週に一度のタノシイ時間
半崎いお
タダシイワライ
畜生。
涙が出そうになるから、顔をクシャンとしかめて、わらっているような顔をしつらえる。
子供たちは、楽しそうにきちんと、テレビの前に座って、その時間を待っている。
もうそろそろ、始まるのだ、その時間が。
陽気なジングル、見慣れた顔。
皆が、テレビの前で、その時間を、待っている。
「子供たちの笑顔が大好きなんです。子供たちの笑顔があふれる……そんな国にしたい一心で、立候補いたしました!!」そう叫ぶ芸人出身のイケメン候補者に、わかいお母さんたちはメロメロになり、ずっとテレビで彼を見てきた人々は、そのいい人キャラの印象のまま、主張されてきた「素晴らしい国」を夢に見て、その一票を投じたのであった。
「僕が、君たちを笑顔にする」
流行語大賞をも受賞した、そのキャッチコピーもよかった。
だって、僕たちはずっと、彼に笑顔にしてもらっていたのだから。
いまだって、ほら、笑顔にはなっているだろ?
そう、国民全員が、この時間は笑顔なはずだ。
だって、この時間は、義務なのだから。
私たちは、その公約に、ゴーサインを出し続けていたのだから。
最初は、なんだそんなことか、と苦笑したものだった。
「大統領アワー」ってなんだそれ、と笑って。
視聴は義務になる予定だといわれても、彼の番組なんだし、ちょっと見てみたい気もしたし。
義務なんてどうせ、投票みたいなもんでしょって。
始まったときは、視聴率何パーセント! 前代未聞の高数値!! なんて大騒ぎされていたっけ。
確かに大統領がそんなバカバカしいことをするなんていう不条理だけで、みんながバッカンバッカンに沸いたものだったし、確かに話題の中心になっていた、のだけれど。その番組が半年に一回から、月一になり、あれよあれよという間に週一になり、そしてそれに厳粛な取り締まりが入るのも、あんまりにあっという間、であった。
今ではその時間は、どの放送局もそれを、放映している。
この国の大統領、その人がひたすらお笑いを突き詰めて金に糸目をつけていないのが明らかな、その番組を全てメディアが同時に放映するようになったのだ。国民の義務として、全員がその番組を「見なければならない」のだと、はっきりと法に記されてしまっているのだから、そうなるしか、ないのだ。
すべての放送機器には、視聴を確認するための装置がついているし、その時間には決して電源を切ることができないように初めからなっているのしか売っていない。
子供たちは、明日の朝の学校で感想を書かされるし、そのときに親たちの様子……ちゃんと見ていたかどうかなどが、調査されるのだ。ちゃんと笑っていたか、しっかりテレビの前にいるか、などだ。
長いトイレなども許されない。そうなりそうならば、トイレででも見ろとインストールが義務化されているアプリがある。注視しているかどうかなんて、判断するのは簡単な技術だ。iPhoneのFaceIDの時代からあったんじゃなかったっけ。
おかげさまで抜き打ち検査官の仕事はいつもものすごい高倍率だ。
自分たちだけその時間にそれを見なくても済むんだから破格の大特権だ。必ず見なければならないとはいえ、好きな時間に見ていいなんてうらやましすぎる。その時間にうろうろしている彼らのドヤ顔も、もう見慣れたもんだ。給料も高いし、鼻高々だろうよ。あのくそくだらなくて面白くない番組、俺たちの税金を使いまくった番組を見ていなかっただけの人間を逮捕しなくてはならないことに耐えられるなら、確かにあんなにいい仕事はない。
捕まった人たちは「教育施設」にいくだけだけどさ。24時間、1か月、大統領の番組だけを見られる天国だ。三食付きでな。壁は4面とも、天井も画面になっているパラダイス。廊下もトイレも、風呂でもどこでもノンストップで、大統領のあの一発ギャグが流れまくるのだ。
最近、いや、ここ数年は、番組の内容が子供向けにシフトしてきている。
「子供たちを笑顔にするためには、笑いを学習する必要がある」からだと、いう閣下のお考えから、だそうだ。今では小学校の科目にすら「わらい」の授業が入り、どういうものが面白いのか、笑うべきなのか、楽しいのかを学んでいる。
教科書の著者は当然、大統領だ。
子供たちからの支持は、絶大である。
子供雑誌の表紙も彼の顔だしね。
彼が、決めた「面白い」「笑える」を、僕たちの子供たちは貪欲に飲み込んで、学習している。今、この、目の前で。これ以上楽しいことはないよね!と、なんんども何度も教え込まれて。
今さ、うちの犬が死にそうなんだんだよね。
いや、もう寿命なんだろうけどさ。
子供たちには、死に目を見せられなかったよ。
だって、大統領の時間が始まっちまうから。
泣いていて見られなかったりしたら、この子達はもう中学生だ。
小学生以下のような特例は通用しないんだよ。
疲れて寝てしまう事も多い下の子はもう猶予ポイントがほとんど残っていない
尽きて仕舞えば、三日、たった三日だけど、教育施設に送られることになってしまう。
子供用の、楽しい楽しい、あの施設に。
詳しい、本当のことは誰も知らされていないけど、帰ってきたら皆、与えられた「お笑い」に非常によく笑うようになる、って言われている、あそこにさ。
何に笑ってるんだよ、なあ。
俺いま、何を許しちまってるんだろうなあ。
ごめんよ、モンティ。
今はお前の方を、見ていてやれない。
僕たちは、たぶん間違ったんだよな。
いまさら、どうすることもできないけれど。
子供達は、もう、落語では笑えない。
俺はただ、子供たちから見えない場所で、冷たくなっていく老犬、死んでゆくモンティをただ抱きしめていることしかできなかった。
週に一度のタノシイ時間 半崎いお @han3ki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます