第5話 家って言うか、テントね

いやー、ただの農家なのに、何の特殊能力も隠しスキルも、それどころか権力も文明的な生活すら無しに異世界系日常へと突入してしまった俺。

なんだかジャングルの奥地みたいな集落に連れてこられ、とりあえずしばらく過ごすことになりました……。


ともかく、このままの状態はマズい。何とかもう少し情報収集をしないと、こっちの世界で生きていけない気がする。

せめてもうちょっとマシな食料を用意しないと、日本食が恋しくてストレス死してしまいそうだ……。

異世界農家としての実力を発揮せねばな。


そのためにも、こちらでの協力者はもっと増やしておくべきだろう。

……まずは、この村の巫女であるルルガを確実にGETしておかねば!


俺をこっちの世界に呼び込んでしまった負い目もあるだろうし、何とか俺が自由に活動できるまで、彼女の協力を仰ぐべきだろう。

なので、いつでもアクセスできるようにしておかねば……。


「あーそういえば、ルルガはどこに住んでるんだ?」

「あの真ん中にある大きい家だ。ばーちゃんたちと一緒に住んでる」


ルルガが示した方を見ると、さっきの小屋の隣にある、若干大きいティピが目に入った。

ティピというのは、よくモンゴルの遊牧民族みたいな人たちが住む、丸い形の簡易居住施設だ。

ゲルというところもあるらしい。


まあそんな感じの、壁の代わりに竹のような固めの植物で囲いをし、屋根は椰子の葉のようなものを重ねて中心に柱を立てたような建物だ。

この集落では、基本的にこれが住居のスタンダードスタイルのようだった。


「ロキの家はそこだ。今誰も住んでないから自由に使ってくれ」

「家って言うか、テントね」

「テント?」


そう言われてルルガの家と逆方向、彼女が指差す先を見ると、集落の外れの方にちんまりと存在している家族用のテントぐらいの大きさの家……というかやはりテントにしか見えないような物が見えた。


……え、あれですか……。


日本にいた頃の文明とのあまりの落差に、衝撃を隠せない俺。

こ、これは早急にこっちの世界での生活を何とかしないと大変なことになりそうな気がする……。

これからの生活の具体的な所を想像し、思わず苦笑いを隠せない。


案内された家……いやもうテントでいいや。

テントの中に入ると、民族衣装のような柄のカーペットが敷き詰められている真ん中に、火を燃やすための小さな暖炉みたいな石の囲いがある。


……そして、それだけだった。


「いやーキッチンとかそういうのないんですかね……?」

「キッチン?そうかロキはこっちのことがよく分からないんだな。分かった。ばあちゃんに言って、うちも一緒にここに住むことにしよう」


若干愚痴をこぼす俺に、いきなりルルガはそんな突拍子もないことを言ってくる。


へ?一緒に?住む……?


「い、いやいやちょっと待ってちょっと待ってお姉さん!それは色々とマズいんじゃないのかなぁ……?」

「ん?どうしてだ?」


焦って急にしどろもどろな早口になる俺に、完全に無邪気な仕草で尋ねるルルガ。

脳裏に邪な考えが浮かんでくる前に、慌てて否定的な意見で抑える。


「どうしてってやっぱりそれは年頃の男女が同じ部屋でどうのこうのっていうかまぁこちらもそんな訳だし……ねぇ?」

「イヤだったらまあいいけど……。もし何かわからないことがあったら聞いてくれ」


若干納得できないという顔をしながらも、そう言ってルルガはあっさり引き下がってくれたので助かったが、まさかいきなり同棲とか、非モテ農家の俺にはいきなりハードル高すぎるだろ……。


そういう文化なのかもしれないが、もうちょっとこちらの文化を勉強する必要があるな……。




***




それから俺の異世界での生活が始まることとなった。

やはりこの集落の文化レベルは非常に低く、現代で言う途上国の辺りの文化のようだった。


もちろん電気も無ければ、水道もガスも無い。

水は近くの川から汲んできて沸かす必要があるし、火は薪から燃やさなければならない。


この村は、ほぼ自給自足で暮らしているようだ。

さっきのマズい飯のようなものの他に、周りに生えている果物を採ってきたり、野生の鹿を狩ったりといった……いわゆる狩猟採集生活を営んでいるらしい。


「いやぁ……まさか田舎にあるうち以上の生活をすることになるとはな……。かつて異世界に召喚された人間で、ここまでの扱いをされた奴はいただろうか……」


思わず、独り言を呟いてしまう。


一通り辺りを歩き回ってみると、このテントは本当にただの部屋だけで、風呂も無ければトイレも無いという……なんだか寂れたキャンプ場にでも来たかのような感覚だった。


ちなみに、教えてもらって一回トイレに行ったのだが、ある程度まとまった数のテントごとに、離れた場所に囲いがしてあって……あ、いやこれ以上は止めておこう。


まあそんなような感じだ。

少なくとも、洋式だったり水洗だったりするようなことは無い。


というわけで、この世界に来たのは昼頃だったのだが、それから夕方までかけて、ゆっくり村の中を見て回った。

やはり来たときに思った通り、この村は女系社会の村らしい。

少しの子供を除き、村にいるのは皆女性ばかりだ。


後でルルガに聞いてみた所、この村は男が成人すると、みんな外へ出て行く決まりがあるらしい。

そして時折訪れる、外からの旅人の男を迎え入れ子供を残すのだとか……。


なるほど、そうやって血が濃くなるのを防いでいるのか。

変な所で感心してしまう俺。

それで妙に俺のことついても慣れているというか、やたら用意のいいテントがあったりとか、何より特に、敵対的な視線は感じないのに驚いた。


うちの田舎の方がずっと閉鎖的だぞ。


……それよりむしろ、どっちかというと好奇心的な視線が多いような……?


「おーいロキ、水浴びに行かないかー?」


と思って村内をウロウロしていると、そこにやってきたルルガがそう声をかけてきた。

ちょうど着ていたツナギも暑くて動きにくかったし、俺はいいぞと答える。


熱帯気候の上、非常に湿度が高く不快指数も同様に高かったので、長袖長ズボンのツナギを着ていた俺は、しばらく辺りを歩いただけで汗びっしょりになってしまった。


途中から上だけ脱いでTシャツ一枚になったものの、やはりそれでも気持ち悪さは拭えない。

なので、ルルガの申し出は非常にありがたいことだった。


まぁおそらく、この世界の事だし、なかなか快適なシャワーと言うわけにはいかないだろうが、汗を流せるだけでも充分にありがたい。


そう思いながら、ルルガの後を着いて行った。


……のだが、ここでこれまでの人生で最大の試練が訪れることになろうとはっ!?……思いもよらなかった……。

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