プレゼント
里岡依蕗
KAC20225
午前中、家族に言われてからは、毎回バイト前に必ず立ち寄ることにしている。
念には念を、という事もあるが、俺的には、日常の一コマになりつつある。
「お婆ちゃん、こんにちは! 今日もお顔を見に来ましたよ! 」
「あら、どうも。ええっと……誰だったかな、貴方は。この前来てくれたような気はするんだけど、名前が……」
「ははっ、いいんです! 来たのを覚えてくれただけでも嬉しいです、ほら……これ! 戌年のバッチ、同じでしょ? 」
俺の名前なんて、言ったってすぐ消えてしまう。仕方ない。せめて、顔を忘れないで欲しい。そうしないと、こうやって会ってくれなくなってしまう。
……それは、ちょっと悲しいからな、少しだけ。
「……あら、本当ね、可愛いワンちゃんだこと。ふふふっ、貴方がくれたの? 」
「ん? んー……そうですね、お婆ちゃんが気に入ってくれると思ったから、前にあげたんです。可愛いでしょ」
以前飼っていた黒の豆柴に似てたから、旅行先の土産店で貴方が買ってきて、親戚中に配り歩いてたんですよ。親戚皆、バックに付けてるんですよ。……あの時は微笑ましかったなぁ。クロに似てる子がいた! これはクロだ! って嬉しそうだったの、まだ覚えてるんだけどなぁ……
「そうだ、今日は何の御用事でしたか? そのバッチを付けてる人は、家族だってメモがあるけれど、何かお願いしたかしらね? 」
いつものように、少し遠慮気味に敬語で問いかけてくるお婆ちゃんは、ポットのお湯を確かめて、急須にお湯を注ぎ始めた。
よかった、お湯が満杯だから、何かしらで水分補給はしたらしい。脱水症状で倒れたら大変だからな。
「あ、今日はですね……じゃぁん! はい、プレゼントです! お婆ちゃん、今日は誕生日なんですよ? お祝いです! 」
「あらまぁ、そうなの? いやだ、知らなかったわ。それでおいくらですか? 」
「まずは、現物見てくれますか? プレゼントだから、お金はいらないですから」
すぐ支払おうとする、危ない。お小遣いはもういらない歳になったから、もういいのに……
淹れてくれたお茶を飲み、一息ついたのち、持ってきた紙袋からプレゼントをそっと取り出す。
「はい、お婆ちゃん、黄色好きだったでしょ? 」
桧一升に黄色い薔薇を八輪、ブリザードフラワーを入れた、小洒落た贈り物。久しぶりに花を買った。
「あらまぁ、可愛いお花だ事。……いいの? 」
「いいんです。おめでとう、お婆ちゃん! 」
「あらぁ……ありがとう、大切にするわね」
お婆ちゃんは、昔から変わらない、向日葵のような笑顔を見せた。
「ありがとう、ふふふっ、私は幸せ者ね。こんな若い人にプレゼント貰えるなんて……けん? 」
「ん? なぁに? 」
桧一升を見つめたお婆ちゃんは、印字された字を読み上げた。反応されたのに、少し驚いていた。
「あら、これ貴方の名前なの? 」
名前を印字できると言われたからしてもらったんだったな、そういえば。
「そうだよ、健って言うんです、僕。たまには呼んでくださいね、喜ぶんで。へへっ」
孫の名前なんて、沢山あって覚えられないでしょうから、たまにでいいから。
「ありがとう、健くん。……またいらしてね、貴方の顔を見るのが朝の楽しみだからね」
……そう言ってくれるなら、また明日も頑張って早起きしてやるよ。始発でまたやって来るよ、お婆ちゃん。
「ありがとう、また来るね。お茶ありがとうございます。僕は電話はしないからね、用事がある時はこうやってまた来るから。また明日ね」
「はぁい、ありがとう健くん、また明日ね」
また明日には忘れてしまっているんじゃないかと思うけど、何年かぶりに名前を呼んでもらえて、涙が滴り落ちたのを見られたくなくて、今日は早めに切り上げた。
おめでとうお婆ちゃん、また来るね。
プレゼント 里岡依蕗 @hydm62
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