鉄棒とピクニック
六野みさお
第1話 逆上がり
「そうだ、もしこの鉄棒を下から回ったら、どうなるんだろう?」
そうハルヤくんが言ったのが、そもそもの始まりだった。
「さあ〜?」
「どうなるんだろう?」
ほかの子たちはてんでに首をかしげていたけれど、ハルヤくんはにこにこしながら鉄棒を握った。そのまま足で強く地面を蹴り、腕にぐっと力を入れて、ぐるりと一回転した。
「おー!」
「すげえ!」
すると、そこにリサちゃんがてくてくやってきて、こう言った。
「えっ、ハルヤくんったら、今まで『逆上がり』の存在を知らなかったの? 私は幼稚園のころからできるのに」
リサちゃんはハルヤくんを押しのけると、とん、と軽く地面を蹴り、くるりと一回転した。さらに、後ろ向きに何度も、楽しそうにくるくる回った。
それをみんなが見ていたら、先生がやってきた。
「おっ、リサちゃんはもう『逆上がり』ができるんですか? すごいですね。逆上がりはとっても大切な鉄棒の技ですからね」
そうしたら、ハルヤくんが必死にぴょんぴょん飛び跳ね始めた。
「先生、僕もできるんです! 見てください!」
ハルヤくんはリサちゃんの横の鉄棒を使って、また逆上がりをした。さっきよりもちょっときれいに成功した。
それを見て、先生がこう言った。
「みんな逆上がりがやりたくてたまらないみたいですね。ということで、今日の体育はサッカーをする予定でしたが、鉄棒になります。というか今日からしばらくはずっとです」
「やったあ!」
みんな拍手をして喜んだ。
⭐︎
「それなのに、まさかこんなことになるなんて、だれも想像できないだろ……。」
ぼくは肩を落として言った。
ぼくたちは家の近所の公園にいる。二つ置いてある鉄棒の前だ。
「もうどうしようもないよ。発表会は明日なんだから。別に逆上がりなんて、できなくても困らないんだし」
ぼくの横で、チサが鉄棒に寄りかかってため息をついている。
「なんだよ、チサは自分だけできないのが悔しくないのか?」
「みんなができるのがおかしい、っていうのは昨日お兄ちゃんに聞いたことなんだけど……。小学一年生のクラスが、二人以外はみんな逆上がりができるんだからね」
そうなのだ。ぼくとチサの他は、みんなさっさと逆上がりができるようになってしまったのだ。さらに悲しいことに、ぼくたちは明日の参観日で逆上がりを披露しなければならないのだ。
「おかしいな……。ぼくたちはこの3日間、学校が終わったらすぐここに来て、暗くなるまで練習しているのに。普通できるようになりそうなんだけど」
「やめてよ、悲しくなるでしょ……。ねえ、今日は早めに帰らない? でないと、わたしもう鉄棒恐怖症になりそう」
「……テツボウキョウフショウって、ええと、鉄棒を見るだけで吐き気がしてくるってこと?」
「それそれ。体育の時間にそうなったら、もうおしまいでしょ」
「あー、わかる」
鉄棒キョウフショウ(あれ? キョウフショウはどう書くんだっけ……。鉄棒は毎日見てるから漢字を覚えてるんだけど)になるといけないので、ぼくたちは家に帰るため、鉄棒から離れようとした。
と、そのとき。
「おーい!」
どこかから声が聞こえた。ぼくたちが辺りを見回すと、女の子が向こうのブランコに座って手を振っている。女の子といっても、ぼくたちよりかなり背が高そうで、もう中学生になろうかという年に見える。
「え、な、何ですか?」
思わず声が裏返ってしまった。どうしてあの人はぼくに話しかけたのだろう。知らない人に話しかけられると緊張してしまう。
「まあいいから、こっちに来て話さない?」
その人は満面の笑みでそう言った。
⭐︎
「ひゃははは! ありえねーっ!」
と、その人は爆笑している。
「「いや、笑う話じゃないでしょう!」」
ぼくたちは口をそろえて抗議する。
「いや、だって、ほとんど全員逆上がりができる一年生なんて……。どんなハイスペックなのよ。二人の運動神経が悪いわけじゃないんだから。みんなが良すぎるだけ。できなくたってなんにも恥ずかしくないわよ」
そうその人は言った。ちなみに、その人の名前はユヅキで、中学一年生らしい。名前だけは同じ一年生だけど、ぼくたちと違って、自信のある目をしている。
「そうなんですか?」
「そうよ。現に私なんて、いまだに逆上がりはできないんだから。失敗したって気にせずにいればいいのよ。できないからって他の子がいじめてくるわけでもないんでしょう?」
「まあ、そうですけど……」
「じゃあ、腹をくくっちゃいなよ。失敗した後に、何か一発ギャグでもやればいいじゃん」
「うーん……。どうする、チサ?」
「あきらめよう! 逆上がりなんかできなくてもなんにも困らない!」
「よし! 決定!」
そういうわけで、ぼくたちは練習をやめて、家に帰ることにした。
だが。
⭐︎
「もう無理! 鉄棒恐怖症発症した! 帰るっ!」
「いや、今になって言われても……。学校はすぐそこなんだけど……。」
翌朝になっている。ぼくたちは今から自信を持って逆上がりを失敗するつもりだった。それなのに、チサが今になって突然ぐずり始めたのだ。
「昨日ユヅキさんが言ってただろ? 腹をくくって一発ギャグをすればいいんだって」
「そんなのできないっ!」
「ははは……。ってやめろ、ぼくも行きたくなくなるだろ……。」
どうしよう、休んでしまおうか、でも学校を休むのはちょっと……と考えていると、向こうからまた声が聞こえた。
「おーい、君たち!」
ユヅキさんだ。
「やっぱり直前になってやる気をなくしたのか?」
「「正解です……。」」
はあ。せっかく昨日ユヅキさんが元気づけてくれたのに、なんか申し訳ない。
すると、ユヅキさんはこんなことを言い出した。
「じゃあ休んじゃいなよ。私と遊べばいいじゃん」
「「ええっ!?」」
学校を休むだって? まさか……。
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