第7話 因果の変質

『今日は少々、脚を遅らせて学院へ向かった方がよろしいかと』


私が思わず怒りを漏らした翌日、これから学院へ向かおうとしていた私達にキャトルは告げた。


「それはなんで?」


私の代わりにミヤが尋ねる。


尋ねられたキャトルは腕を組み、唸った。


『うーむ、基本的に未来については余程必要かどうでも良いことのみ教えようと決めていますからねぇ』


「それは未来が変わるから?」


それについては以前、キャトルについて頭に焼き付けられた中で聞いた覚えがある。


『そうです。因果というものは存外簡単にねじ曲がってしまいますからな』


やや大袈裟な身振り手振りをしながら口を開くキャトル。


だが、私には分かる。彼はわざとこの話題を振ったのだ。


「けど、なんでわざわざ私達に進言したの?あなたならわざわざ言葉にしなくてもどうとでも出来ただろうし・・・正直、未来にとってどうでもいい事なんでしょ?」


キャトルは口角を上げた。


『私の事、理解出来てきたじゃあありませんか』




キャトルから道中聞いた話ではどうやらギルというBクラスの生徒が”弱い貴族”を探してCクラスを訪れるらしい。


ギルは豪商の次男であり、平民のみが試験を受けているという実態に腹を立てている様だ。


そこで自分より下のクラスの貴族に決闘を申し込み、勝とうとしているとの事。


「・・・卑怯な。決闘は本来フェアであるべきで、下克上してこそなのに」


なんなら私が受けたいと関節を鳴らすミヤの様子を見るとそのうち学院でも脳筋と呼ばれないか不安になってくるが、決して口には出さない。ミヤは意外と繊細なので傷付いてしまうだろう。


「一応聞いておきたいのだけれど、もし私達が遅れて行くとどうなるの?」


楽しみが・・・いや、昨日のようになられても面倒ですし、とキャトルは教えてくれた。


『私達が遅れればあのダリアという生徒が決闘を受け、そして勝つでしょうね』


ん?勝ってしまうのか。


つい負けてしまうものかと思っていたが。


『ただ、彼女の霊神の特性上、卑怯だなんだと言われ後に軋轢を残す形になってしまいます』


「そのダリアって言う人の霊神はどんな霊神なの?」


キャトルは美少女の姿になると不敵に笑いその指を口へ当てた。


『ひ、み、つ、ですよ。何でもかんでも知ってしまえば新しい事を知る楽しみが減ってしまうでしょう?』


なんだか様になっているのが腹立つが、きっとここがキャトルの教えてくれる最終ラインだろう。


私達は楽しげなキャトルの微笑みに一抹の不安を覚えつつ学院へ急いだ。




「・・・むぅ、そこまで言うなら仕方ない。何かあったら絶対に呼んでね姉さん」


分かれたくないとゴネるミヤを説得してクラスの席に着く。


すると、先に来て本を読んでいたダリアさんが話しかけてきた。


「おはよう、朝は早いのね。クレアさん」


「あぁ、うん。おはよう」


窓から差し込む日光がダリアさんの銀髪に透ける。


「ダリアさんの髪、綺麗ね」


「あら、それは口説いているの?」


クツクツと微笑むダリアさん。


何となく打ち解けてきた気もするので気になっていた事を聞いてみた。


「ねぇ、ダリアさんの霊神ってどんな能力を持っているの?」


「・・・正直、人に堂々と言える様な能力ではないけれど、クレアになら教えてもいい気がするわ」


出ておいで、イーノス。とダリアさんが呟くと全身を黒い布で隠した人物が姿を現す。


『お初にお目にかかります。クレア殿』


「えぇ、よろしく。イーノス」


握手を求められたので握手を返した。


「能力は・・・そうね。簡単に言うなれば幻を見せる能力かしら」


「なるほど、では今度はこちらですね・・・」


その時だった。ビシャリと教室の戸が開かれたのは。


戸の奥から現れたのはブラウンの髪を短く刈った青年だ。


彼がギルだろう。


「おいっ!そこのお前ら、貴族か!?」


「えぇ、そうですけれど。なにか?」


ダリアさんが冷静に応えるとギルはまるで錯乱でもしているかの様に吠えた。


「不公平だとは思わないのかっ!」


突然の問いに疑問符を浮かべる私達を無視してギルは言葉を積み上げる。


「聞いたぞっ!お前ら貴族はこの学院に試験無しで入学しているんだってっ!俺達平民は親に無理を強いて必死に勉強してここまで来たってのにっ!」


ギルが壁を殴りつけた。


「お前らは卑怯だっ!卑怯者だっ!AとかBクラスの貴族は俺より上で、努力しているだろうからいいさっ!だがなっ!お前ら俺より下のクラスの貴族は俺よりも努力してないのにこの学院に入ってきた卑怯者達だっ!俺はお前らを絶対に認めないっ!」


『・・・全く、さっきから聞いていれば、その理論は少し短絡的なのでは?』


そう言って彼の肩に手を置いたのはいつもの紳士の姿ではなく、制服姿のキャトルだった。


ぷにっ。


キャトルの人差し指は伸びていて振り返ったギルの頬に刺さる。


キャトルのその行動に腹を立てたのか彼の怒りの矛先はキャトルへと向きを変えた。


・・・何をしているんだか。


「なんだよお前っ!俺は今この学院に相応しく無い奴等にっ・・・」


キャトルの指が自らの口元に添えられる。


自分の口が塞がれた訳でもないのに黙るギル。


遠目から見ている私達にも伝わってくる謎の圧力(プレッシャー)がキャトルにはあった。


『私はそこにおわすクレア嬢の霊神。そしてあなたの頬を突つき倒したい者と名乗りたいのですが、どうにもそのような空気ではなさそうですね』


途端にキャトルの表情がおどける様なものから真面目な顔に変わった。


『さて、先程私の主があなたより努力をしてこなかったと言っていましたがそれを撤回してもらいたい』


「は?」


『確かに試験の有無が不公平である事は否定しませんが、貴族はこの学院の職員が確認した実力によって判断され、当然入学を認められない人もいる。平民に課された試験はそれの代わりなんですよ。それに職員の裁量で決まりますから入学したて、それも2日目に下のクラスだからと努力していないと断ずるのは時期尚早かと思いますが・・・』


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!」


・・・子供か。


私達が呆れの視線を向ける中キャトルは続ける。


『・・・おやおや、その様な否定は見苦しいですよ』


キャトルがため息をつくと何かが弾けた様にギルが叫んだ。


「そこまで言うなら決闘しやがれっ!どうせ口しかきけないんだろ!?コテンパンにしてやるっ!」


真っ赤に染まるギルの表情とは対照的にキャトルの顔は今までに見た事の無い程白く、表情が無かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


主(クレア)とダリア、ギルと共に演習場へ向かう。


私達の後ろには私達の審判をするというユークリフがついてきていた。


歩きながら前方を歩くギルへと目を向ける。


・・・歪んでいるな。いや歪まされたと言うべきか。


こうなっている事は知っていたのだが、目の前で対峙して良く分かった。


彼の因果律は本来より大幅に歪んでいる。


ギル=サトゥルスは元来もっと賢く、理性的な好青年の筈だったのだ。


決して先程の様な愚行を犯す人物では無かった。


そう。”なかった”のである。


そんな彼が変わってしまった原因は1つしかないだろう。


運命の女神とその勇者の召喚。


運命の女神はこの世界に於いて五指に入る程巨大な因果の塊の様な者。


その一挙一投足で因果の弱い者達は変質してしまう。


これは私しか気付き得ない事だが、それによって彼(ギル)の存在は過去ごと変質しているのだ。


変質した彼は本来から変質した過去を過ごしてきた彼。


私が観測してきた理性ある彼はもういない。


俄然怒りが湧く。


私が契約という枷を自ら付けていなければ因果を書き換える事も可能だったが、今は主(クレア)と共にいなければいけない。


全て終わってから修正せねば。


そんな事を考えている内に演習場へ辿り着き、ギルとクレアがスタート位置にて対峙していた。


お互いの距離は5メートル程。


「ねぇ、大丈夫なの?」


クレアが聞いてきた。


ギルの方へ目をやれば彼はウォーミングアップを行っているのが見える。


『えぇ、彼の霊神は拳聖シューレント。能力は強力な身体強化ですがそれならばいくらでもやりようはありますよ』


そう言って私は姿を変えた。


視点がグッと上に上がる。


「分かってたけど・・・そんな姿にもなれたのね」


『驚くのも無理は無いでしょう。この世界には存在しない種族なのですから』


優れた感覚、強い膂力、獣のような柔軟性。


彼等がいる大体の世界では接近戦最強を謳われる事が殆どである種族、獣人。


私は中でも虎の獣人の姿をとった。


身長250センチ体重200キロという超体格を可能とする骨格はクレアの消耗を考え、否が応でも魔術的技術の使用を避け近接戦闘をする必要がある私にうってつけだ。


『私は前衛を努めますからクレアは自分の思うタイミングに土槍や地爆で援護してください』


ふと顔を覗くと顔が強ばっていた。


緊張し、不安を感じているようである。


『安心してください。私はあなたが何時どこにどのような術を放つのか知っています。最高の連携を演じて見せますよ』


お互いの準備が終わったと判断したのかユークリフが仕切り始めた。


「両者、位置につけ」


私とクレアの初陣が始まる。




「・・・開始っ!」


戦いの火蓋が切られると同時にギルと私は駆けた。


だが、筋力はこちらの方が圧倒的。


こちらの方が早く相手を間合いに入れる。


相手はかつて人間の身でありながらユーグに拳で一撃を見舞ったという拳聖シューレントの契約者、こちらのペースに飲み込めなければどんどんとこちらが不利になっていくだろう。


間合いに入れたギルの頭を掴みこちらの速度と重量に任せて相手の体を床に叩きつける。


しかし相手も近接戦に長けた契約者だ。当然こんな程度で気絶する筈も無い。


彼は体を捻り反撃の蹴りを繰り出そうとしてくるが突如彼のいる床が隆起し彼の体を突き上げた。


クレアの土槍である。


良いタイミングだ。


「・・・っ!」


私は飛び上がり、浮き上がった彼に蹴りを入れる。


彼はそれを腕を前に出す事でガードした。


常軌を逸する反応速度だ。


だが手応えはある。


いくら能力によって強化されているとは言え素の体は人間。確実にダメージは入っているだろう。


間髪は入れない。


殴り、蹴り、時に投げてとにかく押す。


こちらのペースに巻き込めていると確信した時、彼が跳んだ。


・・・状況を打破するだけの一撃が来るっ!


「喰らえっ!シューレント・フィストッ!」


ギルの腕が紅く輝き、凄まじいエネルギーが蓄積する。


・・・ここがターニングポイントだ。


これから因果をもっとも良い状態へ持っていくために私が取るべき行動はこの技を受け止めカウンターで返す事。


私は目前に迫った拳を姿を変える事で回避するとすぐ様獣人となり襟を掴むとそのまま引っ張り体勢を崩す。


「・・・なっ!」


そして隙の生まれた首元に手刀を寸止めするとユークリフの声がかかった。


「そこまでっ!勝者、クレア=ルーブ=ミーフゥルッ!」


私が手刀を下げるとギルは機嫌が悪そうながらも帰って行った。


『さて、始業まで後10分。戻りましょうか』


私は皆の後ろを移動しながら、この後またゴネるミヤをなだめなければならないクレアの心労の程を想像し、笑みが隠せなかった。

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