KAC20225戦闘人形の八十八年

@WA3bon

第1話 八十八歳

 カロン。

 ベルが鳴る。入り口に取り付けた来客を知らせるモノだ。

 俺の店であるネロ人形工房には、とにかく客が来ない。だから今回もどうせ、と無視していたのだが……。

「店主よ。人形の修理を頼みたいのだが」

「うぉっと! お、お客さんか?」

 客が来て面食らってしまうとは。我ながら情けなくて笑い話にもならない。


 客はおそらく女性だ。頭からすっぽりとマントを被って判然としないが。

「で? 修理したい人形ってのはどれだい?」

 ここバンボラの街は人形の街である。各地から人形師が集い工房が軒を連ねる。

「うむ。その前に、店主の技前を知りたい」

 まぁ当然の要求だ。腕が悪ければいくらでも他を当たるべきである。


「マスターの技術を知りたければ私をご覧ください」

 不意に鈴を転がすような声が割って入ってきた。

 エプロンドレスの小さな女の子。ノワールである。

 今日は奥の倉庫を掃除しているはずだったが、来客を聞き付けたのだろう。

「なんだ? 店員の接客など……いや。お主、人形か!」

 ノワールはどこから見てもただの美少女である。が、俺の手による人形だ。

「これはこれは! 素晴らしいぞ店主!」

 マントの客は無遠慮にノワールをあらゆる角度から観察する。

「よしよし! では、此方の方は如何かな?」


「っ!」

 客のハイなテンションを半眼で眺めていたが、瞬間的に危険を察知する。魔力が一気に高まっているではないか。

「マスター! 待避を!」

 俺より先にノワールが動く。俺を小脇に抱えると、ガラスをぶち破って店外へと逃れた。

 同時に、衝撃と腹底に響く轟音。爆発した。俺の工房が見るも無惨に。


「本当に素晴らしいな。不意をついたつもりだったんだが?」

 パキパキと割れたガラス片を踏み潰しながら、マントの女は工房から出てくる。

「てめぇ、何のつもりだ!」

「いや、品定めをしろといったのはそちらの人形であろう?」

 悪びれる様子がまったくない。どころか自信満々に言い放つ。

 何だか俺のほうが間違ってるような気がしてきたぞ……。何だあの貫禄は?

「いいでしょう。それではじっくりと御覧ください」

「まてノワール! こいつはヤバい!」

 無表情だからわかりにくいが、ノワールも腹に据えかねたらしい。俺の制止も聞かずに飛びかかっていく。


 人形は人間よりも強い。遥かに強い。人間には肉体を強化する魔術は存在するが、それを持ってしてもなお人形には及ぶべくもない。

 ノワールも当然、相当なパワーを誇る。一度ホウキを投げつけられたことがあるが、壁に突き刺さるほどの威力があった。

「かはっ……」

 そんな人智を超えた速度の突進──のはずが、マントの女は半歩下がっただけでかわしてみせた。のみならず、ノワールの腹にカウンターで膝蹴りを見舞っているではないか。

「下がれノワール!」

 今度は指示に従ってくれた。女の前から一足飛びでこちらへ戻ってくる。


「お前、人形……か?」

 今の立合いで女のマントがずり落ちた。

 深い緑色の髪の美女。しかし顔の半分は人形のパーツで構成されている。身体もまた、左半身だけゴツい人形の手足だ。

「おっと。申し遅れたかな? 我はベルデ。稼働八十八年目の、戦闘人形である」

「は……?」

 戦闘人形? いや、八十八年といったか? それが本当なら危険極まりない。

「こう稼働し続けていると故障も絶えなくてな。故に修理できる人形師を探していたのだ」

 確かによく見るとそこかしこに細かい損傷が見て取れる。まさか本当に八十八年も動いてるってのか?


「つまり八十八歳のおばあちゃんなんですね。恐るるに足らずです」

「バカ! そうじゃねぇ!」

 しかしノワールは完全に闘志に火がついているようだ。退く様子を全く見せず再度女、ベルデに襲いかかってしまった。

 自動人形は基本的には学習能力が高い。ノワールは特にそうだ。

 まぁ俺がそう設計したからなんだが、目の前の事象を処理して即座に改善していく。

 先ほどの一直線の動きとはまるで違う。左右へのフェイントを交えて巧みに接近する。

「ほぅ。やるではないか」

 しかしノワールが放つ嵐のような拳や蹴りはベルデを捉えることはない。カスリもしない。すべて紙一重で見切られている。

「くっ! おばあちゃんなのに!」

「ははっ。おばあちゃんなればこそ、だ!」

 ドガッ! ものすごい音が鳴り響いた。ベルデの細い右腕がノワールの顎を撃ち抜いたのだ。


「あぁ! くそ!」

 もう見ていられない。転がっていた鉄骨を拾うと強化魔術を施して地を蹴る。

「おっと、今度は店主が相手をしてくれるのか?」

 不意をついた。はずだったがベルデは振りかぶった鉄骨を余裕で回避する。

「ふっ!」

 人形相手だ。真っ向からやってどうにかなるとは端っから思ってない。鉄骨の振り下ろしを途中で止めて突きへと派生させる。ベルデはのけぞってかわすが、体勢が崩れた。すかさず足を払い転倒させる。

 追撃はしない。昏倒したノワールを小脇に抱えると、あらん限りの脚力で後退する。

 

「ふふふっ。そうかそうか。今のはシュバリエ流、だったかな? それも相当な手練れだな店主?」

 突きがかすめたのだろう。頬の切り傷を擦りながら、ベルデがゆっくりと起き上がる。

 相当に距離は稼げた。しかし逃げるにはまだたりない。あちらがその気ならあっという間に捕まっちまう。

「うぅ……な、なんで? わたしは当たらなかったのに?」

 腕の中でノワールが意識を取り戻す。よかった。相当にダメージはデカイようだが大事はないようだ。

「経験の差ってやつだよ。一応俺も剣術は十年くらい修行したんだ」

 ノワールの身体機能は俺なんか全然及ばない。だが喧嘩をすれば勝つ自信はある。

「お前は稼働してから一年も経ってない。アレに敵わないのは当たり前なんだよ」

 そもそも戦闘用ですらないのだから勝つ必要もないのだが。


「そうだ! 我の八十八年は闘争の歴史よ! この実戦経験の前にはあらゆる人形が、いや人間すらもひれ伏す他ない!」

 本格的に危険信号が灯ってきた。本当に八十八年もの実戦データがあるのならば文字通り無敵ではないか。

 なにより、奴の瞳だ。無機質な人形の眼ではあるのだが、人形師である俺にはそこに宿る色がわかる。あれは狂気だ。戦闘行為そのものに取り憑かれている。

「いいでしょう。今一度このノワールがお相手します」

 そんな戦闘狂に、ノワールは三度対峙しようとする。フラフラで足元がおぼつかないというのに。

「なんでお前までそんなにやる気になってんだよ……俺は逃げたいんだが?」

 問いながらも答えはわかっている。店を壊されてご立腹なのだろう。

 そう、思っていた。しかし。


「おばあちゃんはお客様なんです。さっさとマスターの技術を認めさせて修理しないといけません」

 驚いたことにノワールはまだベルデのことを客だと認識しているようだ。

 決して店を壊したことに憤慨しているわけではない。

 人形ゆえの融通の効かなさ、とも言えるだろう。だが俺にはそれが彼女なりの強いこだわりに思える。言い換えるなら成長というやつだ。親の欲目かもしれないが。

「分かった。こっからは本気でやってやろうじゃねぇか」


「芸のない。些か飽いたぞ」

 ノワールの三度目の突撃。動きはかなり悪い。顎を打たれたことで平衡バランサーが狂っているのだろう。が、それでもベルデの動きをよく捕捉している。

「若者の柔軟さを舐めちゃダメです!」

 伊達にここまでボコボコにされたわけではない。その都度学習しているのだ。

「ふん。児戯に等しいな!」

 だが圧倒的な実戦データを持つベルデには通用しない。ついに大きな左腕がノワールの華奢な腰をガッチリとはさみ上げる。

「期待はしたのだがな。この程度──」

「止まりました! 今ですマスター!」


「よしきた」

 俺もノワールも確かに八十八年も稼働し続けるベルデに経験では敵わない。

 だが、俺は人形師なのだ。そしてベルデは俺に技術を見せろと言った。だったら存分に拝めばいい!

「ハッキング!」

「ぐっ! 動けぬだと!」

 自動人形には魔力で稼働するコアが搭載されている。そして安全装置としてその停止コードが存在するのだ。もちろんそんなものは人形を作った本人にしかわからない。

「本来ならな! だが生憎と俺は天才なんでね!」

 店を爆破してくれたときの魔力の波動。それを拾って、今ようやくベルデのコアにアクセスすることができた。もうあの戦闘人形は身じろぎ一つできないはずだ。


「分かってくれたか? 俺の技術ってやつをさ」

「あぁ。文句などあろうはずもない。修理を頼む」

 激闘を経て分かり合う。なんかどっかで見たような図だが、とにかく丸く収まってよかった。店のこととか色々と事後が大変そうだが……

「待ってください。修理の前にですね──」

 するりと左腕から抜け出したノワールは、そのまま跳躍した。

「げぶっ!」

 かと思うと、ベルデの顔面に落下の勢いをつけた強烈なケリを見舞ったではないか。

「お店を壊したケジメはつけてもらいます」

 やっぱり怒ってたんだな……。今後は俺もあまり店を散らかさないように肝に銘じておこう。


「マスター。そこまだ汚れてます」

「はいはい」

 後日。なんとか修繕が済んだ店で俺は掃除に勤しんでいた。ノワールを起こらせると怖いからだ。それはいい。俺がいいたいのは……。

「店主よ此方もまだ掃除が足りぬぞ?」

「なんでテメェはまだいやがんだよ!」

 ベルデが居着いてしまったことだ。修理なんてもうとっくに終わってる。左右非対称だった手足や顔も、天才人形師の手ですっかりキレイに整えられている。

「仕方があるまい? 修理費を持ち合わせておらんのだ。働いて身体で返す他ない」

 だったら働けといいたいがぐっと堪える。


「おばあちゃん、お茶が入りました」

「うむ。愛い奴だな。まるで娘、いや孫ができたようだ」

 何故かノワールがなついているからだ。

「マスター、手が止まってます」

「甲斐性のない店主じゃな」

 しばらくは降って湧いた姑のシゴキに絶えねばならないようだ……。俺の胃も誰か修理して欲しい……。

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