第10話「元の生活に戻ろうとする少女」改3.00
外はすっかり陽が傾いていた。
暗くなり出している。
「ありがとうございました」
玄関前でサクラはウメジに頭を下げた。
ウメジの表情は穏やかに見えたが、内心不満を感じているようにも見える。
看病してもらって、命を救ってくれたのに、恩をはねのけた感じ。
気まずい空気だった。
その場を去って鳥居の正面に来る。
サクラはお辞儀をした。
言葉には出さなかったが、神社の神様に敬意を表したつもりだった。
自分を守ってくれかもしれないと思うと、自然に動作に表れていた。
※※※
家に帰ろうと歩いていると、なぜか悲しくなった。
季節は5月なのに、肌寒さを感じる。
足取りはしっかりとしていた。
足下の影を見ても、自分の姿勢が曲がっているようには見えなかった。
いつもの自分だった。
駅に着いて改札を抜ける。
ホームで電車を待つ。
次の電車はすぐに来るみたいだった。
ホームには人がまばらだった。
同じ学校の生徒もいないようだった。
黄色い線の内側に立つと風が吹いた。
スカートが揺れる。
まだ衣替えにはなっていないから制服の生地は厚手の紺。
着ているセーラ服がなんとなく地味に見えた。
待っている時間が余計な考え事につながっている。
いつもだったら、「剣とドラゴン」の事を考えていて楽しいのに、今は嫌な気がした。
スピーカーに音が入る。
駅のアナウンスが入ったのだった。
顔を横に向けると電車が見える。
すぐにホームに滑り込んできた。
車両が定位置に止まった。
ドアが開き、何人か出てきた。
サクラはその人たちがいなくなるのを見てから中に入る。
車内はガラガラ。
空いている座席にサクラは座った。
電車の窓から都会の灯りが見える。
キラキラしている。
でも、無理して光っているようにも見えた。
正面の席には誰もいなかった。
壁に貼られた広告の紙面が見える。
足下の靴に目をやると、それがきれいになっていたことに初めて気づいた。
ウメジさんが洗ってくれたのだろうか?
考えていると言葉がぶり返した。
「帝王を倒さねば、友達は戻ってこぬ」
ウメジの言葉が脳裏に焼き付いている。
車内のアナウンスが流れた。
もうすぐ駅だった。
サクラは立ち上がってドアの方へと歩く。
駅に近いからか電車はスピードを落とした。
ガクガクと音がして車両が揺れる。
突然、ドンと強い音の後に大きく揺れた。
サクラはつり革につかまる。
つり革の冷たさを感じた。
なんだか安心する。
景色は次々に変わっている。
そうして目的地に着く。
※※※
「カン、カン、カン」
アパートの階段が響く。
サクラの住む家が2階にあって、階段を上がらなくてはならない。
金属製の段を踏んで駆け上がる。
自宅の前に立った。
学校指定のカバンから鍵を取り出す。
カチャと鳴ってからドアを開けた。
すぐに振り返って閉める。
「バタン」
部屋は真っ暗だった。
壁のスイッチを押して電気をつける。
片足を上げて靴を脱ぎ始める。
脱いだらもう片方もだった。
中に入る。
部屋の中を見た。
いつも通りか確認する。
正面から右。
壁沿いにキッチンがあり、コンロと流しがある。
通り過ぎてリビングの部屋の真ん中に食卓テーブル。そばに引き出しの家具があって、その上には箱形の携帯ラジオが置かれている。
サクラは窓のカーテンを閉めようとして手を伸ばす。
外は暗がりの中に街の灯りがあった。
いつも見ている光景。
きれいな夜景とは思えないでいた。
サーッとレールを伝わらせてカーテンを閉める。
ラジオのスイッチをひねる。
普段から聴いているラジオ番組が流れた。
ちょうどニュースの時間になっている。
全国で起きた事件や事故を報道していた。
怪物さわぎのことは、何も言っていない。
何もなかったかのよう。
私が見ていたのは何だったのかな。
全て夢だった・・・のか。
ハルも怪物も実はいなかった、のかもしれない。
あんなに楽しかった時間は自分には似合わない。
現実じゃない。
サクラは右の頰をつねった。
痛いような痛くないような感覚がした。
もう一度つねろうとした。
でも止めた。
疲れた。
部屋の中を見渡す。
いつもの場所だ。
何も異常はない。
ふと、食卓テーブルに載せたカバンに目がいく。
照明の下にカバンがあった。
片付けするのを忘れている。
テーブルに寄った。
カバンのファスナーを開けて中に入っている「剣とドラゴン」の本をつかむ。
ふれた時、ハードカバーの本がひんやりと冷たかった。
一瞬の迷いがあったが、外に出そうとした。
「ピンポーン」
玄関のチャイムが鳴った。
目を向ける。
サクラはゆっくりと玄関に歩いていった。
靴を履き、ドアに立つ。
ドアノブをにぎり、回す。
ゆっくりとドアを開けた。
部屋の灯りが外にもれる。
相手の足を照らしていた。
金属製の足にはローラーが付いている。
「定期訪問の日です。ごきげんはいかがですか?」
市の職員である訪問ロボットだった。
機械的音声であいさつされる。
サクラの身長を半分にしたくらいの背丈だった。
短い足で立ち、ピンポン球くらいの大きさのカメラのレンズはクリクリと動かしていた。
ドアのはじっこに立ってロボットを家の中に誘導した。
ロボットは足のローラーを滑らせ、入り口の段差を越える。
サクラはそれを見てからドアを閉めた。
その時、
「バタン」
と音がした。
【続く】
※作者より※
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
この話を書けて本当に感謝です。
サクラの生活感が伝わるような描写を入れました。
日常生活って気になりますよね。
今後の少女サクラの刀剣日記にご期待下さい。
よろしければ☆一つでも頂けると嬉しいです。
感想もお待ちしております。
では。
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