第6話
自分が知らないうちに何かしでかして、彼女が二度と顔も見たくないと言い出したのだろうか?
竜馬はそんなふうに考え凹んだこともあったが、すぐさまあり得ないと強く首を横に振っていた。
美夜は困っている相手に自然と目がいってしまうような、優しい心の持ち主だった。目元も口元も顔の造りは一巳によく似ているのに、なぜか弟とは違ってクールな印象は受けない。どんな表情をしている時も優しさが淡い光となって零れ落ち、彼女を内側から輝かせているように竜馬の目には映った。
普段はきりりとひとつにまとめた長い髪を下ろすと、たちまち大人の女性の艶やかさが増すようで、竜馬は何となく気後れしてしまう。
『私、母に似て身体があまり丈夫じゃないでしょう? 昔から学校も休みがちで家のことも満足にできなかったり、一巳にはずいぶん心配かけたの。だけどあの子はそんな私を時には兄になり時には父親代わりにもなって支えてくれて。ずっと頼りにしてきたし、いつもとても感謝しているのよ』
姉弟は父親の顔を知らないという。師匠の一人娘でもある母親は、どんな事情があったのか。まだ二十歳にもならない若い頃に家を出た。男手ひとつで自分を育ててくれた師匠もとを離れ、以後、帰ろうとしなかった。
母親が幼い子供たちを残し他界したのは、仕事を二つも三つも掛け持ちする忙しい日々のなか、病弱な身体を酷使したからだ。姉弟はいったんは児童養護施設に預けられた後、竜馬とほぼ同じ頃に祖父に引き取られた。
相手を頼りにし、支えにしてきたのは、一巳の方もそうだと思う。
姉には自分がついていなければと信じる気持ちが、一巳の心を強くした。姉の存在が、どんな時も一巳の頭を上げさせ真っ直ぐ前を向かせた。
家族を失った竜馬だからこそわかる。たぶん美夜と一巳の絆は、二人で手を取り合い苦労してきた分だけ太く、どんな障害を前にしても揺らがないほど強固だ。
(美夜さん……)
竜馬はまだ強く握りしめたたまま、解くことのできない拳に目を落とした。
(だから余計に嬉しかったんだ。美夜さんにもう一人弟ができたみたいだって言ってもらえた時は……)
絆が人の心と心を結ぶものだというのなら、両親を亡くし、繋がる先を失い彷徨っていた自分の心を受け入れてもらった気がした。微笑みかけてくれる彼女から、無条件に自分を慈しんでくれる血の温もりが流れてくるようだった。
見つめる拳に、竜馬は行き場のないもどかしさを握りしめている。
竜馬が強くなりたいのは、美夜を喜ばせたいからでもあった。
生傷の絶えない二人の弟の手当てをするのは、美夜の役目だった。彼女は心配する一方で、稽古に熱中する二人の姿を瞳を輝かせて追いかけていた。
戦う一巳と竜馬からは生のエネルギーが眩しいぐらいに迸っていると、彼女は言う。そのエネルギーを浴びるだけで自分の身体まで元気になれるのだと、嬉しそうに聞かせてくれた。
竜馬が強くなれば、一巳はその上を目指すだろう。今よりも高レベルの戦いから生まれるエネルギーも、きっとさらに大きなものになる。彼女をもっと元気にしたかった。
(それにしても……)
竜馬は小さく首を捻った。あの美夜が理由も言わずに会ってくれなくなるものだろうか? 一緒に食べないにしても、竜馬の食事を差し入れるぐらいのことはしてくれそうなのに。
母屋と美夜のいる別棟は離れているので、顔を合わせずに暮らそうと思えばできる。必要な出入りは竜馬が学校に行っている間にすませればいいのだから。
(まさか、お前のわがままで無理に閉じこめてるんじゃないだろうな?)
竜馬が疑いの眼差しを向けた時、一巳がこちらを見た。
「俺はそんなことより神隠し事件の方に興味がある」
「はあ?」
シスコン野郎が話題を逸らそうと、わざとトンデモ話を持ち出したのかと思ったが、一巳の表情は真剣だった。
「なんだよ、神隠しって?」
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