ビルサイクル

❸㍛

1‐1‐20‐① 卒業式

春、ちょっと遅めに開花した桜を勢いよく通り過ぎて学校まで走る。


「ごめんごめんごめんごめん」

「謝らなくていいから走って」

「これが私の最高スピードよ。」

「新学期早々遅刻したら本3冊買ってもらうから。」

「うわー、それは財布が空っぽ案件じゃん。」

「じゃあ全力で走って。」

「これが全力なんだよぉ……」


春です。

とうとう中学3年生になって最高学年。

吹奏楽部では厳しいけど優しい先輩方が卒業して。自分がいよいよ先輩になる。嫌すぎる。

だって先輩方と比べると頼りないよねとか、うまく教えてあげられないとか苦戦したりしょんぼりすることばかりなんだもん。

そしてそのときに先輩たちの偉大さを改めて痛感するのです。愛おしき。

鬼みてぇだなぁと思ってたあの先輩にすら会いたい。恋しき。ラブ。

でも逆に3年生になって自分たちが中心でやる演奏会は前よりもっと達成感が強くて楽しいこともわかった。いい事もあれば悪いこともあるんだね。


ーーーーーーーーーーー

『ハァハァハァハァち、遅刻しなかった…。ギリギリセーフ!!』

『……それ呼吸できてる?』

『ハァハァハァハァなんハァハァハァハァハァハァハァハァとか……』

『お茶飲む?』

『ありがとうハァハァハァハァございますハァハァハァハァ』

ーーーーーーーーーーー


他にも3年生になって歌うのが好きだから合唱コンクールがメインのうちの学校文化祭の実行委員長とか柄にもなくやってみちゃったりして。中学最後だからやれることはやりたくて。それでもやっぱり勉強と部活と委員会と全部をできるのかとか、周りに迷惑かけないかって不安だった時に友達が背中を押してくれたから最後までやり切れたんだと思う。

部活と勉強と委員会の掛け持ちは思った以上に大変だったけど。正直ちゃんと掛け持ち出来てなかったけど、他の委員会や他の部活の人と関わって話し合って、作り上げて。話がまとまらなくて困ったりもしたけれど、文化祭が近づく度に皆が楽しそうにしてくれたことや、委員長の挨拶で舞台に立った時の皆の楽しそうな顔を思い出すと今でもぎゅっ…って嬉しくなる。


ーーーーーーーーーーー

『!!これ紅茶!?』

『そうだよ。この前家に来た時に好きって言ってたでしょ。』

『覚えててくれたんだ』

『まぁ、それくらいはね。』

ーーーーーーーーーーー


でも、当たり前だけどいいことばかりじゃなくて。私器用ではないから勉強がちょっと上手くいかなくて。受験の為に秋以降は勉強三昧で想像以上に大変だった。もうやりたくないってくらい。


ーーーーーーーーーーー

『因数分解とかいつ使うの?因数を分解してどうすんの?』

『手を動かす。』

『はい。』

ーーーーーーーーーーー


だけどこうやって今日、なんとか中学校を卒業してみれば大変なことも悲しかったことも嬉しかったことも全部大切な思い出で。


苦しかったけど、辛かったけど楽しかった。やり切った。そう思える。




「じゃあ、きぬ。お疲れ!!高校生になってもまた遊ぼうね。」

「うん。美咲。絶対遊ぼう。社交辞令とかじゃないからね?」

「んーなんの分かってるって。」



卒業式の帰り道。

美咲の家の前で別れる。


卒業しても高校が違っても中学の頃の友達は大抵結局住んでいるところが近いから会おうと思えば会えるわけで。だからあんまり卒業して寂しいとか悲しいとかは今のところは思わない。


「あ、そだ。次遊ぶまでに仲直りしときなよ!!」


美咲は家に入るのをやめてこちらに戻ってきた。


「今度は3人で遊びたいな。」

「……善処します……」

「ん!!頑張れ!!!!」


ニッコリ笑った美咲は家に帰ることなく、私の姿が美咲の姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。


……仲直りね。

私だってしたい。したいよ。


喧嘩の理由は私にとっては些細なことではなかった。でも向こうにとっては意味わからないし理解ができない事だったと思う。

私が向こうの立場なら怒るのだって当然だと思う。



今年の桜はいつもより早めに開花して、まだ少しだけ冷たい風とともに舞い散る。その風からは微かに春の匂いがして。

風揺れる胸元の卒業生のコサージュで、もうこの制服を着ることもないんだと今更思う。


「……」


私はその場で蹲った。


「……うぅ」


最後なんだから制服で一緒に写真撮りたかった。

最後の登下校なんだから一緒に帰りたかった。

どうせ喧嘩しちゃうくらいなら言いたかった。


「好きです」って。


謝って、言いたい。言ってやりたい。

困らせてやりたい。私だけを見てて欲しい。



今ならまだ間に合うかな。



…………うん。

まだ写真とか撮ってるかも。

こういうのさっさと帰るタイプに見えて、意外と皆と話してて残ってるんだよ。


…………今ならまだ間に合うかもしれない。


卒業式のあと、卒業生は学校近くの公園でクラス、友達、家族、後輩などと写真を撮ったりちょっとした立ち話をしたりする。もしかしたらまだいるかもしれない。居なくても帰り道を歩いてるかも。


謝りたい。好きだって伝えたい。

さっきは地元の友達だからまた会えるって言ったけど、喧嘩してる私たちにそれが有効かは分からない。このまま終わってしまうかもしれない。


私は歩いて来た道を走る。


いつもならこんなこと絶対しない。


なのに


今日は卒業式だから。



ちょっとくらい思い出に残る恥ずかしいことしたっていいじゃない。

謝って、好きって言ってもいいじゃない。


このまま終わりたくない。

このまま終わらせたくない。


春の香りに包まれて

私が最後に見たのは……





「……え?」


白い


白い部屋だった。


目の前は白い壁で走っていたはずのボコボコした道は白い床に変わっていた。


私はいつの間にか知らない部屋にいた。


……え?

…………私今の今まで外にいましたよね…?


瞬間移動した……?

そんな厨二病みたいな設定あるわけないでしょ。


…………?



部屋は天井、壁、床の全部が白かった。

広さは学校の教室くらい。広いような狭いような。2人だと考えれば広いのかもしれない。


壁にはデパートみたいに地図?案内図?みたいのがあって、端っこにはエレベーターがある。

この感じからしてここはビルなのかもしれない。


そして部屋には学校で使われていそうな机と椅子が2つだけ。


あと一番の問題は床にある。

というか床に落ちている。


私が立っている場所から2mくらい離れたところに倒れている女の人が1人。

結婚式やパーティーに着て行くようなワンピースを着てる黒のロングヘアの女の人。

肌年齢とかワンピースのデザインから見るに推定年齢19歳の大学生くらい!!…だと思う。

肌年齢とか分からんけど。雰囲気。


「生きてる……の……かな……」


うつ伏せで倒れてるから顔も見えないし、微塵も動かない。これは生きてるのか。気づいたら死体と謎の部屋に居たとかなんの罰?勘弁して欲しい。


謎の部屋に謎の女の人。

怖いし何も状況が読み込めないけど、何も無いこの空間で何もしないのはもっと不安だった。


……とりあえず地図を見てみようかな。

この女の人に声かけるのも触るのも気が引けるし。外に出れれば助けだって呼べるし。


えーっと。

現在地は……っと。


「……え!!?ここ20階なの!?」


ビルには現在地とビルの階数と、上と下の階数とよく分からない一言が階ごとに書いてあった。


20階って。

私の住んでいる地域に20階立ての都市的な建物なんてないよ!!電車で15分くらい行かないとそんなもんはない。


ここは本当にどこなの……?



「ん〜!!!!!」

「!!!」


私が迷子になった時みたいな上手く言えない怖さに泣きそうになっていると、私の驚きの声が余程うるさかったのか、それともレム睡眠だったのか女の人が勢いよく起きた。

生きてらっしゃいました。この様子だと死んでたわけでも倒れてた訳でもなくて寝ていたご様子。


正直安心した。

この女の人が怖い人なのかとかやべぇ人なのかとかは分からないけど、ひとりじゃないってだけでこんなにも安心する。


「……ぁ……?」

「お、おはようございます。」


女の人…もといお姉さんと目が合った。

多分このお姉さんも起きたらここにいたパターンなのだろう。とりあえず挨拶してみた。今が朝なのか昼なのか夜なのかすら窓も時計もないから分からないけれど、寝起きならおはようございますで正解だと思うんだ!!!


私を見つめるお姉さんはサラサラの黒髪でちょっとだけツリ目の色白だった。知り合いに似てる…気がする。


お姉さんは挨拶をした私を見つめたあと、驚いた顔をしてこう言った。


「……秡銘きぬ……?」(ぬきな)

「……え!?なんで名前知って……?」



よく分からない部屋に気づいたら居た私はその部屋で知らない女の人に名前を知られていました。

これはどういうことなのでしょうか。


というかここはどこ!?

なんでここにいるの!?

分からないことしかありません。

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