素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード4】

双瀬桔梗

ツンデレお姫様は女子高生ヒーローと友達になりたい

「え! レジーナ姫って八十八歳なんスか!?」

 スナオイエローことかわ ミナは、目の前にいる少女が八十八歳であると知り、驚きの声を上げる。

「えぇ、それに一週間と三日後には、八十九歳になりますわ」

 ターコイズ・ブルーのリボンで、ツインテールにしている銀髪と、あかい瞳。漆黒のドレスを身に纏う美少女異世界人のレジーナ姫。彼女は二丁の銃で、ゴム弾を何発も撃ち込みながら答える。

「一週間と三日後が、誕生日……」

 ミナはぽつりとそう呟き、何やら考え込む。それでも彼女は手を止めることはせず、巨大ハンマーを片手でブンブン振り回し、飛んでくるゴム弾を次々に打ち落としている。もう片手の手に持つ、『レジーナ姫 好きッス』と書かれたうちわも、しっかり掲げたままだ。


 ツン・デーレいちぞくと、デレデレ部隊スナオズの戦いは、相も変わらず緩い。本気ではない攻撃の応酬の末、戦闘員と怪人の体力の限界がくれば、撤退するの繰り返し。

 唯一、変わったことと言えば、レジーナとミナの二人だ。

 まず第一に、ミナがどれだけ“推し活”をしていても、レジーナはあまり気にしなくなった。たまに呆れてはいるが、激怒することはなくなり、なんなら普通に会話を交わすくらいには、二人の距離が縮まっている。

 それから戦闘の様子も少し変化した。一見、他愛のない会話をしながら緩い攻防を繰り広げているように思えるが、二人ともを出している。

『貴方もヒーローならきちんと戦いなさい』

 レジーナにそう言われてからはミナも時々、攻撃を仕掛けるようになった。ミナがハンマーを振るうと、レジーナは瞬時に片方の銃を上品な傘に変化させ、それを受け止める。そのまま至近距離でゴム弾弾丸を放ち、ミナはそれをギリギリでかわす。

 まるで、“実践的な訓練”をしているような戦いと、可愛らしい女子トークのギャップに、両組織は最初、唖然としていた。けれど、今ではもう慣れてしまい、各々の戦いに集中している。


「レジーナ様! そろそろ撤退のご指示を!」

 今日もツン・デーレ側の体力が先に尽き、戦闘員の一人がレジーナに指示を仰ぐ。

 レジーナは攻撃の手を止め、「分かりましたわ」と頷いた。

「皆様、撤退しますわよ! スナオイエロー! いえ、樹乃川 ミナさん! その……さっきの攻撃は悪くなかったですわ。わたくしも少し、本気を出してしまいました。だけど戦いお遊びは今回で終わり……次に会う時は、ともだ…………貴方を倒してみせます!」

 また悪役の様な台詞しか言えなかったレジーナは、ミナに背を向け、肩を落とす。


 わたくしはどうして、“友達になってください”の一言すら、素直に言えませんの!?

 心の中で自分自身を責めるレジーナに、「ちょっと待ってくださいッス!」 とミナが声をかける。

「なんですの?」

 レジーナは気持ちを切り替え、ミナの方を見た。

 変身を解いたミナは珍しくモジモジしていて、彼女らしくない姿にレジーナは怪訝そうな顔をする。

「その……今度、『ハウラー』に行ったら、貯まったポイントを使って、レジーナ姫レイナさんとチェキを撮ろうと思ってるんスけど」

「あぁ、そんなことですの? 来週は月曜・水曜・金曜・土曜の、いつもの時間に勤務していますわ」

 レジーナはとある事情から、『ハウラー』というメイド喫茶で、密かにバイトをしている。ちなみに、“レイナ”とは、ハウラーで働く際の、レジーナの源氏名だ。

 ミナはいろいろあって、ハウラーの常連となり、メイド喫茶でもレイナレジーナを激推ししている。

「ありがとうございます……」

「えぇ、それでは」

「あ……まって! くださいッス……」

「……さっきからどうしたんですの?」

 ミナは他にもレジーナ自分に、聞きたいことがある……なんならそっちが本命なのだろう。

 そう察したレジーナは、やはり“らしくない”ミナを見上げ、内心とても緊張していた。

「何度もすみません……その、来週の日曜日は、何か予定はありますか?」

「い、いえ……特にないですわ」

「そうなんスね……それなら……」

 ミナはグッと拳を握りしめ、バッと顔を上げる。真剣な、焦げ茶色の瞳に見つめられ、レジーナはドキッとした。

「もし良ければジブンと……アキバ巡りをしませんか!?」

「へ……わたくしと貴方で……?」

 全く予想していなかった台詞であった為、レジーナは間の抜けた声を出してしまう。

「はいッス! レジーナ姫、前にアキバ巡りをしてみたいって、言ってたッスよね?」

「えぇ、よく覚えてましたわね」

 前に戦った時、そんな話をしたことを思い出し、レジーナは頷く。

「レジーナ姫の言ったことは一言一句覚えるッス! ……それで、アキバに詳しいジブンなら、いろんなお店を紹介できると思って……」

 ミナからのお誘いに、レジーナは心の中でめちゃくちゃ喜んだ。にも関わらず、ツンデレであるがゆえ、すぐには返事ができない。

「……やっぱり、ジブンなんかとアキバに行くのは嫌ッスよね」

 澄ました表情とは裏腹に、早く返事をしなければと焦っていると、しょんぼりした顔でミナがそんなことを言うものだから慌てて否定する。

「だ、誰もイヤとは言ってないでしょう! どうせ暇ですし、貴方に付き合ってあげますわ!」

「ほんとッスか? ありがとうございます! チェキもアキバ巡りも楽しみにしてるッス!」


 どうしてわたくしはこんな言い方しかできませんの!?

 レジーナはそう自分を責めたが、目を輝かせるミナを見て、良かった……と安堵する。




 土曜日の夜。

 キングベッドに寝転がったレジーナは、お昼頃ハウラーにやってきたミナのいろんな顔を思い浮かべていた。特に印象に残っていたのはチェキを撮った時と、帰り際──

 店を出る直前、“またあした”と、口をパクパク動かしていたミナの笑顔が、頭を過ぎった瞬間、レジーナはこう思った。


 休日に二人でお出かけって……まるで友達みたいですわ!!

 レジーナはベッドの上でゴロゴロ転がり、悶絶する。しばらくして、スンッと冷静になったレジーナは上体を起こし、枕元に飾っている写真を見た。そこにはレジーナに顔がよく似た、黒髪の女性が写っている。

「明日こそ、お友達になってほしいって樹乃川 ミナさんに伝えますわ。ですから御母様、力を貸してください」

 レジーナは写真の中の母親の目を見て、そう呟いた。




 日曜日次の日

 待ち合わせ場所である駅前に、かなり早く着いてしまったレジーナは、ソワソワしながらミナを待っていた。

「レジーナ姫、ッスよね?」

「へ! あ、貴方……早過ぎですわよ!」

「レジーナ姫だって早く着いてるじゃないッスか!」

 到着して約五分後に、ミナがやってきたものだから、まだ心の準備ができていないレジーナはあたふたする。二人して一時間以上早く、到着していることに驚き、それらが次第におかしくなり笑い合う。


「レジーナ姫は今日もかわいいッスね!」

 ガーリー系のワンピースを着て、髪を下ろし、ベレー帽をかぶったレジーナを見て、ミナは感激している。

「貴方も……似合ってますわよ、その服」

「へへっありがとうございます。今日はレジーナ姫推しカラーにしたッス」

 そう言いながらミナは、ダボッとしたターコイズ・ブルーのパーカーの、裾まわりを掴んだ。


 二人は、駅前のハンバーガーショップで早めの昼食をとった後、いろんな店を回り、途中ゲームセンターでプリクラも撮り、ファミレスで晩ご飯を食べてから、再び駅へと向かう。


「あの、これよかったら……少し早いッスけど、誕生日プレゼント、受け取ってほしいッス」

 別れ際、ミナはリュックから小さなウサギのぬいぐるみを取り出し、そう言った。

「これって、クレーンゲームの……」

「このウサギさんをレジーナ姫がじっと見てたので、シューティングゲームで遊んでいる間に取っておいたッス」

「ありがとう……」

 レジーナは恐る恐るぬいぐるみを受け取り、「かわいい」と小さく微笑んだ。

「喜んでもらえてよかったッス。それじゃあ、ジブンはここで。今日も楽しかったッス! レジーナ姫、気をつけて帰ってくださいね」

「あの! 少し話がありますの……」

「どうしたんスか?」

「えっと、その……」

 昨夜、亡き母の写真の前で宣言したというのに、なかなか言葉にできない。

 太陽のように明るくて、常に素直な御母様みたいに自分の想いを伝えたい……そう思っているのに素直じゃない自分が邪魔をして……そんな自分が情けなくて、レジーナは泣きそうになる。


「大丈夫ッス。何か大切なことを伝える時に緊張するのは皆同じッスよ。ゆっくりでいいんで話してください」

 ミナはレジーナの手をそっと取り、優しく微笑んだ。彼女の言葉にレジーナは自分をアキバ巡りに誘ってくれた時の、ミナの緊張した面持ちを思い出す。そして、あの時のミナも、今の自分と同じ気持ちだったのだと気がつき、ハッとする。

 勇気を出して、いつも気持ちを伝えてくれているのはミナ彼女だ。それなのにわたくし自分は今日も逃げるの? そんなの……絶対に駄目。きちんと想いを伝えなければ──

「……わたくしも、楽しかったですわ。また、一緒にどこかへ行けたらいいなとも思ってます……だから、わたくしと……」

 レジーナはミナの目を見て、グッと手を握り返す。

わたくしと……友達になってください!」

 レジーナの言葉に目をぱちくりさせるミナだったが、すぐにおずおずと口を開いた。

「ジブンなんかで、いいんスか?」

じゃありませんわ! 、お友達になりたいんですの!」

 真剣で綺麗なあかい瞳。その目に見つめられ、ミナはボッと顔を赤くする。

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします! まさかレジーナ姫と友達になれるなんて……ジブン、超うれしいッス」

 ミナは心底うれしそうに照れ笑いを浮かべる。彼女の反応に、心があったかくなったレジーナは、ぎゅっとミナに抱きついた。



 その日の晩。

 ベッドの上でプリクラを眺めていたレジーナは、ふと枕元に視線を向ける。

「あのね、れい御母様。貴方がで今日、お友達ができましたわ」

 レジーナは写真の中の母親に、そう話しかけた。


【レジーナ姫 視点 完】

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