【KAC20225】異世界で米寿を祝う

小龍ろん

異世界で米寿を祝う

 早いもので、私がこの世界『ゼルファン』に来てから60年が経つ。若いころには異世界転生を題材として小説を好んで読んでいた私が、こうして異世界で長年過ごすことになるなんて人生とはわからないものだ。

 当時は右も左もわからず、苦労の連続だった。小説のように便利なチート能力などあるわけもない。それどころか、言語の違いが大きな壁となり私の前に立ちふさがった。


 文化的な違いというのも大きい。その根本となるのは魔法の存在だろうか。魔法は『ゼルファン』の文明の礎ともいえる、重要な技術だ。発展の立脚点がそもそも違うので、文化や習慣に違いがあったりと、なじむまでにはなかなか苦労した。


 他にも苦労したことと言えば、戦いの日々。『ゼルファン』での苦難を比喩した表現ともいえるが、ここでいうのは本物の戦い。地球に比べれば治安も悪く、未開の地には魔物と呼ばれる化け物までがいるのだ。体を動かすのが苦手な私も、必要とあれば武器をとった。私は『冒険者』だった。当時は本当に命がけの日々だったのだ。


 それでも幾多の苦難を乗り越え、今では『ゼルファン』でそれなりの地位を築くに至っている。もちろん、私一人の力ではない。ともに『ゼルファン』にやってきた同胞たちとは力を合わせて苦境に立ち向かったし、何よりこの世界でも幾人もの友人を得ることができた。彼らの協力があってこそ、今の私があるのだ。そのことは決して忘れてはいけない。


「会長、どうされました」


 窓の外を眺めながら過去を振り返っていた私に、秘書の江里菜君が声を掛けてきた。江里菜君は私の兄の孫にあたる。が、コネで職を得たわけではなく、実力で会長秘書を務める俊英だ。私も大変頼りにしている。


「いや、何でもないよ。少し昔を懐かしんでいただけだ」


 冒険者などと揶揄されていた私も、今では『ゼルファン』で一二を争う大商会の会長だ。すでに一線は退いており、相談役のようなことをやっているに過ぎないのだが、それでも私に敬意をもって接してくれる。大変ありがたいことだ。


「そうでしたか。みなさん、広間の方にお集まりですよ」

「わかった。行こう」


 今日は米寿の祝いをしてもらうことになっている。もちろん、『ゼルファン』にそのような文化はないので、これは身内だけのささやかな祝い事だ。異世界で米寿の祝いをするなんて不思議な感じもするが、それでも皆の気持ちはうれしい。


「やあ、兄さん、久しぶりだね」

「昭雄か! 遠いところからよく来たな」

「まあ、体が動かなくなる前にと思ってね。さすがにこれが最後かな」


 なんと末弟の昭雄が祝いに来てくれていた。昭雄とは年が離れているとはいえ、既に七十は超えている。『アーシェン』からここまで来るのは大変だっただろう。わざわざ、米寿の祝いに来てくれるとは思わなかった。


 『アーシェン』は地球のある世界のことだ。異世界間交流が始まって百余年が経ち、旅行の敷居もすいぶんと下がったとはいえ、行き来も楽ではないというのに本当にありがたい。


 思えば、民間交流が始まってすぐの『ゼルファン』に商機を見出し、少ない仲間たちとともに移住してきた私は家族にも大きな心配をかけた。特に、未開地の資源開発に手を出したときなど、亡き母は卒倒したと聞いている。人々は私の行為を冒険だなんて表現したが、私のしたことは無謀な賭けだ。うまくいったのは幾つもの幸運に恵まれたからにすぎない。それにも関わらず私のやることを応援してくれた家族には感謝しかない。


 これから先、私がどれくらい生きられるかわからない。しかし、こうして長寿の祝いをしてくれる皆もいる。これまで支えてきてくれた皆に恩返しできるくらいには生きていきたいものだ。

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