第2話 東の王

 部署に戻った俺たちは、簡易の麻縄でベリアルを括り付けて捕獲した。あの甚大な被害を生み出した悪魔だというのに、この姿だと電池で動く玩具とそんなに変わらない。

「何してくれんだトウヤぁぁぁ‼︎ほどきやがれ‼︎」

 部署の3人には、強大な力を使い果たしてこの姿になったと説明をしておいたが、普通に喋れるベリアルの前で嘘を並べる必要はあったのか今更謎が浮かぶ。

「ゔっ……わりぃ浦矢、そいつ見といて……」

「宮沖先輩⁉︎大丈夫ですか、吐きそうですか⁉︎」

「うん、吐きそ……」

 何度も口を洗い流したが、やはり異形の血肉を加熱せずに食したという事は、精神面に対する被害がかなり大きいらしい。

 胃の中身を全て出し切ったというのに、依然吐き気が収まる気はしなかった。

 部署の横に備え付けられた古い便器と向かい合い、出るはずもない感覚と格闘する。

「クッソあの野郎……」

 結局口からはなにも飛び出さないまま、部署へ戻っていくのだった。

 扉を開けた先で、浦矢が楽しそうな声を小さくあげていた。

「宮沖せんぱぁい、この子口は悪いけど案外可愛くないすか⁉︎3課で飼っちゃだめですか⁉︎」

「お前、犬じゃねえんだから……」

「なんだ貧乳、誰が家畜だ殺すぞ」

「ひんっ……」

 デリカシーのカケラもないベリアルの言葉が、浦矢を貫く。まあ、これ以上関わられて余計な口を溢さない為には賢明な判断だろうか。

「で、トウヤ。コイツに関しての報告書なんだが……」

「隊長、さっき言った通りですよ。コイツが暴れてブエルを殺したんです。俺はそこに偶然居合わせただけで……」

 いや、嘘は言ってない。本当に通りがかりで、ベリアルとブエルの戦いに偶然居合わせただけなのだ。無関係かと言われればそうでもないが、この件は目撃者程度の関わりという事にしておこう。

「……そうか。まあ本部まで連絡して、ベリアルに処罰を与えるべきだろうな。悪魔とはいえ殺害と建造物破壊の罪は重いだろう」

「そうですよね。こんなクソ悪魔はさっさと裁かれた方がいいです」

 勝手に身体を乗っ取られて好き放題暴れられ、危うく加害者であると認めなければならない事態にまで発展しかけた。もう俺は、こんな奴と関わりたくないのだ。

「とりあえずコイツの監視は必要だろうな。泊まり込み要員は……ジャンケンでいいな?」

「あーうん、それが1番効率いいっすよ」

 山藁さんの賛成により、本日の泊まり込み監視役をかけたジャンケン大会が開催される事に。ちなみに監視は交互に仮眠をとりながら行うものとして、4人のうち2人が選抜される事となった。

 

「いやー、前から思ってたけどトウヤほんと弱えなぁ」

「なんで俺だけ毎回1回目に負けるんすか……?」

 なんか、負けた。普通に負けた。ジャンケンは直感に任せて、深く考えずにする派だ。なのに、ここまで勝率が低いのはもう何かの呪い的なものだろうか。二日前のパシリジャンケンも1人負けをした記憶が新しい。

「あっ……私ですか」

「というわけだから、トウヤと浦矢よろしく。あと、2人ともしっかりメシは食えよ」

 隊長は浦矢の机に1000円札を3枚置いて、帰宅の準備を始めた。

「ちょ……隊長、3000は多いですよ」

「うるせぇ、育ち盛りなんだからしっかり食わなきゃダメだ」

 本当に、こういうところがすごいなと感じる。さらっと財布から3枚も札が出てくる寛大さというか、そういうところだろうか。

 まあなんにせよ、有り難き支援だ。たまには部署にデリバリーを頼むのも良いかもしれない。

 

 

 深夜1時。既に闇へ溺れた街に一つ灯りを灯し、この3課はひっそりと息をしている。

 夕飯は浦矢と悩んだ末に、有名な某社のピザを3枚注文した。消費税とかの小銭は、己の財布からひっそりと払っておいた。

 ちなみに、あんな事をした後なので食事は喉を通るはずもない。結局ほとんど食べる間もなく、浦矢とベリアルが食べ尽くしてしまった。

「なあ。お前何してんの」

 睡魔に負けた浦矢の事は放っておいて、今日の件について色々と調べていた。なかなか捗っていたが、ついにこのクソ悪魔の妨害が入ってしまったらしい。

「調べもんだよ、お前は寝ろ」

「なんだ、エロいもん見てんのか」

「ブエルについて調べてんだよ」

 1日すら経っていないというのに、コイツの本質を理解できてきた気がする。どんな事を言い出すかだとか、どう対応すれば良いのかが割と簡単に分かるようになってしまった。

「目の前にオレ様が居んのにソレ使ってんのかよ」

「じゃあお前が教えてくれんのか?」

 ベリアルはため息を吐き、短い脚をバタバタさせながら語った。

「ブエルの序列は10番、大総裁の立場だ。6柱でサタナキアと共に司令官を勤めるアガリアレプトの支配下に属している」

 画面に映っていた言葉と瓜二つの言葉を並べたベリアルは、得意げにドヤ顔をしてみせた。普通にものすごくうざい。

「つまり、今回お前を殺そうとしてたのはアガリアレプトの指令だったのか?」

「どうだろうな、アイツの行動は読めねぇしアガリアレプトにも従うべき奴がいる。けど、ブエルはあぁいう性格だ。殺す前に聞いとくんだったな」

 依然括り付けられて行動を封じられたベリアルの余った力は、口から言葉に変換されているのだろうか。そう疑いたくなるくらい、この後無駄な会話が続いた。

 

 2時を過ぎた辺り。最早交代なんて概念は無いらしく、浦矢は全然起きる様子がない。うるさかったので、彼女が起きていないにも関わらずアラームを止めてやった。

「お前も苦労してんな」

「まあ、後輩無理に起こしてってのもアレだしな」

 静かな深夜の空気に当てられても、未だ残る気分の悪さのお陰か眠気は現れない。生活リズム云々とかを語る気はないが、ちょっと不安は残る。

「ていうかお前、ずっと気になってんだけどよぉ」

「あ?」

 ベリアルは、何故かにやりと笑みを浮かべる。意図は理解できなかった。

「オレ様が連中から狙われてんのに、ここに縛るのなんで反対しなかった?」

 

 ——そのベリアルの言葉が途切れたタイミングを見計らうように、窓ガラスが弾け飛んだ。

「なっ……‼︎」

「まぁ、オレ様的にはお前が近くにいる方が都合良いけどな」

 ふざけた事を言っているように聞こえるかもしれないが、一度体感している身からすればかなり死活問題の発言だ。遠回しに、もう一度アレになれと言われているのだから。

 というか、窓ガラス割れた音でも起きないとか浦矢はどうなってんだ?

「トウヤ、胃の調子整えとけよ」

「断る。もう今度やったら俺人間に戻れない気がするし」

 運良くブエルの力でこの身をベリアルから取り返したというのに、この状況でもう一度なんて試そうものなら頭がおかしいと言われるのは当然だろう。

「ずっとブエルコア食ったままにしときゃあ好きなときに回復出来るだろ。おらよ」

 ベリアルは、口から赤黒い球を吐き出した。

「食わねえしそもそも会話に納得していたとしてもそんな汚いもの食うわけないだろ」

 わかりやすく嫌な顔をしていると、ベリアルは急に声を上げた。誰だってこうするはずなのだが。

「うっせぇ黙って食えや‼︎高級食材だぞ‼︎」

 ベリアルは、その短い脚とは思えないコントロールでブエルコアを蹴り上げる。あまりのスピードに反応しきれず、無念にも汚物となったブエルの核が口の中に突っ込んできた。

「へめまじふはけんなよ‼︎」

 ゴクリ、と。己の喉とは思えないような大きな音を立てて、胃の中にドスンと重みを感じた。

「ゔっ……」

 感じたことのない食後の気分の悪さが残るが、何故か段々と薄まっていく。これがブエルの能力だとすれば、なかなか実用性がありそうだ。

「おし、じゃあ次はオレ様のコアだ‼︎」

 先程と同じように、口の中にぶち込まれるベリアルコア。それもごくりと大きな音を立てて、胃の中に消えていった。

「さぁて、テイスティングの時間だぜ」

 ベリアルに支配された身は、両手を合わせて涎を啜った。

『おい、てめぇ今度こそ本部まで連行するからな』

「は?なんで意識あんだよ」

『ブエルコアのお陰でこの通りだよ』

 前回と同じく意識が飛びかけていた最中、沈む精神はブエルコアを見つけた。それを手に取り目を開いた先では、ベリアルの支配した己の身体が見ている景色が映っていた。

「意識だけか。この状態じゃあ、身体の主導権はオレ様が握ってるって事で」

『ふざけんなオレの身体返せ』

「呑気な事言ってる暇あんのか?本日の食材がお見えになるぜ」

 一般の事務所の様な内装の3課にガラス片を撒き散らした張本人は、その四角い穴から顔を見せる。

「バアルかぁ。フキフグの配下って事は、アガリアレプトはハズレだな」

 バアルは、中々高い地位に君臨す悪魔である。

「王様自ら出向くたぁそんなにオレ様の事が好きって事かぁ?」

「五月蝿い。ルキフグ様の命令なので仕方なく来たまでですよ」

 丁寧な口調に似合わない横暴な攻撃に、防御を繰り返すベリアル。ブエルとの交戦がどうだったかは記憶に無いが、あの様子だと圧倒していたのだろう。

「ブエルが死んだと聞いたのですが、本当に貴方が加害者なのでしょうか?」

「あーうん、今オレ様の中に余計なの入ってんだよ」

『いやこれ俺の身体だけど⁉︎』

 完全に意識が途絶えていた前回は、この身体は丸々ベリアルのものだったのだろう。ならば、今この身は半身を分け合っている様なものなのだろうか。

「まあ良いですよ。成果を上げればルキフグ様も喜んでくださる……」

 ベリアルの防御が解け、強烈な蹴りがバアルの身を吹き飛ばす。ベリアルは身を乗っ取ってからこの間まで、一歩も脚を動かしていない。故に、奴が飛ばされた先は窓のある方向。

 バアルは、強力な一撃によってコンクリートの壁を突き破った。

「やっぱどう足掻いてもトウヤの意識消せなかったわ。中身気にしてる間は外側集中出来ねえのが難点だよな」

『お前今の無意識で防御してたのかよ』

 的確に急所を突く攻撃を無意識に動かしていた腕だけで受け流し、申し訳程度の言い訳も垂らしていたらしい。やっぱりコイツ、敵に回したら相当危ないのでは……

「つーかお前、気持ち悪い見た目してんなぁオイ。オッサンと猫なんて最悪の組み合わせじゃねえか」

「口が悪いですね。流石、暴力だけで上位に君臨しただけはある」

 3課を飛び出して繰り広げられる攻防は、宵闇のなかに紛れていた。

「なぁ、気持ち悪ぃの苦手なんだわ。その格好やめてくんねぇ?」

「……いいでしょう、貴方には此方の方が効果がありそうだ」

 バアルは、その姿を粒子の様に変質させて一点に集中。そして、一気に広がって形を作った。

「オイオイ、気持ち悪ぃのやめろって言ったじゃねえか」

 その姿を表した巨大な蜘蛛は、闇の街道を覆い尽くさんばかりの容姿をしている。ベリアルの言う通り、気持ち悪いと感じるような禍々しさを放っていた。

「なぁトウヤ、ブエルとバアルってちょっと名前似てね?」

『それ今する話じゃねえだろ‼︎』

 シュルシュルという気味の悪い音を立てるバアルは、8本の足を駆使して此方に迫っていた。

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