88歳で異世界転生?

綾月百花

88歳で異世界転生?

 わしは、買い物に出掛けて、少しばかり腰が痛くて、足を止めたところだった。

 テーブルが置かれて、ちょうど椅子があった。

 テーブルの上には、エンジェル占いと書かれていた。

 エンジェル占いと書かれたテーブルには、若い女の子が座っていた。

 1回500円で占いをして、儲けが出るのかと心配になる。


「おばあさん、少し、休んでいかない?お客さんもいないし」


 女の子は、親切に手を引いて、椅子を勧めてくれた。


「そうかい、すまないな」


 確かに、お店は空いていて、お客の姿もない。

 少し、休ませてもらおうか?

 わしは、女の子に手を引かれて、椅子に座った。


「腰が痛いの?」


「わしも老いぼれて、88歳になってしまったわい。腰も膝も痛いな」


「あら、もしかして、今日は88歳の誕生日なの?」


「そうじゃ」


「おめでとうございます」


「ありがとう」


「お誕生日祝いに、エンジェル占いをしてさしあげるわ」


「そうかい、ありがとう」


 女の子は、本を取り出して、少し頁を捲った。そして、微笑んだ。


「エンジェルナンバーで88は、これから大いなる豊かさが手に入るというメッセージがあります。強い信念があれば、富が訪れ、運命の人と出会いが視野を広げます。強い信念を持ってください」


「そうかい」


「後ろを向いて、悲観的な事ばかり考えてしまうのはよくありません。あなたの未来には絶対に幸せが待っているのですから。とにかく、大きな豊かさがやってくる前兆です」


 女の子は一生懸命に説明してくれる。

 微笑ましくて、つい、笑ってしまった。


「88歳の老いぼれに未来があるのか?」


「もちろん、あります。おばあさんは、今までたくさんの力を積み重ねてきました。それが今、報われる時なのです。天の神様は、おばあさんのひたむきに頑張る姿を長い間、見てきました。これからやってくる富は幸運のご褒美なんです」


「そうかい、そうかい、ありがとうね」


「おばあさんの名前はなんというのですか?」


「わしか?みねという名だよ」


「私はアリスです」


 女の子、アリスさんは、本を閉じた。


「みねさん、旦那様はいらっしゃいますか?」


「大昔の戦争で、戦死したよ。幼い子を抱えて、大変だったよ」


「ご苦労をなさったんですね。でも、これから素敵な出会いがありますよ」


「この歳から出会いか?」


「あら、素敵ですよ。どうかお幸せに」


 アリスさんはニコニコ笑うと、お辞儀をした。

 休憩して、気分も良くなって、腰と膝の痛みも落ち着いたので、わしは「ありがとう」とお礼を口にして、帰ることにした。

 家に着いて、冷蔵庫に買い物をした物を片付けると、ソファーに座った。

 睡魔が襲ってくる。

 こんな老いぼれに、未来があるのか?

 あるなら、平和な世界に行きたいなと目を閉じた。



 +



「ミーネお嬢様、こんなところでお昼寝をしていたら、風邪を引いてしまいますわ」


 体を揺すられて、目を開けると、どうやら、うたた寝をしていたようだ。

 綺麗な花が咲いている庭園が見える。


「お嬢様、ガゼボでは風邪を召してしまいますわ」


 お嬢様とは誰のことだ?

 わしは、不思議に思い体を起こした。

 なんだか体が軽い。


「よいしょ」


「よいしょ?」


 目の前の女の子は、先ほど占いをしてくれた女の子にみえる。

 確か、アリスと言っていたな?

 まだ夢を見ているのか。


「さあ、お嬢様、今夜は夜会がありますわ。お支度を致しましょう」


「夜会?」


「お忘れでしたか?今夜はお城で夜会が行われるのですわ。婚約者のトウヤ様がお迎えにいらっしゃいますわ」


「婚約者?」


「お嬢様は、まだ寝ぼけていらっしゃるのですね。さあ、お部屋に参りましょう」


「はい、どっこらしょ」


 椅子から腰と膝を庇いながら立ち上がるが、腰も膝も痛くない。


「お嬢様、どっこらしょとは、どちらのお言葉でしょうか?」


「は?どっこらしょは、どっこらしょだ」


「お嬢様。お言葉が、平民のお言葉になっておりますわ」


 でしょうか?

 おりますわ……それこそ、どちらの言葉だ?


「では、参りましょう」


 女の子こそ、どこの言葉を使っているのだ?

 手を引かれて、歩いているが、腰も膝も痛くはない。


「手など引かなくても、一人で歩ける」


「お嬢様、申し訳ございません」


 女の子は、立ち止まると、深く頭を下げた。

 礼儀正しいが、過保護と言うものだ。

 老人だと思って、何でも手を貸そうとは、わしは自立しておるのだから。

 88歳になったが、一人暮らしをしておる。

 耄碌もうろくはしておるが、人様に迷惑はかけてはいない。

 邸の中に足を踏み入れた途端に、わしは見目美しい邸の内装に目を奪われた。

 ここはどこだ?

 わしの家ではない。

 清楚な廊下は、よく磨かれた大理石のように見える。壁は、美しい白色の壁紙に金の細かい模様が入っている。


「お嬢様、どういたしましたか?」


「ここはどこだ?」


「お嬢様も邸ですわ。今日のお嬢様は、どこか具合が悪いのでしょうか?」


 女の子は、首を傾げた。


「そのようだ」


 わしの邸と言われても、部屋も分からない。


「其方は名をなんという?」


「お嬢様、わたくしの名を忘れてしまったのですか?お嬢様が生まれてからずっと一緒に過ごしておりましたメイドのアリスでございます」


「アリスさん?」


「いつものお嬢様は、アリスとお呼びでしたわ」


「アリス、部屋まで連れて行ってもらえるか?」


「お部屋も忘れになられたのですか?」


「……」


 自分の邸も部屋も何もかも分からない。

 そんなことがあるのか?


「お嬢様、お手を失礼いたします」


 アリスは、わしの手を取ると、廊下を歩いて、階段も上がって、長い廊下を歩いて、たくさんある扉の一つを開けた。

 わしは、呆然とした。

 なんというか、可愛らしい部屋だった。

 今まで生きてきて、このような洋室で、明るい部屋は見たことがない。

 大きな窓は繊細なレースがかけられて、鏡台はとても立派な物だ。ベッドは、リクライニングベッドではなく、精緻な模様が彫刻された見たこともないベッドだ。床は、フローリングになっていて、ソファーの辺りにピンクの絨毯が敷かれている。そのソファーは、木の枠に柔らかなピンク色で、精緻な模様が刺繍されているように見える。


「お嬢様、お部屋ですわ」


「ああ」


「今日のお嬢様は、別人のようでございますね?」


「いや、別人だろう?」


「そんな事はございません。普段と変わらず、美しいお顔立ちに、御髪は艶々ですわ」


 アリスは、わしを鏡台の前に連れて行って、椅子に座らせた。

 これは、誰だ?

 わしは、鏡に映る自分をガン見した。

 綺麗な黒髪は、胸元を隠し、瞳の色は美しいエメラルドのようだ。

 誰?という言葉を飲み込んで、自分で髪に指先を通す。

 その指先もすらりとして美しい。

 顔も指も皺がない。くすんでいた肌色も別人のように色白で、若かりし頃の乙女のようだ。

 じっと自分の顔を見ていると、アリスは「ね!」と微笑んだ。


「では、準備を致しましょう」


 アリスは、櫛で髪を丁寧に梳かすと、綺麗に編み込みをして、髪をアップにした。

 その見事な手さばきに、思わず拍手を送りたくなった。


「アリス、なんと素晴らしい」


「お嬢様、煽てても何も出ませんわ」


「それで、わしの名前は?」


「お嬢様、わしではなく、わたくしですわ。お名前はミーネお嬢様ですわ。まさかとは思いますけれど、婚約者の名前まで、忘れていませんよね?」


「わたくしの婚約者は誰?」


「誰ではなく、どなたですか?ですよ。公爵令嬢なのですから、お言葉に気をつけてくださいね」


「公爵令嬢?」


 わしはまた頭を傾げる。

 思考が追っつかない。


「婚約者のお名前は、トウヤ・エンジェル殿下でございますわ」


「殿下?」


「エンジェル王国の王子様ですわ」


「王子様?」


「来月、婚礼でございます。最後の夜会でございますよ」


「来月、婚礼で、最後の夜会?」


「お嬢様、しっかりお目覚めくださいね?まだ眠いですか?」


「眠い」


「眠いわ、でございますわ」


「あああっ」


 わしは頭を抱えた。

 88歳にして、知らない世界に来てしまった。

 これは、ドラマで見た異世界転生であろうか?

 ん?ん?ん?

 婚約者の名前は、トウヤ・エンジェル。

 トウヤ、トウヤ、冬弥?

 まさか、あの冬弥様?



 +



 わし、もとい、わたくしは、それは、それは、美しいドレスを着せてもらった。

 今まで生きてきて、初めて身につけたドレスは、清楚な白いドレスだ。胸元にレースと刺繍があり、高価な物だと分かる。

 ダンスなど踊ったことないのに、どうするのだ?

 夜会は何をするのだ?


「ミーネ様、馬車が参りました」


「はい」


 アリスが、わたくしの手を取り、エスコートをしてくれる。

 玄関まで行くと、そこには、戦争に出掛けたわしの旦那様が、別れたときと同じ顔で凜々しいタキシード姿で立っていた。


「ミーネ、待たせたな」


「冬弥様」


 わたくしは嬉しくて、アリスの手を離して、冬弥様に抱きついた。


 ずっと待っていた。

 ずっと会いたかった。

 ずっと恋しかった。

 やっと迎えに来てくれたのね?


「待たせたな」


 冬弥様はわたくしを抱きしめて、そっと肩を抱く。


「さあ、ダンスを踊りに行こう」


「はい」


 御者が馬車の扉を開けて、冬弥様にエスコートされながら、生まれて初めて乗る馬車に乗った。

 その夜、初めてダンスを踊った。

 知らないダンスは、体が勝手に動いて踊れた。

 まるで夢を見ているようだった。

 大好きな冬弥様と手を取り、踊りあかした。


 夜会から一ヶ月後、トウヤ様はエンジェル王国の国王となり、わたくしはトウヤ様の妻になり、エンジェル王国の王妃となりました。


 トウヤ様は冬弥様で、わたくしはエンジェル王国で、二人で仲く過ごしております。

 愛おしい冬弥様と、いつも一緒にいられる。


「これから一生、供にあろう」


「はい、冬弥様」


 わたくしは、生娘になったように、頬を染めた。


「ミネ、良い国を作ろう」


「はい、冬弥様」


 王国は争いのない平和な国で、緑豊かで、食べ物もとても豊富で、美味しい物がたくさんあります。

 もう、腰や膝が痛むこともない。

 永遠の愛に包まれて、わたくしは王子様と末永く暮らしていく。

 ここに幸せあり。

 88歳、愛する者の元に転生いたしました。

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88歳で異世界転生? 綾月百花 @ayatuki4482

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