ふたり
晴れ時々雨
🪐
二人きりになれるとこに行こうよ。
正確な判断力を失わせるように激しく点滅を繰り返すライトが彼の顔を断続的に浮かび上がらせる。さっき初めて会った人だったが、それもいいなと思った。とにかく神経に障る照明から逃れるためにその建物から出たかった。彼は私の手を引いた。
酔ってはいるけど誰かに介抱してもらう程ではないのに。先に立って歩く彼の方が、もしかしたら介助が必要なのかもしれない。亡くなった祖母を思い出した。
深夜、祖母の徘徊癖が出ないように疲れさせる目的で散歩に連れ出したとき、はぐれないように繋いだ私の手を祖母は先に立って引っぱった。頭の養分が足腰に滞ったままの祖母は健脚で、早番帰りの私が引きずられる形になるのを「あんたは犬みたいだね」と言ったが祖母の方がよっぽど散歩に飢えた飼い犬のようだった。
今の状況では、杖がわりで人の手に繋がるというより、飢えているかどうかなのかもしれない。
私はやけに乾いていた。彼は飢えている。おかしい。渇くことは飢えることと同じなはずじゃないか?
「やっと二人きりになれたね」
喉の渇いた犬の想像をしているうちに、私と彼はいつの間にか静かな飲食店の一席に落ち着いていた。そこは水中のように鼓膜を圧迫し、宇宙のように一定の明かりを灯していた。私は緑色のお酒が飲みたくなった。
宇宙に浮かぶ地球の海水中というフラクタルを感じると無重力になった。目の裏はまだ点滅を繰り返している。忘れられないんだ。あそこには飢えと渇きがあり、犬と犬のような人間がいる。時間がたつと音が消え、光は遠くなり、真空の中は自分の呼吸音だけが聴こえている。
ふたりになるんだったっけ。
距離のわからない空間を凝視し続けて起きた錯視によって、隣に居たはずのもう一人が消える。
決してひとつにはならない、一人の人間がふたりいる世界。
ふたり 晴れ時々雨 @rio11ruiagent
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