魔女の呪いで年を取らなくなった妻の愛が重すぎる

世良 悠

第1話

 妻のマリアは魔女の呪いを受けて不老不死である。


 年は儂と同じで88歳。

 しかし、年を追わないためその見た目は若かりし頃とまるで変っていない。腰まで伸びた金色の髪。88歳とは思えない肌の潤い。小顔で目がくりッとしている彼女は今でも多くの若い男性から注目と好奇の視線を浴びている。



 その光景に嬉しい反面、悲しくもあった。


 儂の命もそう長くはない。

 かかりつけの医者が言うにはもってもあと一ヵ月もない命。

 姿が変わっても変わらず儂を愛してくれるマリアを置いて死ぬのは、嫌だなぁ。


 魔女の呪いを解呪することに明け暮れて、子の一つも作らなかった儂は窓から広場を眺め、遊ぶ子供たちの姿をぼんやりと眺める。


 そこに在るのは楽しそうに笑う親子の姿。

 もし、魔女に呪われていなければ自分たちもあぁだったのか。存在しない未来を視ていると、コンコンと誰かが扉を叩いた。


『誰か』ではないな。この家にいるのは儂とマリアの二人だけなのだから。


「ライオット。ご飯を持ってきたわよ」


 金髪の髪を靡かせ白のエプロンを身に着けているマリア。

 手には仄かに湯気を放つ土鍋が携えられていた。


「もうそんな時間か」

「ええ。今日はお粥を作ってみたの。ドラゴンの血とお肉、臓器で作った特製お粥よ! 隠し味に愛情をたっぷり込めて作ったから味わって召し上がってよね」

「あ、あぁ。......今日もとびっきりに美味しそうなご飯だな」


 目の前に置かれたお粥は赤く、ブクブクと音を鳴らして泡が湧き上がっている。

 これは熱くて沸騰しているのか、はたまたドラゴンの何かを入れたことによってそうなっているのか。どちらにせよ、常人が食ったらただでは済みまい。


 ふと、この年になっても記憶とかが無くなっていないのはこの食生活のせいなのだろうか。そんな考えをして現実から目を背けていれば、目の前のお粥が無くなっている......なんてことはない。


 未だにブクブク言っておる。


 腹を括れライオット。


 スプーンでよそって胃に『これ』を流し込む。


 ......うぷっ。

 流石はマリア。

 高級食材で美味のはずのドラゴンをここまでの味にするとは。


 だが、ここで残すという択は儂にはない。

 粥を無事胃にぶち込んだ儂は限界を振り切ってマリアに笑顔を向ける。


「......今日も美味しいご飯をありがとう。マリア」

「どういたしまして♪」


 マリアは嬉しそうに部屋を去っていく。

 これでいい。これでいいんだ。残りの命でマリアを悲しくさせるつもりはない。彼女には笑顔でいてほしい。それが儂の一番大切なねが......い......。



 気づけば日は暮れて空は黄金色に染まっていた。


 まさか儂は気絶していたのか。

 いやまさか。飯を食らって気絶するなどあるはずが......な、い。


 絶対に無いと言い切れない現実に震えていると、扉が勢いよく開かれた。


「ライオット! 山登りに行くわよ!」

「......は、はぁ!?!?」


 嘘だろ。

 そう思っていたがマジだ。


 マリアには常人とはかけ離れた魔法適正がある。そこに魔女の呪いを解くための副産物として得た魔法の知識をたらふく蓄えた彼女は控えめに言って人類最高峰の魔法使いだ。


 だから彼女は儂のベッドを謎の力で浮かび上がらせ共に山を登るなんて意味の分からないことを現在進行形で行っていた。


「やっぱり山登りは風が気持ちいいね! ライオットもそう思わない!?」

「めっちゃ思う! 気持ちいい! やばい!」


 表情は引きつっていないだろうか?

 内心びくびくしすぎて何かを漏らしてしまいそうだ。この年になってそれは嫌だ。

 双方を守るために儂は必死に歯を食いしばる。



 翌日。


「ライオット! 海! 海いこ! そんでもって以下の魔物討伐してイカ焼き食べよう!」



 翌々日


「ライオット! 新しいダンジョンが王都にできたんだって。散歩しに行こ!」



 翌週


「ライオット!」



 翌々週


「ライオット!」



 翌月


「ライオット......」



 ベッドに横たわる白髪の男をマリアは眺める。

 その姿は眠っているようにも見える。しかし、ゆすっても名前を呼んでも彼は瞳を開けない。名前を呼んでくれない。


 ツーっとマリアの頬を辿って一筋の雫が地面に落ちる。


「ねぇライオット。私ね知ってたの。あなたの命が長くないこと。偶然聞いちゃって、その日は泣いて泣いて、泣いて。目が干からびちゃうんじゃないかってくらい泣いたの。


 ねぇライオット。私ね知ってたの。自分の料理がまずいってこと。私は真剣に作っているんだけど、どうしても変な味付けにしちゃって......。これも魔女の呪いなのかな、なんちゃって。


 ねぇライオット。どうして貴方は私にいつも笑ってくれたの? 

 ライオットの余命を聞いて私、どうしたらいいか分からなくてひたすらに貴方を引っ張りまわした。最初は思い出を作りたいのかなって思ってたんだけど、違ったの。

 この一か月間、私貴方がいつもぎこちなく笑ってた事ばかりを選んでた。

 そうやってライオットが私に向ける笑みを無くせば、こんなに悲しむことないって思ってた。最悪な女だよね、私。


 ライオットの優しさに付け込んで自分が楽になろうと走り回って......」



 何時も暖かかった彼の顔は既に冷たく、マリアの瞳から大粒の涙が溢れた。


「ライオット。ライオット。ライオット......」


 彼女の体が淡く光る。

 それは魔女が与えた呪いが消える前兆。


 彼女を覆う光の粒子は次第に霧散していき、マリアの姿は本来あるべき姿に返っていく。


 髪は色彩が落ち白くなり、肌はその輝きを失う。

 すすり泣く声もか細いものに。



 呪いが解けた反動か、また寿命は既に終えていたのか。彼女は大好きな男の胸で静かに息を引き取った。




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魔女の呪いで年を取らなくなった妻の愛が重すぎる 世良 悠 @syuumatudaidai92

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