娯楽への一歩
桜桃
第1話 提案
今、俺は血塗られた手を横に垂らし、目の前で倒れている死体を見ていた。
目の前には首と体が離れている顔が見えない男の死体。黒いパーカーに黒いズボン。顔には狐の面。
「はぁ、はぁ……。くそ。これで三回目だぞ。俺はあと、何回こいつに追いかけられるんだよ」
返り血がべったりと付着している服。気持悪い。
いや、今はそんな事を気にしている余裕は無い。こいつはまた起き上がってくる。首と胴体を切り離したところで意味はない。だってこいつは、絞殺しても撲殺しても。必ず起き上がり、俺を追いかけてくる。
早く、逃げねぇと。
ワイヤーが括り付けられているドアを潜り、廊下へ走る。
学校のような作りの建物の中を走り続けなければならない苦痛。永遠に終わる事の無い鬼ごっこ。
なんで、俺がこんな目に──……
☆
俺は、普通の一般家庭に生まれた普通の男子高校生。何か突飛した才能などはないが、落ちこぼれという訳でもない。
そんな俺は今日、いつもの目覚まし音で朝目を覚まし、朝ご飯を食べ親に挨拶をして家を出た。
学校に向かい、つまらない授業を受け放課後。部活に入っている訳じゃないからすぐに帰宅した。
宿題を終え、家族とご飯を食べ。布団に入り眠りにつく。これが俺の日常。今日という日が終わるはずだった。その、はずだったのに。
夜目を瞑り、夢の中へと入って。深い眠りについていたのか夢を見る事はなく、朝を迎えた――――そう思った。
まだ重たい瞼が上がらず、目覚ましが鳴るまでと。布団の上を転がろうとしたが、何か違和感。背後で何かが動いているような気配、冷たい空気が流れ込んできているような感覚が襲ってくる。
これを無視しては駄目。直感的に思い、俺は重い瞼を無理やり開けた。
『――――なっ!?』
目の前に何かの刃先。反射的に体を横に転がす事ができ、上から突如振り下ろされた大きな刃から逃れる事が出来た。
反射で逃げる事が出来たが、体が震え動けない。前には斧を地面に刺し立っている人。
いきなり斧を持ち上げ、笑い声をあげ始めた。
「あはははっ!!!! すごい。今のよく逃げられたね!! なら、次のこれはどう!?」
男にしては少し高い声。なんだか、俺の声に似ている気がする。
目の前の男は声を張り上げ、頭の上まで振り上げられた斧を俺に向けた走ってきた。
今度も逃げられるかなんてわからない。今度こそ殺されるかもしれない。怖い、嫌だ。
『く、くるなぁぁぁぁああ!!!』
何が何やらわからない。どうすればいいのか、何でこうなっているのか。何もかもわからない。その時の俺は、頭が理解するより先に、体が反応した。
相手の身体を押しのけ、何処かもわからない場所をひたすら走る。
後からは笑い声と、走っているであろう足音。追い付かれたら殺される。何か、何か打開策はないか。
その時、廊下みたいに長く続いている道の端に、なぜか都合よく落ちている縄。そういえば、人間は首を絞められれば数秒で失神すると調べた事がある。
試す価値はありそうだ、あいつが俺と同じ、人間なら。
廊下の端に落ちている縄を走りながら拾い上げ、自分の姿を隠せる場所を探した。だが、道が続いているだけで何もない廊下だ、目ぼしい物は見つからない。
先を見るとドアがある事に気づく事ができ、俺は手当たり次第にドアノブを握り回す。五個以上試してやっと開いた部屋へと駆け込み、闇を利用して息を殺し気配を消す。
静かな空間に足音がどんどん大きくなってきた。確実に近づいて来る。
『みーっけ…………っ!?』
あいつが部屋に入ってきたところを見計らい、斧を振り回す時間すら与えず縄を首に回し力を込める。
こいつは苦し気に悶え、呻き声をあげるが知らない。こいつが先に俺を殺そうとしてきたんだ。殺される覚悟があるという事だろう。
首を絞めて数秒。こいつは意識を失った。でも、まだ脈はある。また起き上がり、襲って来てはたまったもんじゃない。
もっと力を強め、首を絞める。すると、こいつの身体は痙攣を起こし始めた。
首を絞めてから三十秒以上経った時、こいつの脈は止まり、死んだ。
逃げる時に体力を使い、首を絞めるのでも疲れ息が荒くなる。その場にへたり込み、目の前に倒れている男性を覗き込んでみた。
黒いパーカーのフードで隠していたらしい顔には、なぜか微笑んでいるように見える狐面。
その時、俺は完全に油断していた。
死んだはずのこいつが突如として息を吹き返した。
体を起こし、俺が持っていた縄を素早く奪い俺の首に巻き付けてくる。
『ぐっ!!』
いきなりで何も抵抗出来なかった俺は、そのまま意識を手放してしまった。
『っは?! え、俺……』
首を絞められたはずの俺は死んでおらず、普通に目を覚ました。何が起きたのか、すぐに理解できなかった俺の目の前に立ちはだかる狐面のあいつ。ヒュッと、息が詰まり言葉を失う。
恐怖で動けないでいると、目の前のあいつはいきなり話だし、ありえない事を言ってた。
『ねぇ、ゲームしようよ。君がここを抜け出すまでに、君は何回僕を殺せるか。僕は何回君を殺せるか。あははっ!!』
まるで、子供が友達を遊びに誘うような感覚で。こいつは俺に、そんな意味が分からない事を提案してきた。
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