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桝克人

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「今年のわしの誕生日は自分で用意する」


 珍しく家族一同勢ぞろいした。今回の主役のじいちゃんとばあちゃん、父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃんと婿の雄二さん、二人の息子———一歳になりたての陽太郎、そして俺が長テーブルを囲んで夕飯をとっているときだった。

 一週間後に迫ったじいちゃんの八十八歳の誕生日パーティの準備の話に一同は何を言っているのか判らないとでも言うように口を目を丸くしたり口をあんぐりと開けたりしている。


「ですがお義父さん…」

「どうか口を出さんでくれ。これはわしが長年計画をしていたものなんだ。わし一人でどうにかする」


 母ちゃんは隣に座る父ちゃんに肘を打って助け舟を求めたが、父ちゃんもまた高齢のじいちゃんが言い出したことに戸惑っているようだった。


「まあまあ、好きにさせてやったらいいじゃないですか。言い出したらキリがないん人だから」


 ばあちゃんは長年連れ添っているだけあってじいちゃんの性格をよく知っている。じいちゃんも「まかせろ」と自信満々な顔をしていた。


◆◆◆


 風呂をあがるとダイニングで雄二さんが陽太郎を抱っこしながら、髪をタオルで乾かしている姉ちゃんと話し込んでいた。


「八十八って言ったら米寿だろう?祝い年に本人が自分で用意するなんて聞いたことないけど」

「私だってきいたことないわ。でもばあちゃんが言ってたように本人が良いっていうなら放っとくしかないわよ」

「そうはいってもなぁ…」


 俺は浄水器を捻りコップに注いだ水を一気に飲み干した。


「でもじいちゃん急にどうしたんだろうな。普段は自分の誕生日なんか気にも留めない人なのに」

「ええ?そうなのか?」

「うん。他人の誕生日は結構覚えてるけど自分の誕生日なんて覚えてないタイプの人だよ。だから毎年サプライズが効くんだ」


 祝い事が嫌いなわけじゃない。寧ろ好きな方だと思う。ご馳走とプレゼントを全力で喜んでくれる陽気で楽しい人だ。


「ま。いいじゃん。プレゼントもいらないなんて言ってたけど、別に用意しておこうぜ」


 雄二さんは手首を振って、空中にネット画面を表示させた。(手首にパソコンの機能が搭載されているマイクロチップが埋め込まれている)そして米寿にちなんだ祝いの品を探し始めた。因みに別画面で子供番組を表示して、邪魔をされないように陽太郎の気を反らす。


「じゃ、品選びは任せるから」


 ダイニングから出ようとすると姉ちゃんから、お金は後で請求するからねと釘を刺された。


◆◆◆


 誕生日当日、朝から準備をすると言ってじいちゃんは俺たちに夕方まで外出するよう命じた。じいちゃんを一人家を残し、都心へと買い物にでかけた。

 そして夕飯時前に家に帰ると一週間前よりも顎が外れるかと思う位度肝を抜かれた。俺だけでなく、家族全員が同じ表情をしていたに違いない。確認したわけじゃないけど。


「じいちゃん、これ…」

「おお!帰って来たか!」


 長テーブルにはじいちゃんが買ってきたであろう寿司やオードブルが並んでいる。それは正直どうでもいい。真っ先に目に入ったのは、およそ食べ物に使わない青緑色のケーキである。食欲はわきそうにないが美しい色だ。そしてケーキの中央にツインテールの女の子のキャラクターが描かれている。


 そしてじいちゃんは手首を振って画面を表示し、音楽を鳴らした。クラシックな電子音が部屋中に満ちる。平成の懐かしいボーカロイドだと気付いたのは父ちゃんだった。

 じいちゃんは皆を座らせて語りだした。


「わしが若い頃に流行っていたものなんだ。学生だったわしは夢中になってパソコンに噛り付いて、クリエイターが作った動画を見たり、コメントしたりしてな。とにかく楽しかった。でもそういった趣味の友達はいなかったし、『オタク活動』も羞恥心から出来なくてなぁ…」


 『オタク』という普段聞かない古い言葉に一瞬首を傾げた。そういえば学生の頃現代史で習ったことを思い出す。そういえば、じいちゃんは今の世の中は色んな趣味が更に増えて、皆平等にそれぞれを尊び敬う姿勢が好きだと言っていた。自分の頃はまだ偏見があったのだと言った。俺からすると想像もつかない考え方だ。


「色んな事をしてみたかったんだ。特にケーキは作ってもらうのも恥ずかしくてなぁ。でもずっと心に引っかかっていたんだ。だったら八十八歳の誕生日にそう言ったケーキを作ってもらおうと決めたんだ」


 ケーキに描かれた『初音ミク』というキャラクターをにこにこと眺めて言った。


「でもどうして米寿なの?」


 俺も気になった疑問を姉ちゃんが代わりに訊いた。すると突然話の内容はわからない陽太郎がパチパチと手を叩いた。


「これこれ」


 じいちゃんは拍手を返すと陽太郎はきゃっきゃとはしゃいでいる。


「拍手の88なんだよ」


 当時、ニコニコ動画という動画公開サイトで、拍手を『8888』と略して表現していたそうだ。皆が一斉に拍手をする場面が来ると画面いっぱいに『8』が流れるという。そういう表現が面白かったからだとじいちゃんは饒舌に語った。


「とにかく夢が叶ったんだ。わしの我儘を聞いてくれてありがとう」


 姉ちゃんは用意していた無難なプレゼントをひっこめた。そして俺や雄二さんに目くばせする。なんとなく言わんとしていることがわかった。

 

 後日改めて用意したプレゼントを渡した。ネットで探し出した初音ミクのフィギュアを見てじいちゃんは破顔した。

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