HERO AGE 88 〜八十八歳の現役変身ヒーロー〜

真偽ゆらり

八十八歳変身ヒーローは今も現役!

「また、間に合わんかったのう……」


 怪人が退治され、今まさに爆発四散する瞬間に現場へ到着した老人。彼は御年おんとし八十八歳の現役変身ヒーローである。


「あ! ちょっとちょっとお爺さん。怪人は退治したけど、まだ安全が確認できてないから離れて離れて」


 現役の変身ヒーローであるが、彼の事を知らなければ元気そうな老人でしかない。


「ん? んん!? お、おい馬鹿! そのお方は俺達の大先輩だ、馬鹿!」

「え!? ちょ、マジっすか!? すいませんお爺さん」

「おまっ……馬鹿! お爺さん呼びするんじゃねぇ!」


「ほほほ、構わんよ。助けを求める声に間に合わんようでは『お爺さん』と呼ばれても仕方あるまいて」


「なんで間に合わんかったんす……ですか? 俺達のトレードマークであるバイクに乗って来てないみたいですけど……あ、自身がバイクに変形するタイプのヒーローだったりします?」


「あぁ、バイクはガレージにあるが乗るわけにはいかなくてのう。変形もできんことはないが腰にくるんじゃ、あれ。間に合っても助けられんでは意味がない」


「え? あるなら乗ればいいじゃないっすか」


「免許を返納したから公道を走れんのじゃ」


 御年八十八歳ヒーロー、運転技能に衰えは無いが息子夫妻の要望に抗えず免許を自主返納済みである。


「じゃ、じゃあどうやってここまで?」


「見ての通り自分の足で走ってじゃが?」


 自転車でも止められるので老齢変身ヒーローは自分の足で現場に向かうしかなかったのだ。


「走って!? 息子さんかお孫さんに車とかで乗せてきてもらえばいいじゃないっすか」


「息子は……わしがヒーローを続けるのに反対での。息子は晩婚でな、孫は免許が取れる年ではないんじゃ。もっとも息子が協力的でも、孫が免許を取れる年であっても絶対に乗せて運んでもらうような真似はしないがの」


「どうしてっすか」


「ヒーローがヒーローでない者を巻き込むわけにはいかんじゃろう?」


「おぉ! カッケェっす! 師匠と呼ばせてくださいっす!」


 その時、爆散した怪人の肉片が少し動いた。

 だが、はしゃぐ若き変身ヒーローとはしゃぐ後輩を呆れた目で見る先輩変身ヒーローは気がつかない。


「それは……別に構わんが」


「師匠はどうやって変身するんすか! やっぱベルトに風を浴びてですか? ちなみに先輩はUSBメモリで、俺はメダルです!」


 老齢変身ヒーローは視線を彼らとは別の方向に向けながら質問に答える。


「風を浴びても、メモリやメダルを使っても変身できる。じゃが、今ならコレじゃろ?」


「こ、これは!? 最新式じゃないっすか!」


「当然だ、馬鹿! このお方はな、初代オリジンよりも更に前——試作機プロトタイプと呼ばれる変身ヒーローなんだぞ。俺達がこの変身ベルトで変身して戦えるか試作機の段階でこの方が実際に変身して怪人と戦って確かめている凄い方だ!」


「変身」

『PROTOTYPE HERO ARRIVE』


 老齢の変身ヒーローの掛け声と共に腰元に浮き出たベルトから渋い男の機械音声が流れる。


「「え?」」


 老齢の変身ヒーローは突如変身して、二人を庇うように前へ立った。


 爆発四散し倒したと思われた怪人の肉片が集まり、復活して巨大化していく。


「んな、巨大化怪人だったのか!? おいおい巨大化怪人は五人組ヒーローか魔法少女の嬢ちゃん達の管轄じゃねぇか」

「あそこ、今六人組っすよ。あと魔法少女じゃなくて伝説の戦士っす」

「どっちでもいいわ! どうする、俺達には合体ロボなんてねぇぞ。空飛ぶバイクでどこまで闘えるか……」

「そうだ師匠に相談しましょう先輩! 師匠、ししょ……」


 二人が目を向けた先には歴代の変身ヒーロー達の必殺技を次々と繰り出し、巨大化中の怪人を圧倒する御年八十八歳の変身ヒーローの姿がそこにあった。


「わしが……私が時間を稼ぐ。先の戦いで疲れた君達は、ここを私に任せて巨大怪人を担当するヒーローを連れてきてくれたまえ」


「そ、そんな……師匠!」

「おい、行くぞ」

「先輩……でも、でも!」

「馬鹿野郎、俺達がいたら邪魔になるんだよ」

「え?」


 巨大化が完了した巨大怪人に膝をつかせた老齢変身ヒーローは二人の方を振り返る。


「なに、倒してしまっても構わんのだろう?」


「それ、死亡フラグで縁起でもないっす」


「そうだったのか。ふむ、では私が見せ場を奪ってしまわない内に担当ヒーローを呼んできてもらえるかな?」


「正直、師匠の見せ場が見たいっすけど急いで呼んでくるんでそれまで持ち堪えてください」


 そう言って若いヒーロー二人は愛機のバイクで駆けて行く。


「私の見せ場が見たい……か。嬉しい事を言ってくれるじゃないか」


『OVER DRIVE』

 『LIMIT BLAKE』

  『FORM EXTREME』


 続け様に老齢変身ヒーローのベルトから渋い声の音声が流れ、極彩色の光が迸る。


『THE END』


 走り去るバイクのサイドミラー越しに見ていた若き変身ヒーローには何が起きたか分からなかった。ただ分かるのは妙に声が通る老齢変身ヒーローのベルト音声が耳に届いた瞬間、巨大怪人の土手っ腹に向こう側がよく見える風穴が空いていたことだけ。


 風穴の向こう側に立つ御年八十八歳の老齢変身ヒーローは振り返らずに、ただ佇む。


「いかん、やり過ぎた」


 彼が現役を退くのは、まだまだ先になりそうである。むしろ、彼が引退するよりも死ぬまでヒーローをやっている可能性の方が高い。

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