【KAC20225】88歳の誕生日を迎えた冒険者は引退する

宮野アキ

亀の導き

 とある国に、エルデルと呼ばれている街があった。


 その街には、冒険者ギルドと呼ばれている組織の支店があり、冒険者ギルドは街の住人が依頼を出せば何でも、代わりに仕事を担ってくれた。


 家の掃除や街のゴミ拾いなどの清掃雑務から、他の街に行く時の護衛や危険生物の魔獣討伐などの荒っぽい仕事まで何でも受け付け、その仕事を冒険者ギルドに所属登録しているクラン、又はチームに依頼を出す。


 そんなギルドの奥の席にボーっとギルドの受付を眺めている男がいた。


 その男の名前はレルン・アイストロ。


 冒険者風の恰好をした黒髪、細目。腰には長物の刀と短刀を腰のベルトに差していた。


 そんなレルンは、今日も困っている人は居ないだろうかと探して居ると、レルンの元に一人の女性が近付いて来る。


「レルンさん、またこんな所でボーっとして……仕事がないなら受付で申告して下さい。常用依頼を渡しますから」


 そう文句を言いながらため息をつく女性の名前は、クララ・マエストロ。


 額に親指程の大きさの緑色の宝石が眉間に存在する宝石人種クリスタルウィルで、この冒険者ギルドの受付嬢をやっている人物だ。


「それは必要ないよ。今、俺がやってる事も仕事の一つ何だからね」


「全く……相変わらずですね。そうだ、レルンさん。実は週末このギルドでパーティーをするので来て下さいね」


「……ギルドでパーティー?そんな洒落た事をするなんて、何があったの?」


「うちのギルド所属のクラン【万年亀の導き】のリーダー、グロスタルさんの88歳の誕生日のお祝い兼、冒険者引退の見送りパーティーを行うんです」


「――!!クララちゃん、それは本当!?あのグロスタルさんが引退って……」


「レルンさん、人目のある所でちゃん付けは止めてください!……本当ですよ。グロスタルさんの種族は魔眼族ランミュゲですよ。長寿種エルフィードじゃないんですから、引退してもおかしくないですよ」


「……それもそうだね。そうか、グロスタルさん88歳になったのかぁ。魔眼族ランミュゲの平均寿命が70歳ぐらいだもんな……そう考えると滅茶苦茶長生きだな、グロスタルさん。……でも、グロスタルさんまだ元気だよな。今朝も、若い子達を引き連れて街の外に出ていくのを見たけど」


「はい、グロスタルさんが言うには、キリがいいからだそうです」

「キリがいいからって……グロスタルさんらしい言葉だな」


「そうですね。とりあえず週末にパーティーを行うので出席してくださいね」


 クララはそう言うとレルンの元から離れて、ギルドの受付に戻って行った。


 レルンはクララを見送りながらグロスタルの事を考えていた。


 そうか、グロスタルさんもついに引退か……考え深いな。


 冒険者になりたての頃はよくグロスタルさんに扱かれたり、冒険者のいろはを叩き込まれたっけな……懐かしい。


 いや――


 レルンはしんみりとした気持ちを振り払う為に、頭を振る。


 死亡率が高くない冒険者業で88歳まで生きて、引退するんだ。


 当日は盛大に祝ってやらないとな。


 そうと決まれば、グロスタルさんの好物の魔獣でも狩って来るか。


 そう思いいたったレルンは席から立ち上がり、ギルドの外へと出て行った。



◇  ◆  ◇



「凄い人だな……これが、グロスタルさんの人徳っていう奴だな」


 グロスタルの誕生日祝い兼、冒険者引退の見送りパーティーを開いている冒険者ギルドには、多くの人々が訪れていた。


 それも、冒険者ギルドには入り切れない程の人々が集まったせいで、ギルドの外にも机を設置して、料理を広げているほどだ。


 そんな外の光景にレルンは感心していると、ギルドに設置してある声を拡散させる魔道具からクララの声が聞こえて来る。


〔皆さま、本日はグロスタルさんの88歳の誕生日記念兼、冒険者引退の見送りパーティーに来て下さりありがとうございます〕


 クララがそう挨拶をすると、ギルド所属の冒険者達が「ウオオ!!!」と雄叫びを上げながら、歓声を上げる。

 その雄叫びに苦笑でもしたのか僅かに魔道具から、乾いた笑い声が微かに聞こえてきた。


 そして、ある程度雄叫びが落ち着くのを待つと、クララが言葉を続ける。


「それでは早速、今回の主役グロスタル・ルフ・ジーニストさんの登場です!!」


 クララがそう言うとギルドの二階に上がる階段から、88歳とは思えないしっかりと背筋が伸びた歩きをした白髪の男性、グロスタルが苦笑いを浮かべながら降りて来た。


「お前達、儂の誕生日や引退を祝ってくれるのはありがたいんじゃが、少々はしゃぎ過ぎではないかの」


「そんな事ありません。グロスタル師匠!グロスタル師匠の引退は重大な出来事ですよ!!」


 一人の男がそう言うと「そうだ、そうだ」とグロスタルの言葉に反論するように大声を上げる。


 その言葉に呆れたグロスタルが男達を静かにするように宥める。


「分かった、分かった。じゃが、今日は祝いじゃ!!盛大に盛り上がってくれ!上下関係せずにな」


 グロスタルがそういうと男達は「ウオオー」と改めて雄叫びを上げて、パーティーが始まった。



……………


………


……



「……酔いどれども、暴れ過ぎだよ。全く」


 パーティーが終わった冒険者ギルドでそう愚痴をこぼしながら、レルンはギルドの片付けを行っていた。


 ギルド内は他にもレルンと同じ様に片付けている者、酔い潰れている者、酔い過ぎて千鳥足で帰宅する者がいた。


 そんなギルド内で片付けをしていたレルンに、今回のパーティーの主役であるグロスタルがやって来た。


「レルン、儂のパーティーに来てくれて感謝するぞ」


「これは、グロスタルさん。こちらこそ、楽しい時間をありがとうございます」


「やめろ、レルン。そんな余所行きの言葉遣い。ここには、うちのクランメンバーしかおらん。いつもの様に話せ」


「……爺ちゃんがそう言うならそうするよ。改めて、誕生日おめでとう。……これからの事はどうするか考えてるの?」


「ありがとうな、レルン。……そうじゃな、やる事もないし。ギルドに所属している若い奴らにでも指導してやろうと思っておるよ」


「……意外だな。てっきり、隠居でもして、ゆっくりと暮らして行くんだと思っていたよ」


「バカを言え!!儂がそんな落ち着いた生活が出来るとでも思っているのか?そもそも、婆さんに、家に居ずに外に出ろと言われてしまうわい」


「あはは、婆ちゃんも相変わらずだね。じゃあ、これからも後進の育成を頑張ってよ爺ちゃん。クランの名前通り、これからも俺達を導いてくれよ」


「当たり前じゃ!……お前さんの所のクランの奴らも鍛え直してやるから、覚悟するんじゃぞ」


 そう言いながらグロスタルは笑うとレルンから離れ、自分のクランメンバーの所に戻って行った。


 ……爺ちゃんはいつも通り元気だな……頑張ってくれよ、爺ちゃん。


 もし、爺ちゃんの指導が上手くいって、若い冒険者の死亡率が下がれば、もっと多くの人を幸せに出来るかもしれないんだから。


 レルンはそう考えながらギルドの掃除を続ける。






 後日。


 グロスタルは若い者の育成の為に冒険者ギルドに就職。


 冒険者ギルド職員となったグロスタルは、ゆっくりと確実に若い冒険者を育成していき、新人冒険者の死亡率を劇的に減少させた。


 この育成方法は冒険者ギルドの本社を通じて、他の冒険者ギルド支店にも育成方法が伝えられ、他の支店の新人冒険者の死亡率を下げた。


 後に、この育成論はグロスタルの元々所属していたクランと育成方法から【亀の導き育成論】として世の中に広まっていった。


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