雪女の山

Androidbone

第1話 雪山の小屋

......あ、目覚めました?


......よかったです......あなた、雪山の真ん中で倒れていたんですよ。


......あたしが助けてなかったら、今頃死んでましたよ......ふふふ。


......


......寒いですよね。ごめんなさいね。この小屋、建付けが悪くて、しょっちゅう隙間風が入ってくるんですよ......今お茶をれますから、ちょっと待っていて下さいね。


......


......はい、お茶です。はっきり言って美味しくはないですが。少なくとも体は温まるとは思います......


......ふふふ。変な顔してる。やっぱりまずいですよね、このお茶。でも体を温められるものはここにはこれくらいしかないんです......許してください。


......


......あ、飲み終わりました?そうですか......なら体も温まって来たでしょう。


だから......


「ちょっとお話でもしましょう。こんな場所で二人きりなんて、退屈でしょう?」


俺の目の前にいる15歳くらいの少女は、素っ気ない顔でそう言った。


ここは......雪山の中の小屋?彼女が俺を助けてくれたのか......?


......確かに、彼女がいう通り、寒い......小屋の中なのに吹雪の音が大きく聞こえる......これも隙間風のせいだろうか......


......不思議な少女だ。肩まで伸ばした髪の毛と瞳はどちらも淡い水色で、こんな場所で暮らしているというのに、真っ白なノースリーブのワンピースを着ている。肌も雪のように真っ白だ。......これで身長でも高かったら、完全に何かの精霊にしか見えなかっただろうが、彼女の身長では「ちょっと不思議な少女」程度にしか見えない。


「あ、あぁ......わかりました。」


「タメ口でいいですよ。こんな子供相手に敬語とか、気持ち悪いでしょ?」


彼女はやや語り口が変だ。おそらくあまり人と触れ合っていないゆえのものであり、ある程度は仕方がないのかもしれないが。


「わ、わかった......ごめん。初対面だっていうのに......」


「あたしにとっては誰しもが初対面なんで。気にしてないです。」


「そ、そうか......」


「ふふふ。......何か、話したいことでもあります?」


彼女は笑おうとしたのだろうが、表情は全く笑っていない......素っ気ない顔のままだ。顔自体は可愛いのだが、何だか不気味だ......


......それはともかく、話したいこと、か......


山ほどあるが......まずはこれを尋ねないと。


「......君は誰だ?そして......ここはどこだ?」


「......言うと思ってました。じゃあ教えましょう。あたしの名前はアヤカです。名字は忘れました。そしてここは......もう大体分かっているとは思いますが......あなたが倒れていたのと同じ雪山にある小屋です。あたしはここの小屋に一人で住んでる、というわけです。」


と、彼女はやはり素っ気ない顔で、けれどもどこか得意げに答えた。


「やっぱり隙間風が入って寒いんですが、寒い以外は結構良い所なんですよ、ここは。」


そう言って彼女は部屋にある小さな丸太の椅子に座って、俺を眺め始める。


どことなく俺の事を気にしているような......そんな素振りだ。


......と、その時彼女は不意に言った。


「......『ここはどこだ?』って質問、まだ解決してないですよね?」


「......え?」


「......だって、ここが『雪山に建てられた小屋』ってわかってはいるけど、肝心の一体どんな所なのか、あなたはまだ理解してないわけですから。」


「あぁ......確かに......」


何となく言いたいことは分かる気がする......


「だから、これからこのが、ここの小屋を紹介しようと思いまして。」


「......うん?」


「わかりやすく言うと......ツアーですね。ツアー。あたしの家の。......ごめんなさいね。急にこんなこと言い出しちゃって。迷惑だとは思ってますが......この小屋はあたしの体の一部みたいなものですから。こんなあたしの承認欲求だと思って......見逃してください。」


マズローの欲求5段階説というものがある。人間は

生理的欲求(ための欲求)、

安全欲求(名前通り、ための欲求)、

社会的欲求(という欲求)、

承認欲求(という欲求)、

自己実現欲求(という欲求)

の順に求める、というものだ。


こんな雪山で独り暮らしをしている彼女は、3番目の社会的欲求――という欲求――が満たされることが今までほとんどなかったのであろう。しかし俺が雪山で遭難したことにより、晴れて、社会的欲求を満たすことができたのだ。こんな千載一遇せんざいいちぐうのチャンスに、そのさらに上に位置する承認欲求を求めるということは、何ら不思議ではない。人間として、ごく当たり前なことだ。

俺はその彼女の欲求を、承認してやりたい。


「......き、気にしてないよ......是非とも紹介してよ。」


「ありがとうございますね。」


相変わらず素っ気ない顔と変な語り口だが、彼女の顔は確かに明るくなっていた。


......久しくこういう明るい顔は見てこなかったので、なんだか嬉しくなる。


「......もう、動けます?」


「あぁ。......動けるよ。」


「わかりました。じゃあ、早速あたしの家のツアー、やりましょう。」


彼女はそう言って、立ち上がった。


......こうして、ちょっと不思議な二人きりのツアーが始まった......

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