スタンドアップ・ボーイズ! フィフスステップ

和泉茉樹

スタンドアップ・ボーイズ! フィフスステップ

     ◆


 その日は真夏日で、ギラギラとした日差しが地面を炙って、地表に近い辺りを揺らめかせていた。

 俺は仕事の休憩時間で、午後の仕事の途中の小休止。

 昼過ぎに俺の悪友にして、ガスステーションのオーナーの息子、ダルグスレーンがコンテナをスタンドアッパーで運んできて今も居座っている。俺の向かいに置いた荷箱に腰掛けて、端末から投射した立体映像で新型のスタンドアッパーのカタログを見て、ああだこうだ言っているところだった。

 俺たちが暮らすハッキン州はやや他とは違い、身近にスタンドアッパーがある。

 この二足歩行のロボットは、大昔に戦争の兵器として開発された。間もなく民生利用も始まり、それは様々な技術の発展を促す事にもなっていた。

 ちなみにハッキン州名物のハッキンゲームは、民間人によるスタンドアッパーの多種目競技大会である。

「ダル!」

 いきなり強い声がぶつけられ、最新鋭のスタンドアッパーが欲しいと漏らしていたダルグスレーンが、残像を残す速度で立ち上がり、直立する。俺も突然の事に腰を浮かしてそちらを見ていた。

 そこにいるのはよく知っている人物だが、何度見ても違和感を覚える。

 背筋をしゃんと伸ばした老婆なのだが、上背がかなりある。顔や手などはシワが目立つのに、発散する気配には他を圧倒する強さがある。頭には紫色の布を巻きつけており、目元はサングラスで隠れている。片手には杖を持っていたが、とても杖が必要には見えない。 

「いつまで油を売っているんだ、ダルよ。仕事はまだ終わっていないよ」

 老婆がスルスルと滑るようにこちらへ向かってくるが、足の運びは危なげないどころか、武術の達人を連想させた。

「ば、婆ちゃん、こんな暑い中でスタンドアッパーに乗り続けたら倒れちまう」

「甘っちょろいことを言うな。共和国戦争のことを話して聞かせたはずだが、忘れたのかい」

 すでに目と鼻の先へやってきた老婆、ダルグスレーンの祖母が杖の先でダルグスレーンの胸を突き、それに追い立てられるようにダルグスレーンは駐機姿勢のスタンドアッパー、パワーウイングⅧ型の方へ行ってしまった。

「邪魔をして悪かったな、オリオン坊や」

 ……二十をいくつも超えた歳で坊やと呼ばれるのは、なかなか笑えない。

「いえ、いつも取引を仲介していただいて、感謝しています」

 俺がそう答えたところで、機関部が始動する音の後、パワーウイングⅧ型が立ち上がった。関節が動く時の音に注意して、整備不良がないかを無意識に確認していた。問題ないようだ。

「祖父殿はご在宅かな」

 ダルグスレーンの祖母は離れていくスタンドアッパーの駆動音に負けない声で言う。

「えーっと、今は整備したスタンドアッパーを納品に行っていて、俺だけです。すみません」

「謝る必要はない。ふと思いついて来たまでだ」

 そういえば、この老婆はどうやってここまで来たのだろう。車が外に止めてあるのだろうか。まぁ、これだけかくしゃくとしていれば運転が危ないなんてことはない。

「お前の祖父殿はいくつになったかな」

 急な質問、予想外の質問に、俺は老婆のサングラスの奥の瞳を見ていた。目が逸らされるようでもない。

「八十、一じゃないですか?」

「その通り」

 満足そうな老婆は、俺の好奇心を強く刺激した。

 祖父のキャンサー・シュミットの誕生日は半年ほど先で、年齢に何の意味があるんだろう。祖父はこの老婆と古い馴染みのはずだから、俺の知らない何かがあるのか。

 待たせてもらうとしようと老婆がさっきまでダルグスレーンが腰掛けていた小さな荷箱に腰を落ち着ける。

「コーヒーでも出しますよ。砂糖とミルクはどうしますか」

「気遣いは無用だよ、オリオン坊や」

「無礼をすると祖父に叱られますから」

 そうして俺はこの老婆にインスタントコーヒーを提供したのだが、それから老婆が急に語り出し、俺は時間を忘れることになる。


      ◆


 キャンサー・シュミットと私が会ったのは、六十三年前のこと。

 当時、この国、オルタミス共和国は、隣国のヴァルバロッサ十字教国と紛争の最中だった。

 それはそれぞれの国だけの揉め事ではなく、国際的な、複雑怪奇な闘争と化していた。戦場で銃弾が飛び交うこともあれば、経済の駆け引きがあり、また政治の駆け引きもあったのさ。

 当時、私は強化外骨格を駆使して戦う新機甲部隊に所属していた。

 まぁ、いろいろなことがあった。もちろん、敵を倒したし、当然、味方も倒れた。

 いつ終わるとも知れない戦闘は、少しずつ心を削っていった。

 ある時、どこからともなく新兵器が投入されるという噂が流れてきた。でもまさか自分たちがそれを最初に運用する隊になるとはつゆとも知らなかった。

 いきなり教導隊の連中がやってきて、私たちを一時的に戦場から遠ざけた。

 で、スタンドアッパーと対面だ。平城国が試験的に作った、タイタン〇式。

 私は最初、懐疑的だった。しかし使い始めてすぐに、これはとんでも無いことだとわかった。

 後は夢中だったね。

 そのタイタン〇式の運用には、見込みのある整備士連中も同行していた。そのうちの一人がキャンサーだ。奴もまだ若かった。階級もそこまでじゃなかったが、目をかけられていたんだろう。

 あの時、私たちはまったく戦争ということを忘れていた。新しいおもちゃを買ってもらった子どものように、こうしたらいい、それじゃダメだからこうしよう、こういう工夫はできないか、これは省いてもいいのでは、そんなことを朝昼晩、ずっと議論し、実践し、失敗を繰り返した。

 そんな私たちの中に、タイタン〇式に最初から関わっている中年男が混ざっていてね、平城国の人間で、言葉は比較的流暢なんだけど、それほど喋ろうとしない、不思議な男だった。

 でもキャンサーはその男に張り付いていることが多かったかな。知識では群を抜いていたし、何を聞いても即座に、明快に、詳細に答えられるほど、スタンドアッパーのことを知り尽くしていた。

 そうして訓練が終わり、三機のタイタン〇式が実戦投入された。

 結果は素晴らしいものだったが、私は喜びよりも恐怖が勝った。

 それくらいの圧勝だった。

 この兵器があれば、敵を蹂躙できると証明してしまった。

 では逆に、敵が同様の兵器を持てば私たちはどうなるのか。

 答えは決まっている。蹂躙されるだろう。

 この時にきっと、上層部はこの紛争の早期解決が絶対に必要だと理解したはずだ。

 どこかで妥協し、終わらせなければ、死と殺戮が繰り返され、後には何も残らない。

 私たち兵士も、その現実に気づいていた。

 ある時、私の乗っていたタイタン〇式に故障が起きて、本隊の進軍に遅れる事態になった。オルタミス共和国軍は大攻勢をかけていてね、間が悪かった。

 そこへ整備部隊がやってきて、例の平城国の男もいた。

 私が休んでいるところへ、その男が急に近づいてきて、言ったものさ。

「さっさと終わればいいと思うんだが」

 当たり前のことを言うものだ、と思ったよ。滅多に口を開かないのに、口を開けばその程度のことしか言えないのか。ちょっと頭に来たね。

 言い返してやろうとした時、奴は静かに言った。

「私たちの国では、年齢の節目を祝うことがある。九十九歳や八十八歳、六十歳などだ」

 本気で苛立っていた私は、「それで?」と冷ややかな言葉を向けた。

 でも男はまるで人形がしゃべるように、感情の抜け落ちた言葉を返したんだ。

「自分が九十九歳や、八十八歳まで生き延びるとは、とても思えないな」

 どうやら感情こそ感じられないが、この男なりのジョークだとは気づいた。

 不愉快だったけどね。

「整備部隊でも死ぬのが怖いかい?」

 私はどうしてか、そんなことを訊ねていた。男は俯かせてた顔を不意に上げると、私をまっすぐに見た。意外に強い眼差しだったよ。

「いや、それは許されないだろう。私は兵器を作り、整備している。それは敵兵を殺しているのと同義だ。だから、死は常に覚悟している」

 その言葉の後、まさにキャンサーが整備が終わったことを告げに来た。

「なぁ、あんた」

 私は操縦服を着直しながら、平城国の男に言ったのさ。

「この戦争が終わって生き延びたら、ここにいる全員で、まず六十を祝うとしよう。一人ずつだ。誰かが六十になる度に集まるのさ。それで思い出話や不幸自慢を交換する。どうだい、悪くないだろう?」

 不意に男は表情を緩めて「悪くないな」と答えた。

 タイタン〇式は完璧に駆動し、戦場へひた駆けた。

 あの時ほど、心が高揚した時はないね。


     ◆


 トレーラーのエンジン音が聞こえ、そこで老婆の話は終わった。

「それで」

 俺は思わず質問していた。

「六十歳になって、その、パーティみたいなことをやったんですか?」

「もちろん」

 老婆の口元に強気な笑みが浮かぶ。

 それに俺はホッとしていた。

 きっと、参加できなかったものもいるだろうけど、それは仕方のないことだ。

 人には寿命があるし、不運もある。

 平城国の整備士の男が気になった。今も生きているのだろうか。それとも……。

 外から祖父がやってきて、老婆に気づくとちょっとだけ笑みを浮かべた。しかしすぐに険しい顔つきになり、俺を睨みつけてくる。

「何をしている、オリオン。まだ仕事は残っているだろう」

 そうだった。

 俺は慌てて立ち上がり、任されている仕事、自動車の修理に取り掛かるべくその場を離れた。

 背後で祖父と老婆が話している。

「また例の会合の時期か。早いもんだな」

 これは祖父の言葉。すぐに老婆が答える。

「長生きもするものだわね、キャンサー」

「あんたはいくつになっても変わらないな。本当に八十八か?」

 危うく俺は振り向きそうになった。

 老婆が小さく笑うのを背中で聞く。

「女性に歳を聞くなんて、失礼という概念を忘れているのかい?」

「いつまでも若くて感心するよ」

「そう言うあなたもね」

 あとは俺は仕事に集中することにしたので、二人の老人の間でどんなやり取りがあったかは知らない。

 一つだけ言えることがあるとすれば、老人とは謎である、ということか。



(了)

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