エイジ88

大黒天半太

88歳の春だから

 俺の名前は相須永士、昭和9年生まれの88歳、バツ3、現在妻無し、子ども達とは40年以上会っていない。孫もいるらしいが、顔も名前も知らない。

 米寿の祝い? そんなものは犬にでも食わせておけ。


 酒とタバコとギャンブルと女、おあいにく様、こちとら今でも全て現役だ。


 好き勝手に生きて来たとよく言われるが、その通り。

 自分の人生、自分の好き勝手に生きないでどう生きろと。


 運否天賦で生きてきて、そりゃあツイてないこともあるが、人生万事塞翁が馬だ。それでも、最終的に俺は運に見放されたことはない。


 ガキの頃、親父に連れられ一家で満洲国に移り住んだが、親父は運に見放されていたので、商売で一山当てることはできず、結局すごすごと日本に舞い戻って来た。


 まぁ中途半端に商売できて満洲に居続けていたら、太平洋戦争の終戦時には大陸に居たわけで、兄弟もろとも中国残留孤児になっていただろう。その前に戻れたのだから、これは運がいいとしか言えない。


 親父は帰国後肺病に罹り、働けなくなった。おふくろは甲斐性の無い親父を見限って、俺たちこどもを連れて離婚。親父は一人で死んだ。まぁ、運が無い人間の末路はこんなもんだ。


 日本に戻っての生活は中々苦しかったが、俺は頭は回る方だったし、当時としては珍しい180センチの体格で腕っぷしもそこそこ強かったので、中学高校は難なく切り抜けて来た。


 おふくろが後妻として入った土建屋のオヤジの家に、連れ子としてついて行ったわけだが、兄弟たちは養子縁組しなかった。俺は養子になって苗字を変えた。おふくろの再婚相手だから新しいお父さんとかの気持の悪いことではなくて、どうせ生活に利用するなら、オヤジをいい気持にさせておいた方がいいだろう?


 オヤジの実子は、皆自立しているので、今の土建屋は俺が継ぐという話になっていたはずだった。


 ただ、オヤジの下で働かされるのは、少々気に食わなかったので資金を出してもらって、経営の経験さえ積めば文句はないだろうし、土木や建築関連の仕事ということで、電気工事か水道工事を考え、資格試験の少ない水道工事の工務店を開業した。


 若手で地頭もいい方だったから、新しい法令やら配管工事の技術やらはサクサクと習得したので、水道工務店の仲間内でも一目おかれるようになった。水道の修理は、町役場から町内の工務店へ輪番で仕事が来るし、オヤジの知り合いの建築屋から新築改築の際の水道設置工事の声もかかるので仕事はそこそここなせていた。


 俺は、運も要領もいいのだ。


 だが、オヤジは順調な今の会社を養子の俺に継がせるのが惜しくなったのか、俺の仕事ぶりに難癖を付けて来た。納期に間に合わせているのだから問題ないだろうに、途中で仕事を切り上げて呑みに行くのが気に食わないと。自営なんだから好き勝手やって何が悪い。女房子どもをちゃんと食わせているのに文句言われる筋合いはない。


 むしろ、酒量は増えた。肝臓を壊し、入院もしたが、酒をやめる気は無かった。アルコール中毒、今で言うアルコール依存症だと、病院に入れられ、仕事ができなくなると、生活できなくなり、女房がパートに出るようになった。働けなくなった俺への嫌味にしか感じない。


 数年後には、女房は子ども達を連れて出て行った。俺を助けずに捨てるというなら、こちいも願い下げだ。まぁ、頭を下げて戻ってくるなら赦さないでもなかったが、戻っては来なかった。


 その後は、転々と入退院とその日暮らしの生活を交互にして、後二回の結婚では、ほぼ女のヒモのような生活をしていたこともある。まぁ、家事をする気もないので主夫じゃあないが。


 その頃には、おふくろは約束が違うとオヤジともめて、とっくに離婚していた。他の兄弟は家庭を持って自立していたから、半端者扱いは俺だけだったのだろう。おふくろは離婚の慰謝料の幾分かを俺の名義の口座に残してくれていた。兄弟には内緒で、当然遺産相続の時にもバレてないから除外されている。やっぱり俺はギリギリで運がいいのだ。


 呑み過ぎて肝臓をやられて、いつ倒れてもおかしくない数値と医者から青ざめた顔で言われたこともあったが、死なずに回復した。まぁアルコール依存で入院して1年以上酒が呑めなかったからだろうが。


 死んだ後の心配なんて馬鹿馬鹿しい。人間は必ずどっかで野垂れ死ぬもんだ。人生ってのは生きてる間が全てで、後は野となれ山となれ、だ。


 そして、今日も四番目の女房になるかも知れない女を口説きに行く。俺の人生は俺のものだから。

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