(何やってんだろうな、俺……)
またコボルドたちが現れたら……とも考えたのだが、既にどこか自暴自棄になっていた。
……出るなら出ればいい。
そんなことより、一人外へ出た理由は、自分の情けなさに耐えられず、俺は彼女たちに合わせる顔が無かったのだ。
どこか俺は甘えていたんだろう。
異世界という非日常に、いつか何かが起こってうまくいく……そんな風に考えていたのかもしれない。
村人たちがみんな親切だったのもそうだ。
俺は人間として当たり前のことを忘れて、日々をただ何気なく過ごしていただけだった。
(……そうだ。ここは異世界なんだ……)
改めてそのことを実感する。
東南アジアに行った時に、俺は知ってたはずじゃなかったのか?……あんなに平和だったのは、日本だからだったんだって。
本当は日本の方が特殊で、世界は当たり前に危険に満ちてるんだって……。
そんなことも忘れて、呑気に畑なんかしてたから……。
「ロキ、大丈夫だったか?」
「怪我は無いかロキ殿!?」
あの後、二人は真っ先に俺のことを心配してくれてた。
ルルガがあんな怪我をしていたにも関わらず。
なのに俺ときたら、最初から最後まで彼女たちに頼りっきりで……。
何が起こったのか理解できず、あ、ああ……と虚ろな返事をしたことしか覚えていない。
罪悪感で胸が押し潰されそうになる。
……向こうの世界にいた頃は、集落の中でも若手だからと、意気揚々としていた。
じいさんたちの手伝いもしたりして、「若いのはいいねー」なんてチヤホヤされていい気になってただけだったんだ。
だけどこっちの世界に来てみたら、たかがワン公一匹に狼狽える始末……何が異世界農家だ。
ただのいち農民なだけじゃないか。
トウモロコシ一本守れやしない……。
しばらく前の気楽に考えていたことも忘れ、自分の情けなさに今すぐこの村を出て行きたいくらいだった。
トラにでも喰われて、のたれ死んでしまえばいいんだ。
急激に、これまで無意識のうちに抑えていたと思われる、ネガティブな感情がどっと押し寄せてきた。
本当に俺は帰れるのか……?
この世界でやっていけるのか……?
作物はちゃんと実るんだろうか……?
実ったとして、どうする?ここでずっと過ごしていくのか?
戻れればいいけど、もし戻れなかったら……?
いかん。
……いかんとは思いつつも、そんな考えが頭から離れない。
そして、その裏には「もしかして、死ぬんじゃないか……?」という意識が小さな闇のように残っているのを感じていた。
全くこれまでの日常とは違う、非日常の世界。
生と死が隣り合わせの、現実だ。
(これまでの俺の知識なんて、ここで一体何の役に立つって言うんだ……)
どこか、異世界チート系のラノベを思い出し、無双する世界を夢想していた。
現代科学の知識があれば、この世界では何だってできる。
……そんな風に。
だが、実際にフタを開けてみれば、畑を襲ってくる生き物に全く歯が立たなかった。
知識なんていくらあっても、現場で役に立たなければ意味が無いんだ……!
農業を始めた時にも実感したことだった。
だが、今更この世界でどうしろっていうんだ……?
魔法が使えるわけでも、武術を習っていたわけでもない。
こっちの人々に比べたら、体力だって全然劣るし、何の人脈も持ってない……。
……そんな風に、俺は自暴自棄になっていた。
(ん……?)
だがその時、俯いていた俺は、ほんの僅かな違和感に気付いた。
何だろう?何かが昨日までと違う……?
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