第50話 進展と

「リナお姉さん、素敵な人だったね」

「うん! それはもうABEXのプロ選手で一番人気があるって言っても過言じゃない人だからね。……こうして接してみるとたくさんのファンがいる理由にも納得だよ」

「嫌われてるお兄ちゃんとは大違いだ」

「はは、それは確かに」

 リナと別れたその後。

 春斗と柚乃はこんなやり取りをしながら、リビングに戻っていた。


「まあ開き直れば、その状況こそ自分にとっていいことなんだけどね」

「本当に開き直ってるし」

「だってリナさんのような人格者さんと同じ土俵で戦ったら、絶対負けちゃうからね。もちろんプレイの上手さとか、純粋な面白さも含めてのことだけど」

「ふーん。前者だけならお兄ちゃんも大概だと思うけど? 自転車のチェーンが外れてる人見たら、助けにいくでしょ?」

「いや、『絶対に行く』とは言えないよ」

「……そういうところだよ」

 春斗のことをなにも知らない人物がこのやり取りを聞けば、『冷たいことを言ってる』と思うだろう。

 しかし、柚乃は聞かずともわかっていること。絶対に助けにいくと。

『絶対に行くとは言えない』と言った理由がリナの顔を立てるためだと。


「あのさ、お兄ちゃん」

「ん?」

「リナさんと二人でいる時に教えてもらったよ。配信の環境? みたいなことをわかりやすく」

「お! どんな感想持った? 楽しそうだったでしょ?」

「……大変そうっていう印象の方が強かった」

「あはは、リナさんは現実的な方で話したんだね。まあ勢いが出るまではそういう面もあるけど、一度勢いが出たら全然違うよ。それにゲームは趣味だし」

「…………ありがと。いつも」

「……こ、こちらこそ」

 今こうして不自由のない生活ができているのは、大学進学の道があるのは、その苦労をさせてのこと。

 柚乃が小さく頭を下げれば——。

 いつも家事をしてもらっている春斗も同じように頭を下げる。


「……」

「……」

 二人きりになった家族で、お互いが支え合っているから、なんとも言えない空気にもなり……すぐに払拭するように、春斗は別の話題を口にする。


「ああそうだ。明日の学校はタクシーで行ける? お金渡すから」

「……は? な、なんでタクシーなの? 贅沢じゃん」

「安全のために自転車の点検してもらった方がいいってリナさんが言ってたでしょ? だから明日、自転車屋さんに持っていくために」

「そんなお節介焼かなくていいって……」

「あ! この機会に——」

「——買い替えとか言ったら本当怒るからね」

「え……」

 たまには自分の贅沢に使って欲しいのだ。

 ……さっき恥ずかしさを我慢してお礼を伝えただけに、これはもう素直には言えないこと。


「それに自転車屋さんは学校帰りにでも私一人で行くし。ちゃんと行くから」

「そ、そう?」

「あのさ、そうやって無理ばっかして風邪でも引いたら看病してあげないからね。ただでさえ忙しいんだから、もうちょっと自分のこと考えてよ」

「……は、はい。じゃあ代わりに洗濯物しようかな! 今日はリナさんがきてくれたからまだしてないよね?」

「も、もー! それは私の仕事だって! お兄ちゃんは自分こと優先してって」

「これがやりたいことなんだって!」

「うるさい!」

『お礼が言えた!』と思ったら、これなのだ。

 納得してもらったと思えば、別のことで助けようとしてくれるのだ。


 家族なら当たり前のことで、深く考えなくてもいいことなのかもしれないが、たくさんの恩があるだけに、どうしても我慢できない柚乃だった。


 そして、この手の心情を理解していた者は——。

「にひひ、マジでいい人だったよ」

「え、え!? リ、リリリリナさんどうして知っとうと!? 鬼ちゃんの名前……!!」

 帰路で立ち止まり、とある人物と電話中だった。

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