第47話 春斗の部屋①
三人で夕食を食べ終えたその後のこと。
「お! いいパソコンにいいマウス使ってるねえ。あ、マイクも有名なメーカーじゃん!」
「ありがとうございます。今は配信ブームなので、こうしたところの性能を保証することで、少し贔屓目に見てもらえるんじゃないかと考えてまして」
「ほーう」
掃除という名の——煽りの台本を上手に隠し、配信部屋にリナを案内していた。
「それあたしは正しいと思うよ。パソコンがフリーズするだけで配信冷めちゃうし、大手所属の高性能マイクに耳が慣れてる視聴者だから、音質が悪いだけで切られる場合もあるしね〜」
「そう言ってもらえるとお金をかけてよかったなって思えます。自分の場合は声だけの配信スタイルなので、特にマイクにはこだわりまして」
春斗もリナも、配信の市場を分析してチャンネル登録者を伸ばした一人。
この手の考えは似ていると言える。
「まあ、配信に関係ない机とか椅子にこだわってないのはお兄さんらしいけどさ。ここの数万円は柚乃ちゃんの学費に回してるんでしょ?」
「……あはは、ご想像にお任せします」
「そっかそっか」
苦笑いを浮かべて言葉を濁したため、すぐに察するリナだった。
そもそもこだわっている箇所が顕著なのだ。どんな上手な言い訳を展開できたとしても、状況的には苦しかっただろう。
「でも……これはお節介なんだけど、長く配信業続けるなら椅子はこだわった方がいいよ? なんならあたしのオススメをプレゼントするし」
「いえいえ、本当にお気持ちだけで……! そんなことしたらゆーに殴られちゃうので」
「甘えてくれてもいいのにー。殴られたとしても柚乃ちゃんのことだから痛くしないじゃん?」
「そ、それを認めさせて自分の分が悪くなるように誘導してません?」
「そりゃしてないわけないよね」
「ゆ、油断も隙もないんですから」
「にひひ、見た目の割りにね?」
本音は『お言葉に甘えたくもある』が、リナは柚乃の恩人なのだ。
ここは丁重にお断りするところで、春斗にとっては椅子の優先順位はそこまで高いものではないのだ。
「でも、珍しいよね。配信者がこんな感じの椅子使ってるって」
「えっと、この界隈じゃまだ自分は若い方ですから、腰が痛くなるようなことも今のところはないといいますか」
「あ、そういえばお兄さんって今何歳なの? 見た目的に20代前半だよね?」
「一応20歳になります」
「……は? あ、あたしの2個下!? めっちゃくちゃ若いじゃん!!」
「リナさんとそう変わらないですよ。って、22歳でチャンネル登録者数が70万人って本当考えられないです」
分析をしてできる限りのキャラを作り、一年を使ってやっと10万人。放送事故というイレギュラーがあってやっと20万人。
それが今の春斗である。
その三倍以上の数字を持つというのは、想像できることではない。
「ありがと。んまあ、この年にしては自慢の数字ではあるんだけど……最近、バケモノ級の勢い叩き出してるABEX配信者が出てきたから、気を抜いてる暇はないね」
「え?」
「ABEXを配信してるならお兄さんも聞いたことあるでしょ? シスコンの鬼ちゃんって名前で煽り系やってる人」
「ッ……! あ、ああ……。確かにその……聞いたことはあります……」
リナの口から出るこの名前。
放送事故から生まれた『シスコンの鬼ちゃん』ではなく、元々謳っている『煽り系の鬼ちゃん』と訂正したいところだが、スルーする春斗である。
『同業者なんだから正体を明かしても』
という意見も出るだろうが、生活の生命線であるバイト先を知られてしまっているのだ。
ここは慎重になるべきところ。
「なんていうか、知っていることには知っているんですけど……リナさんと比べるようなレベルにはないですよ絶対。評判だって悪いですし、敵だって多いですし、自分も嫌いです」
「あら、ヤケに鬼ちゃんのこと下げて言うねえ? 優しいお兄さんなのに」
「そ、そそそそれはそれはその……登録者数とか評判とか実際に違いますからね!? 放送事故の件が飽きられるのは間違いないので、勢いももう収まるというのが自分の分析です!」
事実を言っている。“元々分析していたこと”で説明に筋も通っている。
納得してもらえるに決まっている。
そんな思いで安堵する春斗だが、早とちりだったとわからされるのは——すぐのことだった。
「ふふ。柚乃ちゃんが言ってた通り、抜けてるとこあるねえ、お兄さんって(まさか探ってた意味がなくなるほどだとは思わなかったけど)」
「なっ、なんのこと……です?」
「この部屋のお片付けしたなら、やっぱりアレは隠すようにしないとじゃない?」
「……ぁ゛」
白い歯を見せながらリナが指差したのは、棚に飾られている記念品。
——チャンネル登録者数が10万人以上で得ることができる銀の盾。チャンネル名が刻まれているその盾だった。
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