勇者はオレが育てた!!

アルゴン。

第1話 とある転生者の一日。

 オレの名前はガイツ。今年で32歳になるB級冒険者だ。

 そう。冒険者。

 ここはミーフィリアという女神が生み出したという伝説が残る世界だ。


 オレが自分の前世のことを思い出したきっかけは、この世界で生まれ育った寒村がゴブリンの群れに狙われた時だった。妹を守るためにゴブリンの振るう棍棒をその身に受けた瞬間、俺はガイツとしての人生の走馬灯と共に、前世での人生の全てを思い出した。


 前世ではチキュウ世界のニホンという、その世界有数の平和な国で何不自由なく育った。そして、うまいものをたらふく食べ、自分勝手に生きて、最後に激しい頭痛で倒れるまでの記憶が一瞬で脳裏を駆け巡った。


 プランプランと自分の意思に関係なく揺れる、利き手である右腕を眺めながら、俺は怒りとあまりに弱い自分の現状に、情けなさ感じていた。


 記憶を取り戻したから理解できる。先ほどまでのオレは、この世界では魔獣や亜人といった危険が満ちているということを知っていたのにもの関わらず、強くなるための努力を怠っていた。生きるために訓練をするでもなく、知識を得るために教えを乞うこともしていなかった。


 情けない。


 その結果が歳の離れた妹の命を守ることも出来ないでいる、今この瞬間だ。


 刹那。


 俺はガイツとしての過去を切り捨てた。


 弱く、知識もない。そんなオレとは今日で訣別だ。


 俺は覚悟を決めると、目の前にいる前世で言う小学生くらいの身長しかないゴブリンのニタニタといやらしく笑う顔に左手を突っ込んでヤツの眼球をえぐった。


 追いつめていた惰弱なヒト族からの反撃を想定していなかったのか、ゴブリンはつぶれた目玉を両手で抑えてうずくまる。


 ああ、こんな雑魚に俺は殺されかけていたのか。

 あまつさえ、死別した母親に託された大事な妹を危機にさらしてその心に恐怖を抱かせてしまった。兄失格だな。


 サッカーの要領でうずくまるゴブリンの顎を横から蹴り上げる。体の構造はヒトのそれと一緒だ。脳を揺らされて、意識を失い地面に突っ伏したヤツの首をジャンプからの踏みつぶしでへし折る。ゴブリンの死体の一丁上がり。


 先ほどまでは悲鳴や怒号があがっていたはずなのに、今は静まり返った村の広場を見渡すと、ゴブリンも村の住人たちも戦いを中断して、俺のことを呆然と眺めていた。

 どうやら、おとなしそうな少年がゴブリンを簡単に殺したのがショックだったようだ。


 俺は動きを止めたゴブリンをここぞとばかりに次々と狩っていく。

 こいつらは残忍さと数が脅威なだけで、さほど強くない。

 人型の生き物の弱点を漫画や映画なんかで知り尽くしているオレの敵じゃない。


 5匹ほど殺すと、どうやら死体になったやつらの中に群れのボスが混じっていたらしく生き残りのゴブリンたちがギャーギャー叫びながら撤退していった。


 ああ、生き残れた。

 世界中の何よりも大切な妹を守れた。それがただうれしかったのを覚えている。


 そして、ここからオレの異世界転生の最強物語が始まった。


 ・・・・・。


 なんてなことにはならなかった。


 ・・・・・。


「おい、おっさん!」


 ふとした瞬間に過去を振り返っていたらしいオレは、横から聞こえる少年の声に反応した。


「なんだ?エル。もうメシが待ちきれなくなったのか?」


 その質問に、オレが料理をする焚火の光に当てられたエルの童顔が浮かび上がる。

 ぷいとそっぽを向くとエルはうそぶく。


「ガイツのおっさんがぼーっとしてっから、せっかくの料理がダメになっちまうかと思って注意しただけだい!」


 その幼さの残る横顔からは想像もつかないが、彼はこの世界の最大宗派であるミーフィリア教会の宣託を受けた『勇者』である。


 そして、俺が指導している弟子の一人でもある。


 生まれ故郷が焼かれた後、俺は妹とわずかな財産を持って近場で最大の都市である州都へ向かった。そしてそこで冒険者として立身し、ある程度成功し、そして挫折した。オレには前世の記憶と言うアドバンテージがあった。

 しかし、とあるクエストで出会った大型旅客機エアバス350より大きな空飛ぶトカゲに、オレが放った当時最強の技=真昼の太陽からの凝集光。をあびせたのだが、それがヤツの鱗に当たった瞬間に拡散無効かされたのをみて、悟った。


 ファンタジー世界。マジ無理。


 そして、俺は考えた末に結論を得た。


 俺では前世の常識が邪魔をして、素手で鉄製の剣を折ることもできない。ましてや、空飛ぶビル並みの大きさのトカゲをぶった切るような剣術も会得できそうにない。


 ならば、現代知識をいかして有力者に取り入って、安定した生活を送ろう!そう考えた。


 しかし、権力者には既に取り巻きがいた。


 だから俺は、青田買いとして能力鑑定が効かない=オレより能力値や潜在能力地が高いであろう年下の奴らの中に逸材がいないかを探し始めたのだった。


 そして、人材発掘の旅の途中でこのガキに出会った瞬間に理解した。


 こいつはこの世界、この時代の主人公だ。と。


 それからオレはひたすらに勇者を強くするための方策を考えた。

 こいつが出世すればそれを支えたオレも利益を得られるはず!


 俺はギルドを通じてクソガキ率いるパーティの教導員として、彼らを導くと共に、やつらが俺から離れられないように胃袋を掴むようにしむけた。


 その結果がこれだ。


 オレは最後に揚がったアツアツのとんかつをこの世界で誰にも見向きもされていなかった穀物である米を炊いたものに乗せて、目玉焼き2つの上からとんかつに合う自家製のソースをかけた。


 そして、よだれを流さんばかりに目を見開いている勇者に言う。


「出来立てアツアツとんかつ玉子丼の完成だ!今日は目玉焼きダブルだぞ!」


 勇者も勇者の仲間たちの目は、どんぶりにくぎ付けだ。


 なにせ、この世界にはなかった揚げ物なのだ。しかも揚げ油は動物性100%。うまいに決まっている。しかも、俺の栄養学の知識によってタンパク質不足を解消するために衣にひきわり納豆を混ぜているので栄養満点。これを食べてうまいと感じない人間はいないだろう。


 オレが毎食に栄養バランスを考えて、食事を提供するからか。ガキどもパーティはメキメキと実力を上げて、ここ半年足らずでオレの現役時代最高であったB級に届こうとしている。そりゃそうだ。肉体を作るために最適の食事を毎食して、オレが考えた強化トレーニングを毎日こなしているのだから。


「あー、食った食った!」


 勇者は、俺のほうに視線を向けるとほっぺを赤くしてはにかみながら言った。


「まぁ、おっさんは弱いけど、料理人としてなら雇ってやってもいいかもな」


 はい。ツンデレいただきました。

 ダレ得よ!?


 オレはこれからもこの世界で生きていくだろう。


 最近、最愛の妹にどうやら彼氏が出来たようで、「紹介したいかも。」というようなことを先日言っていた。

 仕事に困らず、飢えず、飯を食えて、馬鹿を言い合える仲間がいる。


 俺は会ったこともないミーフィリアっていう神さまに感謝の祈りを捧げた。

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勇者はオレが育てた!! アルゴン。 @argon0602

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