あなたの米寿のお祝いに

永嶋良一

1.米寿

 散歩から帰ると、妻の幸枝さちえが居間から私に声をかけてきた。居間から韓国語が聞こえてくる。幸枝がテレビで韓国ドラマを見ているのだ。


 「あなた、さっき観音寺かんのんじの和尚さんから電話があってね。来月の法要のことで相談があるので、檀家の代表の皆さんに急ぎ集まってほしいんですって。今日の晩の7時に本堂に来てくれって」


 私は洗面所で手を洗いながら答えた。


 「7時?・・分かったよ」


 「でも、あなた、檀家の会合が終わったら早く帰ってきてね。明日はあなたの米寿の誕生日なのよ。さっき、景子から電話があってね、隆さんと雪乃もお祝いに来てくれるって言うのよ。隆さんと雪乃も来てくれるんだったら、私、これからご馳走を準備しなきゃ・・」


 そう言いながら、幸枝はテレビの前から一向に動こうとしない。私は苦笑した。


 明日で私も88歳か! とうとう私も世間から米寿と呼ばれる年になった。


 幸枝は私よりちょうど20歳若い。今、68だ。私たちが結婚したのは私が44で幸枝が24のときだ。年の差婚だとか言って両家の親戚連中から騒がれたが、この年になると20歳の年の差なんて無いに等しい。


 景子は私たちの一人娘だ。幸枝が26のときの子だから、今年ちょうど42になる。旦那の隆は景子より2歳上。景子が独身のときに勤めていた会社の同僚だった。雪乃は景子と隆の一人娘だ。今年16歳で、高校生になる私の孫だ。


 孫の女の子はかわいいというが、私にとって雪乃は小さい時から天使のような存在だった。まさに眼の中に入れても痛くないというように私は雪乃を溺愛した。そんな雪乃も今年から女子高に通うことになった。私が年を取るはずだ。


 早めに幸枝との二人だけの夕食を済ませて、私は観音寺に出かけた。幸枝は台所で明日の準備をしている。私が玄関を出るときに、台所から幸枝の鼻歌が聞こえていた。


 

 


 

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