末端のモノフォニィ

yura

第1話 語彙枯渇文人とツッコミ気質軍人

「うわ、見てこれキモすぎる文章!これを小説だと名打ってるの吐き気するうえええ」

「文句言うなら見るなよ」


 藤村ふじむらは走りながら器用にも携帯小説を閲読して精神的に自滅していた。走りながら文を読んだために単純に酔ったという方が正しい。


 携帯をぱたりと閉じた彼は据わった目で前を向き、大人しく走ることに専念した。しかし傍らの軍人を一瞥してから、引き続き無駄口を叩く。


「お前海軍なのに走れるんだね」

「馬鹿にしてんのか、体力ねえと陸海構わずしごかれんだぞ」

「こえー。野蛮なこと」


 藤村は適当な感想で相方をつついた後、眼鏡を定位置に直しながら冷やかした。

 自分から訊いた癖にこの適当な仕打ちである。文句を言えどこの文人には何も手ごたえが無い、豆腐に鎹だ。今里いまりは白い目であしらい、こちらも適当に遣り過ごした。


 藤村はいいとこ生まれの坊ちゃんで、親の脛を齧りながら帝大を出た後、同人のノリを引き継いで文壇にのっそりとめり込んで、そこそこの存在感を発揮している。

 今里は兵庫の生まれで、今は海軍兵学校に通っている。いわゆるエリートコースの真っ最中だが、化け物退治のクジに当たってしまった。

 どうやらクジは本当に無作為らしい。軍に所属していようが関係の無いことだ。今だけは海軍ながらに一般人と共に走り、電子銃を構えている。


 GPSが示しているのはこの近くである。先へ進めと端末が示す方角は鬱蒼と茂る森の奥。


「辛気臭え。俺こういう処好きなんだよね」


 軽口を飛ばす文人にはまだ余裕がありそうだ。こうも政府にこき使われると否が応にも体力がつく。

 かっ、と血を吐くふりをして、おちゃらけた笑みで絶望を口にする。


「あー、此処で喀血したらロマンなんだけどお」

「気色悪イこと言わねえでくれるか」


 けらけらと薄笑いを浮かべる彼はいつも通りに、文人を演じられぬ現代人である。文句を言いつつ、さして自分が文豪らしくないことに不満があるわけでもないようだ。今日も冗談を言っては呑気に口笛など吹いている。


「あー、いやホント、後引く吐き気がするわ、さっきのヤツ。口語体よりひでえ。なんか名前付けよーぜ。俺最強文体?」

「御勝手にどーぞ、先生。てか本職が読む領域じゃねえだろ、そのサイト」

「怖いもの見たさでさ。あはは、こんな幼稚だとは思わなかった。日本も上がったりだねえ!」


 いとも簡単に書けそうだが、こんなのを書くくらいなら憤死に値する。書きたくもない。……文人は先程の「自称小説」を思い出して本気で何かを戻すかと錯覚し顔を歪めた。無駄口もそこそこに足は止めない。草を踏む音が木々に当たって大きく響く。

 町中とは打って変わった薄暗い闇に覆われる。


 森に踏み入れて少しもせぬうちに、GPSを確認するまでもなく前方から奇妙な呻き声が聞こえた。ああ此処だ。目当ての化け物のご歓待である。


「マジでこんな鉄砲なんざ無かったら、腕っぷしの奴が選ばれただろうにさー」

「残念ながら文明の利器のお蔭で無差別選出だな。俺はどっちにしろ戦い一辺倒だが」

「ちぇ。金を貰っても御免なんですけどー」


 十メートルほどの距離になると向こうも此方をそれと認めたようであった。重そうに従えた両腕をゆっくりと上げながら二人を見据える。

 団体行動の教育が行き届いた今里は、打つ前に藤村に目配せをした。目線を受けて、文人は前を見据えたまま呟く。


「り」


 二人同時にトリガーを引いた。打った弾が光を纏いながら音速で飛んでいく。森の中がパッとアクアブルーの光に照らされて幻想的ですらある。バシュン、と生々しい音が化け物の腹に突き刺さる。化け物は動きを鈍らせた。

 後二発程打っておくか。二人の思考は一致した。それぞれもう一度だけ引き金に手を掛けた。

 再び二つの閃光。蛍を思わせる明るい軌跡であった。


 化け物は完全に動きを止め、地面に倒れ伏した。姿が消え、後に残ったのはボロボロになった真っ黒な回路、一つ。

 歩み寄って手に取る。今里は手中のゴミ屑を見下ろして一言、「一八〇〇、一機撃墜せり」。


 夏ゆえに明るいものの、夕暮れ時だ。

 このゴミ屑を政府に送らねばならぬ。それも二人揃っての報告でないと不可だという。一人に任せきりになったり、サボる奴が出たら駄目だとのこと。文明国お得意のグループワーク強制システムである。


「じゃー帰りますかあ。…うわ見てこれキモすぎ文体その三。ていうかこれがイマドキの共有文体?文脈より読みやすさ重視で内容がねェ」

「また見てんのか懲りねえな」


 スマホをいじるなり、緊張感の無い藤村は怖いモノ見たさに従って小説投稿サイトを覗き、遊んでいた。

 踵を返す。文人は袴を翻して、スカーフをはらりと巻き直した。


「寒風が身に染みてきましたねえ」


 文でも読み上げるような絶妙な棒読み。聞いた今里の方が気が抜けそうである。


 始末を終えた文人は、行きの駆け足が嘘のようにまったりと歩きだした。


 今里はカツカツと身に染みた軍隊流の行儀正しい歩き方で、しかし一般人の藤村の速さに合わせて歩みを進めた。

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