第4話 悪魔の頭
「……さて、本日は何人集まりましたか」
獄のとある深層にて集結する面々。威圧に満ちたその空間に、一つ縛られた影が顔を覗かせた。
「遅かったな」
「申し訳ありません、ベリアルの処理は失敗に終わりました」
膝をつき、頭を下げるフルーレティ。己が仕える三代支配者が1人、ベルゼブルの不機嫌な脚を視界に置いた。
「いや、情報が混乱してたんだ。今回は構わない」
「はい。ところでアガリアレプトは……おや、こちらは成功ですか」
眼前にて、鎖に束縛されたアガリアレプトが地にあぐらをかいて佇んでいた。真剣な眼を向けて、口を一文字に結んでいる。
「アガリアレプトはずっとこの調子だ。全く口を開いてくれねえ」
ベルゼブルはアガリアレプトの前にしゃがみ込み、顔を合わせた。その視線は互いに逸らすことなく、前を見るばかりだ。
「ねぇアガりん、さっさと吐いた方が賢明だよー?」
声が響いたのは、アガリアレプトの右側から。6柱の将軍兼司令官のうち1人、サタナキアだった。
「ウチとしてはおんなじ職務だしぃ、アガりんが解放されないとウチ1人で仕事する事になんだよねー」
不気味な笑みだなあと、ふと思うのだ。その顔は、罪人となる可能性を秘めた同僚に向ける顔ではないだろうと思いつつも、これが彼女の本質だと知っていた故に何も言えなかった。
「全くだ。上官にこのような事を言うのは些か不満だが、潔く全てを吐いて頂かないと仕事が進まない」
長髪を靡かせ、左側から言葉を飛ばしたのはルキフグだった。故に、6柱のうち4人がこの場にいるという。
「なぁ、アガリアレプト。俺もルシファー呼ぶなんて面倒な事ぁしたくねえんだ。さっさと言え」
ベルゼブルは、見合わせた正面に尋問する。アガリアレプトはその声に、ようやく言葉を溢した。
「全てが終わったら、隠す事なく話す。だから今だけは、どうか解放してくれないか」
「なにそれ、アガりんふざけてんの?今のキミは罪人だよ」
依然笑いを溶かさない様子で、いつものテンションと変わらないサタナキアはアガリアレプトの頬を小突いた。
「本当に、貴方には問いたいことが山のようにあります。どうか全てを吐いてください」
尋問に参加し、アガリアレプトに求める。彼は、大きく深呼吸をしてベルゼブルの目をもう一度見つめた。
「……分かった。全部話せば解放してくれるんだな」
「全部、細部までしっかりと話してくれたらな」
「ただし、聞いたことは口外しないで欲しい。ネビロスやサルガタナス、ルシファー様やアスタロト様にも」
アガリアレプトの言葉ののち、ベルゼブルはアガリアレプトから距離を置いて最後の壁にもたれかかり腕を組んだ。
そして、今この場に集まる4人が、アガリアレプトの言葉を真剣に聞く体制を取った。
「……俺はここ最近、ボティスと連絡がつかない事に気付いた。普段は部下のプライベートに割り込むようなことはしないが……流石に心配だったんだ。だから、能力でボティスの行方を追った」
アガリアレプトの能力は、ありとあらゆる謎を解明する。そのため、行方知らずのボティスについて調べることは容易い。
「そしたらボティスのやつ、DRに居たんだよ」
「DR……?ボティスの奴、人間の味方に付いたのか」
「いや……違う。縛られてたんだよ、DRの実験施設に」
「なっ……⁉︎」
アガリアレプトの眼は、悲しみに濡れていた。主人であるルシファーの派遣命令にブエルを使ったのは、ボティスが拘束れていたからだという。
「だから、俺はDRまで乗り込んだ。そしたら、そこのトップが言ったんだよ……『お前が6柱を壊滅させろ。そうすればボティスは解放する』って」
「んだそれ、ふざけやがって」
「ってことはー、アガりんは私らバラバラにさせよーとしてたわけ?だからベリアルの情報不確定のままにしてバアルを派遣したってことでしょ」
サタナキアの無慈悲な声。1番アガリアレプトと付き合いが長い立場として、疑り深く真偽を見極めたいのだろう。
「違う‼︎俺がボティスの件にのめり込み、職を疎かにしただけだ‼︎」
「ふぅん、でもなんで私らを頼らなかったわけ?6柱が人間なんかに負けるわけないのに。それに、人質ってことはそんなすぐにボティスちゃん殺したりしないでしょ」
確かに幾ら悪魔に対抗する為作られた組織といえども、その実力が6柱に匹敵するとは到底思えない。それがボティス救出には、1番手っ取り早い筈なのだが。
「いや、俺以外の6柱が不審な動きをDRに向ければ、アイツらはすぐに殺す。あのボティスが易々と捕まると思うか……?」
彼の言葉に、声を飲む。確かにボティスは、戦闘に特化した種だ。故に、人間が相手となれば必ず優位は此方にあるはずである。
「代わりがいつでも捕まえれるほどDRが強いということか」
ルキフグが口を開く。それに合わせるよう、ずっと黙り込んでいたベルゼブルがゆっくりと歩き出して、指を鳴らした。
その音に反応するように、アガリアレプトを繋いでいた鎖が燃えて尽きる。解放されたアガリアレプトはがくりとバランスを崩して膝をついた。
「アガリアレプト、サタナキア、ルキフグ、フルーレティ。行くぞ」
「ベルゼブル様、どちらへ」
「決まってんだろ、DR本部だ。アガリアレプト、てめえに命令した奴の顔覚えてんだろ」
怒りを絵に描いたようなその顔は、振り向き様に尋常でない威圧を振りまく。6柱は、その顔のみで恐怖を覚えた。
「はっ……はい、しっかりと覚えていますが……」
「よし、そいつ殺してボティス連れ戻すぞ」
「久々だねー、これガチのベル様だよ」
「おはよー、お疲れさうわぁ⁉︎なにこれ⁉︎」
「あ……山藁さん、お、おはようございます……」
眼前には、壁一枚がくり抜かれた3課の姿が映っているのだろう。こんな反応をするのは、当然だ。
「おぉい、こいつぁどういう事だよトウヤ……」
「隊長ぉ……」
昨夜の騒動から一夜明け、浦矢はすっかりと目を覚ました。あの光景を一時的とはいえ目にしていた彼女は、なんかすごいテンションが高かった。
「隊長、ほんと凄かったんですよ‼︎急にでっかい蜘蛛?の悪魔が出てきて、それで……」
「わかった。だが浦矢、今はそれどころじゃない」
とりあえず、またもや拘束されたベリアルに向かい合い、屈んだ隊長は話しかけた。
「これ、お前がやったのか?」
「オレ様は何にもしてねえ。寧ろバアルを追っ払ったんだ、感謝しやがれ」
「わかった。とりあえずお前は本部まで連れてくからな」
「ふざけんな讃えろ」
毎度お馴染みの意味不明すぎる噛み合わない会話を傍観しつつ、心配そうに話しかけてきた山藁さんに会釈してベリアルを見下ろした。
「……あの、隊長」
「どうした浦矢」
「私、昨日ベリアルに助けられたんです。なんか知らないうちに上から落ちてたみたいで……全然見た事ない姿だったんですけど、声はベリアルでした」
どうやら浦矢は、ベリアルを擁護しようとしているらしい。こちら側としては、こんな奴今すぐに連行していただきたいのだが
「浦矢、確かにそういうのは大切だ。だが、コイツは既に全科持ちの悪魔なんだよ」
「でも……‼︎」
「悪いが、これがDRの仕事なんだよ」
「だったら……だったら、ベリアルが3課に入ればいいじゃないですか‼︎」
唐突に、彼女の口から発せられた暴論。当然この言葉に納得できる人物は1人も居ない。
「あんなに強いんですし、暴れてる悪魔を止めて平和に尽くして、罪を償えばいいじゃないですか‼︎今ならまだ間に合います……‼︎」
「貧……女、てめえ……」
「しかし、こんな危険な存在を近くに置いておくことがまず難しいだろう」
当然、いつ暴走するか分からないこんな生物をこの狭い3課で飼おうなんて無理がある。当然のように却下を強いられるだろう。
「確かに3課には戦闘特化の隊員が居ない。それが可能なら願ったり叶ったりなんだが、悪魔だぞ」
「わっ……私がお世話します‼︎毎日散歩にも連れてくし、餌もちゃんとあげるので……どうかお願いします‼︎」
なんか、普通に犬とかと同等に見られている。真下でベリアルが怒り立てているのが簡単に想像できて、当然のように不満の声が響いていた。
「……なぁ、ベリアル。お前はどうしたい?」
「ちょ……隊長、正気っすか⁉︎」
「昨晩コイツは本気になったんだろ、それでもお前らが生きてるってことは人間に危害を加えないって事だからな」
浦矢の暴論に押し負かされたらしい隊長は、ベリアルに言葉を投げかける。しかし、隊長の判断に反抗するということは立場上出来ないのだ。
頼むぞベリアル、お前なら群れる事を嫌うはずだ。是非とも断ってくれ。
「オレ様はここのが何かと居心地いいぜ。二度と縛らねえってんなら乗ってやる」
「ふざけんなよもぉぉぉぉぉ‼︎」
「おぉ……前代未聞の部署が出来上がりますね‼︎僕の研究も捗りそうだ‼︎」
なんと、これに反対しているのは自分だけらしい。
どうやらこれからもベリアルの操り人形として働かなければならないのだろうか。
というか、これって組織に対する反逆的なものにならないのだろうか。
「よーし、じゃあまず約束をしっかり決めないとね!」
「あ?オレ様を縛んなつったじゃねえか」
こんなたわいもない会話の中途に、部署内にとある放送が響いた。
『本部より伝達‼︎現在DR本部にて悪魔の襲撃が発生しており、各支部の戦闘員は早急に駆けつけ——』
「緊急回線……⁉︎」
山藁さんが驚いた顔を見せ、放送の流れるスピーカーを見つめる。青空とビル群をしっかりと写す穴の空いた3課に、大きな電子音が流れて途絶える。
「おいおい、まさかこんな早くに初仕事だ。ベリアル、大丈夫か?」
「悪魔の襲撃ぃ……?美味そうな匂いがするぜぇ‼︎」
アガリアレプト以外の6柱が下手に動けば、ボティスはすぐに処刑される。故にベルゼブル含む6柱の4人は、仕える能力の全てを集結させた。
まず、シャックスの能力で本部内の人間全ての視覚と聴覚を奪う。そして、グレムリンの能力で監視カメラと防犯システムを全て破壊する。
「ボティスが囚われているのは地下7階の牢獄だ。シャックスの能力には時間制限があるから潜伏時間は30分以内に限られる」
「充分だ。お前らはボティス回収してすぐ帰れ」
「りょーかいっ‼︎」
「さて、そろそろ時間ですか」
「全く、ベルゼブル様は即断即決だな」
当然のように自動ドアを潜り、そのセンサーに設置された監視カメラをグレムリンに破壊させる。エントランスにて五感のうち二つを失った人間が阿鼻叫喚に似た悲鳴をあげているが、この生物共に用はない。
「ねーアガりん、どっち?」
「右だ。この先にエレベーターがある」
30分と言えども、侵入の形跡を残しても構わない上、防犯システムはグレムリンが全て破壊してくれる。なので、特に走ろうだとかは思わなかった。
エレベーターのB7を押して、扉の閉まる音を聞く。ゆっくりと落ちていく感覚に身を任せ、ポーンとい到着を示す電子音を鳴らしてその地に降りた。
待ちかねていたのは、警備員らしきペイントが施された機械だった。全身に武装した銃器を見て、すぐに兵器の類だと理解した。
「グレムリン、やれ」
空間を割いて現れたグレムリンは、機械の動作を停止させるべく行動に移した。だが、悪魔に対抗する組織なだけはあるらしい。この面子と比べると低級なグレムリンは、衝撃波のようなもので弾き飛ばされてしまった。
「成る程、ボティスを使って悪魔に対抗できる要素を探していたのでしょうね」
「そうか、だとしたら許せねえなぁ。俺らの仲間を実験台なんかにしやがって」
その顔も先程と変わらずに、完璧な殺意に塗れたそれは我々にさえ畏怖を与える。
ベルゼブルは腕を上に振り上げ、眼前に聳える姿ガラクタ同然の巨体を睨む。
すると機械は3つに分断されて、隙間からコードや電気を発しながらその場に倒れ込んだ。
「流石ですね、三代支配者の力は……」
「フルちゃんなにそれ、ベル様のこと舐めてたのー?」
「改めて、ですよ」
くだらない会話を背景に並べ、目の前で一撃を放ったベルゼブルはこちらに首を傾けた。
「ベルゼブル様。この先を左に曲がると牢獄があり、その右側38番目にボティスが繋がれています」
「……分かった。お前らはここで待ってろ」
そう言い残すと、地を蹴り飛ばしてベルゼブルは角を曲がり姿を眩ませた。
「ほんっとベル様すごいよねー」
ボティスは朦朧とした意識の中で、金属が擦れる音を聞く。それは、己が腕を動かす事をやめた故に久しいものだった。
「ベルゼブル様……⁉︎」
「よぉボティス。動けるか」
埃に塗れたこの地下に、一筋の光が光る。いつしか見慣れたこの光景以外を見せてくれるであろう、希望の光だ。
「ベルゼブル様、離れてください‼︎」
「あ?」
毎日、決まった間隔の時間に牢の向こう側から矢が放たれていた。それがちょうど、この時刻だ。
それはバルバトスの矢よりも刺激が強く、おそらく悪魔に対して特攻を持つ何かしらが備わっているのだろう。
「これのことか?」
ベルゼブルの手には、一本の矢が握られていた。ベルゼブルは鋭利な部分を指に刺し、少し震えた。
「そうか……こんなもん毎日毎日打ち込まれてたんだな」
ベルゼブルは矢をへし折り、ボティスの両手に繋がれた鎖を指の鳴らした音と共に燃やし尽くした。
「いいかボティス、俺はまだやる事があるから6柱と獄に帰れ。6柱には俺のことは気にするなと伝えてくれないか」
「承知しました……その、ベルゼブル様。ありがとうございます」
「1番最初にお前を助けようとしたのはアガリアレプトだ。俺はただ通りがかっただけの通行人でしかねぇ」
よろよろとバランスを崩しながらも、その脚を動かすボティスを見届けて牢の先に進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます