地蔵爆破
武州人也
西島氏の話
私が競馬ライターとして雑誌にコラムを掲載し始めて、何年か経った頃のお話。私は一人の会社経営者と仲良くなって、そのお宅にお邪魔した。その方の名前を、仮に西島としておこう。
そのとき西島氏は馬主業に手を出そうとしていて、私に相談を持ちかけてきたのだった。郊外の大きな一軒家に私を招待した西島氏は、私に高価な酒を勧めてきて、昼間から二人で楽しく飲んでいた。
「そういやぁ
赤ら顔の西島氏は、唐突な質問を投げかけてきた。
「信じているわけではありませんが……そういう話は大好きです」
私は競馬の次ぐらいに、怪談の類が好きだ。競馬の記事を書くのもいいが、いずれはオカルト系の仕事もやってみたいと思っている。ホラー小説やホラー映画のような、はなから作り話として創作されているものよりは、実際にあったという体で語られる実話怪談の方が好みだ。
「そうかぁ……いや実はね、若い頃に不思議な体験をしたんだが……一つ思い出話を聞いてもらえるかね」
そう前置きして、西島氏は思い出話とやらを語りだした。
西島氏二十一歳の夏。都内の大学から帰省して、山間の小さな農村にある実家でのんびり過ごしていた西島氏は、ある日の夕方実家にいた弟が友達数人とどこかへ行くのを見た。どうにもその様子がおかしいというか……弟も友人たちもどこか熱に浮かされているような、そんな雰囲気だった。
西島氏はひそかに弟たちを尾行した。弟たちは雑木林を抜け、岩山を登り、崖の方まで歩いていった。西島氏は木の陰から、遠巻きに弟たちを眺めた。
弟たちは、崖の上に立つお地蔵さんの周りに段ボール箱を置いていた。それは合計で四つあった。それらを置いた後、彼らは小走りにその場を離れた。
そのお地蔵さんは崖の下をのぞき込むように斜めに立っていて、その視線の先には我が家がある。西島家では「見守り地蔵」と呼ばれていて、何だか守り神みたいな扱いだった。でも、氏と弟は昔から「のぞき魔みたいで何か気味が悪い」といって忌み嫌っていたそうだ。
弟は遠巻きに地蔵と段ボールを見つめながら、リモコンのようなものを手に持って、そのボタンを押した。
――瞬間、まるで特撮映画みたいな、大仰な爆発が起こった。
地蔵の周りに置かれたのは、爆弾だったのだ。西島氏は木に身を隠していたにもかかわらず、腹を押し込まれるような感覚を感じたそうだ。
例の地蔵は灰色の煙に包まれてしまった。その煙が晴れると、果たして地蔵は木っ端みじんに吹き飛んでいた。
弟と友人たちは、大声をあげ、手を叩き合って喜んでいた。西島氏は恐ろしくなって、弟たちに見つからないよう足早にその場を離れた。
「いやぁ、バチ当たりだよね。ホントに」
「は、はぁ……確かにお地蔵さんを爆破は畏れ多いというか……怖いですね」
「俺もさぁ、何かあるんじゃないか、って怖がってたんだけど……それが予想と違ったんだよ」
西島氏の話には、続きがあった。
あの地蔵が爆破された後、西島一家の運気は昇竜のように上向いた。父の持っていた株が急騰したり、姉が開業医と結婚したり、地蔵を爆破した当の弟も某大手メーカーに就職が決まったりした。そして西島氏自身も起業した会社が軌道に乗り、こうして今、馬主業にも手を出そうとしている。
「普通さ、お地蔵さんを爆破なんてしたら祟りでもありそうなものだろう? それが違ったんだ。まったく逆なんだよ」
「不思議なものですね……祟りでひどい目に遭わされるとか、そういう話ならよくありそうですけど……」
「まぁ、それがかえって不気味というか……実は話はまだまだ続きがあってな……」
この話には、さらなる続きがある。
西島一家には次々と幸運が舞い込んだ。しかし同じ村にある家は、対照を成すように不幸に見舞われたという。家が火事になったり、小さな子どもを交通事故で亡くしてしまったり、投資詐欺に引っかかって借金のカタに家と土地を全て売ってしまったり……西島氏は故郷の父母から、村の家々の不幸話をたびたび聞かされたという。
「幸不幸って……ゼロサムなのかねぇ……誰かが幸運に恵まれた分、別の誰かは運に見放されるって……そういうもんなのかもねぇ」
西島氏は酔いが回ってきたのか、頬がリンゴのようになっていた。私はといえば、手元の酒をろくに飲んでいなかった。遅い時間になって、そろそろ帰るかという時間になったとき、慌ててグラスの酒を飲み干した。高い酒らしいが、味はよくわからなかった。
このとき、西島氏は「弟とその友人たちが地蔵を爆破した」と言っていた。けれども僕はそれを疑っている。地蔵を爆破したのは西島氏本人なのではないか、と思っている。
なぜなら……西島氏はそれから一か月後、京都市内で夫婦ともども爆発火災事故に巻き込まれて亡くなったからだ。京都競馬場でレースを見た後、京都市内を歩いていたときのことだったという。
地蔵爆破 武州人也 @hagachi-hm
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