略奪人生 〜俺が美少女になってしまった〜

おんせんたまご

終了人生

人生には、意図しない転換点ってのがあると思う。


例えば、何も考えずふとした瞬間にやってしまったことで、その後の人生が180度変わっちまうとか。劇的な話に思えるかもしれないし、俺もそんな漫画みたいなことが自分の身に起こるはずも無いと思っていた。


今思えば、あれは間違いなく人生の転換点だ。いや、転換点どころの話ではない。「俺」の人生そのものを終わらせてしまったのだ。


後悔していない訳では無い。むしろ悔やんでも悔やみきれないほどだ。あのまま何事も無く高校生活を送れていたら、きっと順風満帆な人生が待っていたのだろう。


でもこれで良かったんだ。これがきっと、正しい選択だったはずだ。俺がたくさんのことを諦めた代わりに、これから「俺」は、新たな人生を歩んで行ける。そうは思うものの、やはり今でも考えずにはいられない。


「もしあの時、路地に入っていかなければ」と。


――



真夏の日差しが、全身に焼印をつけてくる。周りには民家と田んぼしかないが、蝉の大合唱は都会の喧騒よりも喧しいように感じた。


俺、草薙奏馬(くさなぎそうま)は、父の仕事の関係で、昨日、十数年ぶりに生まれ故郷である水神村(すいじんむら)に引っ越してきたのだった。


生まれ故郷、と言ってもここに住んでいた記憶はほぼ無い。生まれてすぐに東京に移り、田舎とは無縁の生活を送っていたからだ。それでもこの村の空気からは、いささかの懐かしさが漂ってくる。


都会っ子にとって、この水神村は現実離れした未知の空間だ。新学期から通う予定の高校は1学年1クラスしかないし、村を歩いていても老人の割合が高いことが分かる。目に映るもの全てが新鮮で、俺は好奇心に駆られ、夢中で村中を探索している。もちろん、住人の人への挨拶も忘れない。


「こんにちは!」


俺は精一杯の対人スマイルで元気よく挨拶した。


「こんにちは、奏馬くん。今日も村探検かい?あんまり遠くへは行かないようにね」


ゆったりとした口調でそう返してくれたのは、村で1番大きな神社の神主である神宮寺さん。村のお祭りの時とかもリーダーとして活躍しているらしく、村の皆に頼られているおばあさんだ。


そして神宮寺さんには俺と同い年のお孫さんがいるらしい。まだ会ったことはないが、初対面の人と仲良くなる早さには自信があるので、今度会ったら話しかけてみよう。


そんな感じで、あの日俺は呑気にも、新たにはじまる生活に期待を膨らませていたのだ。




荒れた道をしばらく進むと、村の北東部に位置する鏡池(かがみいけ)が見えてきた。風のない日は水面が鏡のように美しいのでこの名前がついたと、父が言っていたような気がする。確かにそのような名前が着くのも納得できるほど、神秘的な池だ。


水面に映る夕日をバックに愛のプロポーズ……などというくだらない妄想をしていると、奥に細い路地があることに気づいた。近づいてみると、人一人通るのがやっとの幅だ。


「すんげー狭い道だ」


目を凝らすと、奥に小さな祠のようなものが佇んでいるのが、微かに確認できる。苔に覆われたその姿から古さがうかがえる。


「なんだ、あれ。随分傾いてんな」


ちょっと直してやろう、と思った。本当にそれだけだった。確かに都会ではなかなか見られないものへの好奇心にひかれたのもあった。けれども俺がこの路地に入るという判断は、運命的なものに導かれたとかそういうのではでは無かったはずだ。


俺はカニ歩きになってその路地を通り抜けた。目の前の祠は想像より小さい。何か文字が書かれているようだが、苔で読むことはできない。


俺は腕に力を込め、傾いている石を地面に直角な状態に戻した。石はあっさりと動く。俺は何となく良いことをしたような気になった。少し晴れ晴れした気分で、来た道を引き返そうとした、その時だった。「俺」の人生が、終わってしまったのは。


気がつくと、黒い手のようなモヤが腕に、首に、胴に、足に……全身に巻きついていた。俺は咄嗟に手足をばたつかせるがモヤは消えることなく俺の全身を包もうとする。


……ヤットミツケタ。カエセ。ソレハ、オレノモノダ。


見上げるとそこには人がいた。明らかに敵意のこもった視線。そこに僅かばかりの憐れみと悔恨の情が混じっていたことなど、当時の俺が気づくはずもなかった。俺は叫ぼうとするが、口を塞がれてくぐもった声しか出ない。


ああ、俺、死ぬのか。曖昧になっていく意識の中で、“死”だけがリアルなものとして脳に浮かぶ。俺は死ぬ。死んでしまう。痛みすら感じない。恐怖を覚える暇すらも無い。


走馬灯は見えなかった。意識は蟻地獄に吸い込まれるように消えてゆく。後悔と、絶望だけが、俺の心に残った。

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