夢幻の塔

月影ルナ

第1話 永遠の雨宿り


「あー、くそ。さっきまで晴れてたのによー」


 今の天気に愚痴をこぼしながら、金色の髪の長い男が走る。


「兎に角、雨宿り出来る所を探そう」


 大柄の黒髪の男が自身の左腕で顔を覆いながら、金髪の男に言う。


 晴れていたら綺麗な夕陽が見られただろう今の空は、鼠色のどんよりとした雲に覆われてしまっている。

 陽の光など到底差し込んでこられないだろう。

 その雲から、まるでバケツをひっくり返したかのような雨がザアアと降り注いでいる。

 その中をバシャバシャと暫く走り続けていると、黒髪の男が歩を止めた。


「……?」


 その音は、妙ではあるが、涼やかなピアノの音色だ。

 その旋律は、まるで雨の中誰かを待っている光景を想像するものだった。



「なんだ? 今の音」

「どうした?」

「今ピアノの音が……」

「え? 俺には聴こえなかったぜ」


 どうやら金髪の男には聴こえなかったようで、首を左に傾げた。


「――。ん? あれは」


 金髪の男が指さした方、黒髪の男から見て左側に円形の塔が朧げに見えた。

 近くまで来てみると、かなり大きい。高さはおよそ五十メートルはあるだろう。

 ただ、頂上は雨でけぶっている所為で霞んでいて見えない。


「丁度良かった。あっちで雨宿りしようぜ」


 金髪の男が喜んで一目散に駆け出す。


「――」


 黒髪の男は、先ほどの旋律が聞こえた方と同じところにあったこの塔に少し違和感を抱きつつも、金髪の男に急かされ、後に続いていった。

 それが悪夢の始まりと知らずに。



 ギィィ……。

 少し錆びた音を立ててドアが外開きに開く。

 中は意外と明るく、あまり大きくはないが立派なシャンデアリアがサアアと玄関ホールを照らしている。


「ふう」

「あー、ひでぇ目にあったぜ」


 二人は持っていた大きめのタオルで体を拭く。

 二人の服は、絞れば水が滴るくらい濡れている。



 さて、ここで二人の紹介をしようと思う。

 まずは黒髪の男から。

 名はユリアン・コンバティール。二十八歳。

 身長一八八センチと長身だが、体重は六十八キロと彼自身の体重はそこまで重くない。

 だが、体つきはかなりがっちりしている。

 黒く少しパーマがかった首までの長さの髪にコバルトブルーの瞳。

 性格は穏やかで礼節を重んじる。

 顔つきは少し武骨そうだが、いかつくなく少し愛嬌があるタイプだ。

 職業は剣士。自身の半分はあるだろう厚めのブロードソードを腰に携えている。

 銀色の上等なプレーとメイルと同じ色の脛当てとマント、あとは白いタートルネックの服と黒のボトムにももまである黒のサイハイブーツだ。


 次に金髪の男。

 ノーティ・ヴィクトリーノ。二十四歳。

 身長一七四センチ、体重は五十六キロ。

 胸くらいまであるブロンドのロングヘアに灰色の瞳。

 ハーフエルフなのでとても美しい顔立ちをしているが、性格は見た目に反して荒っぽく口が悪いが、植物を愛する一面もある。

 職業は賢者。ミスリル製のトライデントを背にしょっている。

 灰色の膝まであるロングコートと薄い若草色のオーバーシャツと鳶色のゆったりしたボトム、後はボトムと同じ色の脛まである編み上げのサンダル。


 では、話を戻すとしよう。

 ノーティとユリアンが顔や手、髪についている雫を拭いて、少し落ち着いたとき、


「もうし……、どなたかな?」


 五、六十代くらいをイメージさせる少ししゃがれた男性の声が上から聴こえてきた。


『!!』


 ユリアンとノーティが声に反応して見上げると、二階の手すりに手をついて、二人を見下ろしている男性がいた。

 白髪のツンツン頭、右目のモノクル。血のように赤い瞳。そしてワインレッドのタキシードを身にまとっている。

 男はにこやかな笑みを二人に向ける。


「あ、あの、急に雨が降ってきたもんで、雨宿りを、と思ってここに入りました」


 ノーティが少し慌てながら経緯を話す。


「ほう。それは災難でしたな。まだ止みそうにはないでしょうか、今宵は泊まっていきますか?」

「え、良いんですか? それは助かります。有難うございます」


 男の申し出にノーティは快諾する。


「あ、有難うございます」


 ユリアンも申し出に素直に受けとめる。


「申し遅れました。私はディノス。この塔の主です。こちらへ……」


 ディノスがパン、パンと手を叩くと、十人くらいの若い執事とメイドが集まり、諸々の準備に取り掛かる。

 その執事やメイドは皆美しい顔をしているが、なんとなく生気があまり感じられない。

 肌の色がまるで蝋人形みたいに白いのだ。

 一人の耳までの長さの黄土色の髪の執事が、二人分のバスタオルと仮の服としてのバスローブを持ってきて、二人を浴室へ案内する。



「じゃあこれを」

「かしこまりました」


 二人は濡れた服を、案内してくれた執事に渡す。流石に武器は自身の手で持つ。

 執事は無表情でオフホワイトのバスローブを二着渡し、その場を離れた。



「ふう。あったまるぜ」


 そこは、大人が五人入っても大丈夫なくらいの面積のバスタブと大人二人が余裕で入れるシャワーブースが設置されている。

 更に床には大理石が敷き詰められていて、浴室と言うより小さな浴場だ。

 二人で使うには十分すぎる広さだ。今まで入った風呂の中で間違いなく一番広い。

 その広すぎるバスタブに、ブロンドヘアを頭上にまとめたノーティが湯を肩に流しながら言う。

 ユリアンも今までの疲れを取るように、バスタブの縁に机に突っ伏すように腕を置いてゆったりする。

 目を閉じて顔の緊張がほぐれて柔らかい顔つきに戻る。


「オイ、後で使え」

「良いじゃん。どうせ俺らだけなんだしさ」


 シャワーブースに何故か二人一緒に入っている。

 ユリアンは交替で使えば良いだろう、と言うが、ノーティは別に二人だし広いから一緒で良いじゃん、とわやくちゃになりながらもなんとか洗った。

 湯気がほわほわと浮いている中でバスローブに着替え、一段落する。


『ふう』


 浴室から出ると、いつの間にか待っていた初老程の少し白髪が混じった藍色の髪を団子に結んだメイド長らしき女性が、二人を寝床へ案内してくれる。

 この人もやはり肌が異常に白い。


「こちらです」


 メイド長に通されたそこは、やはり大理石が敷き詰められたロココ調の装飾が施された内装で、面積も先ほどの浴室に勝るとも劣らない広さだ。

 一人で過ごすには十分、いや広すぎるくらいだ。

 こんな所に泊まったら、これからの宿屋やホテルの部屋が狭く感じるだろう。

 流石に部屋は別々に案内される。


「広いな……」


 ユリアンは率直な感想を呟いて、剣をベッドサイドに置いて一旦腰を下ろす。


「――」


 ユリアンの顔がまた疑問の色に染まる。

 原因は勿論、あの旋律についてだ。あの旋律はただ単に雨を彷彿とさせるだけじゃない。

 ……妙に悲しかった。まるで誰かのために泣いているかのような、そんな感じだ。

 だが、反面慈雨を思わせるものでもあった。

 一体誰が弾いていたのだろう? 


 ドンドン。

 ユリアンが考えあぐねていると、ドアをノックする音が聴こえる。


「はい、てノーティか」

「邪魔するぜ」


 普段は少々乱暴だが、そういうところはわきまえているところは賢者らしい。

 ノーティは躊躇なく入って、ベッドにどかっと座る。

 

「なあ。ユリアン……」

「ん?」


 ドアを閉めたユリアンがノーティの方を振り向くと、いつになく真剣な目つきで自分を見ていたことに少し驚く。


「ユリアン。さっきから妙な視線を感じないか?」

「え?」

「俺達が部屋へ通された時からなんだよ。そこから誰かに見られている気がしてな」

「――」

「最初は気のせいかと思ったんだけど、部屋にいるとずーーっと感じるんだよ」

「視線……か」


 ユリアンはノーティの言葉に指を顎に当てて考える。

 ユリアンは元々思慮深い。人の意見を真っ先に否定するタイプでは無い。


「お前はどうだ?」


 ノーティに聴かれたが、首を横に振る。


「私は感じなかったな」

「そうか」


 ノーティは賢者というだけあって、そういうのを感じ取るのは敏感だということは、ノーティ本人もだがユリアンも知っている。

 

「私はさっきまであの旋律が気になって、それを考えていたところだ」

「旋律って……。さっきお前が雨の中聴こえてきたあれか?」

「ああ」

「うーーん……。謎だらけだな」


 二人はそれぞれ考え込んでいると、コンコンと小さいがはっきりしたノック音が聴こえた。


「はい」


 ユリアンが考えていた顔を一旦ほぐしてドアへ行くと、先ほどの黄土色の髪の執事が二人の服を持って来てくれた。


「どうぞ。乾きました」

「有難うございます」


 ユリアンが受け取った瞬間、執事の指に微かに触れたのだが、その指の温度がまるで……。


(ん? 妙に冷たい……)


 ユリアンが少し驚いた顔をするが、一瞬でさっきの顔に戻る。


「食事の用意が出来ましたので、お着替えが済みましたらこちらへどうぞ」


 執事が右手を差し出した後、扉を閉める。

 二人は急いで着替えて廊下へ出て、扉のそばで待機していた執事に声をかけると食堂へ案内された。


(……今は視線は感じねえ。何だったんだ?)


 ノーティが目だけを左右に動かしながら周りを探る。

 だが、気配は全く感じなかった。



 食堂は、五角形の部屋で、これまた面積もかなり広く、人四、五十人は余裕で座れるだろう。

 椅子の装飾もオフホワイトのシンプルながらも美しいデザインだ。

 中央には、ディノスが既に着席していた。


「どうぞ、こちらへ」


 ディノスに促され、ユリアンとノーティは、それぞれディノスの左右の席に座る。

 

『――』


 目の前に並べられたごちそうの数々に二人は圧倒された。

 サラダ、スープ、洋風の魚料理、肉も厚みのあるミディアムステーキ、更にデザートも柑橘類をふんだんに使われたケーキやムースとどっさりだ。

 ディノスに促され、二人は手を合わせて食べ始めた。

 ……かなり美味だ。

 今まで食べた料理の中で、人生で二番目くらいに美味しいだろう。

 

「あなた方は冒険者ですかな?」


 スープをすすったディノスが二人に訊いてくる。


「はい。あ、そうだ。俺はノーティ。こっちがユリアンです」


 ノーティが手の平で向かいのユリアンを指す。

 ユリアンが名前を呼ばれて会釈する。


「そうですか。なかなか強かな雰囲気をお持ちですな」

「……」



 ディノスが微笑む。だが、端が少しにやけたようにユリアンは感じた。


「ところで、ここは何処なのですか?」


 ユリアンが訊く。


「……ここは、この地方を治める領主である私の塔です。随分前に両親を亡くしまして、この塔は遺産として引き継いだものです」


 ディノスは淡々と事務処理の如く答える。

 最後にワインが用意されが、ユリアンは酒嫌いなので、コーヒーを頼んだ。



「ふう、美味かった」

「ああ……」

「ん? どうしたんだよユリアン」


 ユリアンは少し上の空みたいな感じになっている。

 対してノーティはワインをたらふく飲んで上機嫌になっている。


「いや、何でもない」


 ユリアンは慌てて否定する。

 ノーティも、ふうんとこれ以上は聞かずに自分の部屋へ入った。

 ユリアンも部屋へ入り、アーマーとマントとブーツを脱いで横になってまた考えていた。

 シャンデリアが消えた闇の空間の中で。

 ただ、今考えているのは旋律のことではない。先ほどのディノスのにやけた笑みに、だ。

 ディノスの言葉、ノーティが感じた視線、そして自分が聴いた旋律。とても偶然や夢物語とは思えない。

 頭の中で考えている内に、ユリアンはいつの間にか眠りについた。

 時刻は午後十一時半。


 そのユリアンの眠りを確認した何者かが、手の平サイズの小さな小瓶を部屋中に吹きつける。

 その霧は、まるでもやのように部屋をぐるっと囲っていく。そう、結界のように……。


「安らかに眠れ。永遠に……」




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