第14話
オマエニシヨウ
タタカエ
タタカワナケレバ オマエノセカイハオワル
竜馬が聞いたあの不思議な声を、一巳も聞いていた。そして、姫野も。
ほぼ禿山状態になった展望台に三人は車座になると、いったい自分たちの身に何が起こったのか? 話し合わずにはいられなかった。
「じゃあ、姫野は修行っぽいことはしてないんだな?」
「わかりません。行方不明だった間のことは、あのわけのわからない言葉以外は何も覚えていないので」
レッスンに行く途中でさらわれた姫野が目覚めたのは、自分の部屋の勉強机の前だった。すぐに身体の異変に気づいたという。
「音の聴こえ方が、それまでの何百倍、何万倍にもなったっていうか……。信じられませんでした。自分の頭がおかしくなったのかと思った。だって、家中の音が聞こえるどころか、目では顔が確かめられないぐらい遠くにいる人が呟いた言葉まで、耳に流れこんでくるんです」
あらゆる音がぎっちりつまった身体は砂袋みたいに重たく、手も足も思うように動かせなかった。姫野は寝床から起き上がれなくなっていた。
「なんとかコントロールできるようになったのは、戻ってきて三日目ぐらいからです。どうにかコツらしきものをつかめたので」
「どうやるんだ?」
「たぶん僕の耳には、新しい回線が開いたんです。だから、その回線に意識を集中させシャットダウンすることで、音の洪水からは解放されます」
「自分の意志でオンオフできれば、能力として使いこなせるってわけだ」
学校を休んでいる間、アメコミのヒーローなみに進化した聴覚と格闘してきた姫野は、「こんな能力、いりませんけど」と付け加えた。
姫野は縋りつく動作で枕をぎゅっと抱きしめる。高校生にしては幼い仕種も、彼レベルの美少年なら不思議と違和感がない。
束の間、目を閉じ、嫌なことを思い出す表情を浮かべた姫野は、「だけど今夜は駄目でした」と吐き出した。
「オフにしてあったのに、回線をこじ開けて頭のなかに流れ込んできたんです。ぞっと背中が冷たくなるような恐ろしい唸り声が……」
声は、まるで地獄の底から這い上がってくるようだった。ちょうど布団に入ったところだった姫野は、無駄と知りつつ毛布にきつくくるまり、両手で耳を塞いだ。そうやって声が遠ざかるのをひたすら待った。
「どうしてかわかりません。この世界に存在しない獣の声だって頭から信じている自分がいて。そしたら、目を瞑ったとたん見えたんです」
「なにが見えた?」
「恐ろしくでっかい犬の化け物が、森のなかにたくさん」
瞼の裏をスクリーンに、くっきりと映し出されたという。
「そのうち化け物は、先輩たちを襲いはじめました。やっぱりなぜかはわからないけど、僕も行かなくちゃって強く思ったんです。仲間なんだから、こんなところにいちゃいけないってすごく焦って……」
信じられないことが起こった。二人のもとへ駆けつけなければと念じた瞬間、自分を包む空気がぐにゃりと歪んだ。姫野が我に返ると、さっきの場所に座り込んでいたというわけだ。
「テレポーテーションってやつか……?」
一巳の言葉に、呟いた本人も一緒に全員が黙り込んだ。あまりに非現実的な単語だったからだ。
(でも……)
竜馬は展望台に視線を巡らせた。不思議なことに倒したはずの山犬たちの死骸が見当たらなかった。いつの間にか、かけらも残さず消えていた。
でも、すべては現実にあった出来事だ。外灯は半分溶けて曲がっているし、転落防止用の柵も元の形が思い出せないぐらいバラバラに壊れている。枝を吹き飛ばされたり、まるごとなぎ倒された樹だって何本もある。
竜馬は開いた両手を見つめた。
何よりこの手を刀に変え獣を斬った時の感触が、はっきりと残っていた。
竜馬は思い切って言った。
「俺たち、選ばれたんじゃねぇの? 例の裏歴史のプレイヤーってやつに。そう考えれば、謎の声が命じた戦えって言葉の意味も説明できる」
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