第2話 二度目の異世界転生

 冒険者ユーナがその青年と出会ったのはクエストからの帰り道のことだった。


 シュウゥゥゥゥ!


 道端に裸の青年が片膝をついてうずくまっているのを見ても、勇者パーティーのメンバーたちは関わり合いになりたくないと思ったのだろう、荷馬車を止めることはしなかった。青年の背中からは蒸気が立ち昇ってる。尋常な状態じゃないと思ったユーナは、荷馬車から飛び降りて青年に声を掛けた。


「大丈夫ですか?」


 ユーナの背後でドサッという音がした。振り返ると女戦士がユーナの荷物を放り投げたのだとわかる。ユーナを蔑むような目で見据えながら女戦士が言った。


「アンタとはここでお別れだよ! 大した実力もねーアンタをにこれまでパーティーに置いてくださった勇者様にせいぜい感謝するんだね!」

「「「きゃはははは」」」


 女戦士と女魔術師と女神官の黄色い哄笑が響き渡る。勇者はユーナに一度だけ目を向けるとニヤリッと笑って、そのまま馬車を進めて去っていった。


 他の女と違って、勇者の寝床に入るのを拒否したときから、いずれこんなことになるのかなとユーナは思っていた。なので、ユーナはそれほど驚きもしなかった。


「お嬢さん、わしのせいでお仲間の皆さんと揉めさせてしまったようじゃな。誠に申し訳ない!」


 青年は腰を90度に曲げ頭を下げて謝罪した。


「ふふっ。お爺ちゃんみたいなしゃべり方するのね? えっと、わたしはユーナ、ついさっき勇者パーティを首になった女盗賊よ」


「わしは相模進三郎じゃ。なんとかという女神さまに魔王を倒して欲しいと言われて、気が付いたらここに居たのじゃが……おおっ!身体が若返っとる!」


 相模は自分の身体を見て凄く驚いた。


「若返ってよかったわね。とりあえずわたしのマントをあげるから、これを腰に巻いてもらえないかしら」


「おおっ、これはうら若きおなごに粗相した。マントは申し訳ない。必ず新しいのをお返しする」


「粗相だなんて、ご立派なものをお持ちですよ! 少なくともさっきの勇者よりはね!」


「ガハハハッ! こりゃ愉快! 愉快! お嬢さんは大層な肝っ玉をお持ちのようだわい!」


「それじゃサガミ、魔王を倒す前にわたしのマント代を稼ぐくらいは冒険に付き合ってもらえるかしら?」


「もちろんじゃ! 元大日本帝国陸軍少尉 相模進三郎! 受けた恩を返さずして日本男児とは言えんからの!」


 ガハハハハと両手に腰を当てて豪快に笑う相模は、こうしてユーナの冒険仲間となった。


 相模はとにかく強かった。


 岩トロールをジュージュツというスキルを使って瞬殺した。素手でトロールを倒すなんて、この目で見なかったらユーナは絶対に信じなかっただろう。


「ふん! この程度! 米戦艦に比べたら屁でもないわ!」


 たった一人で米戦艦を沈めたことのある大日本帝国陸軍少尉 相模進三郎は、その凄まじい戦果を誰にも信じて貰えず戦史に記されることもなかったのだ。


 闇の大魔術師との戦い。魔王軍の恐怖の象徴たる存在を「わしが大日本帝国陸軍少尉 相模進三郎である!」と一喝。気を呑まれて動けない魔術師を殴り倒した。


 物理の効かない呪われた死霊レイスに対しては、元々王国の騎士であったレイスが死霊になった悲しい経緯を聞いて共に涙した。相模も敗戦の中に散っていった仲間たちの思い出をレイスに語る。


「き、さまっ……とおーれーとーは、同期のさーくーらー」


 相模と肩を並べ、相模の軍歌を聞いていたレイスの目に、いつの間にか失われたはずの涙が溢れだしていた。そして次第に薄れゆく己の姿に気づき、自分の終わりを悟ったレイスは相模に言った。


「ヴァルハラで会おう……」


 相模はようやく成仏することができた友のために男泣きした。


 魔王軍の大幹部デュラハンと剣による一騎打ちでは、ケン・ドーというスキルを使って瞬殺した。


 そしてとうとう魔王の戦い。部下の報告から相模の強さを聞かされていた魔王は、直接相模を狙うのではなく、ずっと相模の後ろについていただけのユーナを攻撃した。


 ユーナは魔王の一撃をぎりぎり躱したものの、その余波だけで大ダメージを負って倒れ、起き上がることができなくなった。


「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 相模の顔が真っ赤に染まり凄まじい怒声を挙げた。ユーナは相模がこれほど怒るのを初めて見た気がした。


「漢と漢の戦いに、婦女子を巻き込むとは恥を知れ!」


「ふっ、ただの虫けらだ。そもそも異世界から来た貴様には何の関係もなかろう」


「この婦女子は、わが大日本帝国の高貴ある陛下の臣民たる自分の庇護を受けたるものである! 貴様はいま大日本帝国の威信に挑んだのである!」


 魔王は「ナニ言ってんだこいつ?」という顔をする。


「そもそも婦女子に手を挙げるなど……」


 魔王が究極魔法ハデスブリンガーを放とうとしたその刹那――


「貴様それでも魔王にっぽんぐんじんかぁぁぁぁ!」


 魔王の頬を相模の陸軍ビンタが張り倒した。


 大日本帝国陸軍の陸軍ビンタは駆逐艦や戦車程度であれば一撃でぺしゃんこにすることができるのだ。大戦における日本の敗因は、このあまりに強力なスキルを人道的配慮から封印してしまったことにあるのは有名な話である。


 魔王はその場トリプルアクセルを数百回繰り返した後に絶命した。


 魔王が死ぬと同時に、相模の身体が光に包まれた。


 ほわわわーという効果音がどこからか聞こえてくる。


「サガミ……」

 

 ユーナは何とか身体を動かして相模の近くに寄った。


「お嬢さん、どうやらこの世界での、わしの使命は終わったようじゃ。マントを新調してやれなくてすまんの」


「ううん、サガミのおかげで魔王討伐の報酬が入るから、わたしは大金持ちよ。だから気にしないで」


「そうか……ならよかったわい。では、たっしゃでな……」


 相模の身体を光が包む。光が消えた後には相模が腰巻にしていたマントが一枚残されているだけだった。


「サガミ……ダイニッポンなんとかかんとかの人、あなたのことは忘れない」


 ユーナは残された腰巻を手に魔王城を去った。


 魔王を倒した功績によって、ユーナは一生かけても使い切れない報酬と栄誉を得た。


 勲章授与式にはユーナを捨てた勇者パーティーも呼んであげたのだが、誰一人として来なかった。一応、王様とギルド総帥には勇者たちがユーナに対して行ったことを話しておいたので、ユーナは彼らがこの先どうなるのかもう興味を持つことはなかった。


 王様からは公爵の地位を与えられた。


 その際、貴族の紋章をどうするかという話になったのだが、ユーナは迷わなかった。もう決めていた。


 白地に赤い丸だけのシンプルさに王様や貴族たちも驚いていた。


 サガミの母国の印。


 ヒノマルと言ってたっけ?


 この紋章は、後世、王国の英雄たちが好んで身に着けるようになる。


 そして英雄たちが勝利の帰還を果たした際には、


 王から与えられた「サガミのマント」を腰に巻くのが慣習となった。





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うっかり女神の転生ミスで米寿なのに勇者にされたんじゃが

https://kakuyomu.jp/works/16816927861593469692

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大日本帝国陸軍少尉 相模進三郎 帝国妖異対策局 @teikokuyouitaisakukyoku

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