第23話 涼羽とご機嫌春斗
「あ、あの、春斗お兄さん……?」
「ッ!?」
突然の呼びかけを聞き、見上げるように
「あ、え、えっと涼羽ちゃん……お久しぶり」
「お久しぶりです。あの、お床に倒れてましたけど、大丈夫ですか……?」
「あ、ああー。大丈夫大丈夫。そ、それに俺はなにも見てないからね」
「なにも見ていない、ですか?」
ちんまり立ったまま、綺麗な目を大きくして首を右に傾ける涼羽。なんのことだかわかっていない彼女を見て、捲し立てる春斗である。
「あっ、気にしないで大丈夫。ちょっとその、変だけど独り言みたいな感じだから」
「そ、そうなんですね……?」
イモムシのような体勢になっていたことについての弁明をしようと考えていた春斗だったが、それ以上に弁明しないといけないことがあったのだ。
彼女がミニスカートを履いていたこと。そんな涼羽に対し、床の位置から見上げてしまったことで、あるものが見えてしまったのだ。
傷のない太ももの上に履かれた黒の下着を。
普通ならば視線で気づいてもおかしくない。いや、冷静な涼羽なら気づいていただろう。
だが、春斗と対面で緊張している彼女にそんな余裕はなかったのだ。
「……あっ、わざわざ挨拶に来てくれてありがとね、涼羽ちゃん。最近はカフェに来てなかったから、なおのこと挨拶しておきたくて」
一難が去ったことで、本題という名の誤魔化しを入れる。
「それはその、テスト期間中に入っていたものですから……。春斗お兄さんに会いたくなかったわけは……」
「あっ、テスト期間だったの!? ゆーってばそんな情報はなにも教えてくれなくってさ。恐らく俺が家事をするって言い出すからなんだろうけど……。あはは」
「柚乃ちゃんらしいですね」
「本当にそう思うよ。少しはお兄ちゃんを頼ってくれていいのに」
「ふふ、わたしの方から言っておきましょうか?」
「そう? じゃあせっかくだからお願いしようかな」
「ふふ、わかりました」
毛先まで整った銀の髪と耳にかけ、宝石のような青の
高校生には珍しい落ち着きと、綺麗な容姿を持つ涼羽を相手に、春斗は配信で得たスキルを生かして会話をリードしていく。
「それで、どう? テストは大丈夫そう?」
「はい。なんとかクラスで5番内には入ることができそうです」
「おおっ! マジか。毎度のこと本当凄いね!」
春斗は知らない。
涼羽が一生懸命勉強を頑張っている一番の理由は、進路を有利にさせるためではないことを。
「これからもその調子で頑張ってね。いつも応援してるから。あとはなにか困ったことがあればいつでも相談に乗るからね」
「は、はい……。本当にありがとうございます」
モジモジなってしまいそうな体を必死に抑える。
春斗からこのようなエールをもらえるだけではなく、たくさん褒めてもらえるからこそ、一生懸命頑張れるのだ。
「それにしてもさ……? 涼羽ちゃん。何日も見ない間にめっちゃ可愛くなったね? 目が合った時、本当ビックリしたよ」
「っ」
「ここだけの話、彼氏さんできた? お兄さん内緒にするから教えてくれてもいいよっ?」
軽い口調で投げかける。
当然興味があっての質問だが、彼氏ができたのなら少し接し方を変えなければ……と考えがあっての質問でもある。
中高生の恋愛は得にデリケートなもの。
自分のせいでトラブルを作るわけにはいかない。そんな思いを隠してトコトコと足を進めて距離を縮めていく。
「そ、そんなことないですよ。今まで通りです」
「照れ隠しじゃなくて?」
「はい。そのような方はまだ」
両手をパーの形に、そこから手を振って否定する。当然、ここで誤解されるわけにいかないのだ。
「そっか。彼氏ができると可愛くなるって噂を聞くから、てっきりそうなんだと思って。あ、今日のファッションも涼羽ちゃんに似合ってるから、なおさらそう感じるのかなぁ」
「……」
惜しいところを突いている。
『女の子は恋をすると可愛くなる』
今回の正解はこれである。
「あ、あの……春斗お兄さんの方はどうなんですか? その、彼女さんは……」
「俺!? 俺は聞かなくてもわかるでしょー?」
「できて……いません?」
「正解」
気持ちのいい返事で答える春斗だが、それだけで不安が振り払えるわけではない。
「それこそ、照れ隠しだったり……」
「あはは、俺は堂々とするよ。その方が彼女さんも悲しまないと思うし、喜ぶと思うんだけど……実際のところどうなの?」
「えっ……」
「なんかごめん。その辺のこと疎くて」
「わ、わたしも疎いですよ……? 疎いですけど——」
ここで考えるのは、もちろん 春斗がどのような行動を取ってくれるのが一番嬉しいのか。
頬を薄っすらと赤らめて、涼羽は答えるのだ。
「個人的には、アピールしてくれた方が嬉しいです……」
「お! じゃあその通りにするよ。なんて調子のいいこと言って彼女できないかもだけど」
「も、もし身近にいたらどうします? 春斗お兄さんのことが好きな人……」
「あはは、俺なんかを好きになるような女の人は少ないと思うしなぁ。『火事を起こすかもしれない』って理由で、キッチンは出禁になってるくらいだし」
「…………」
『もし』の前提すら破壊する春斗の言い分。謙遜もなく、本気で答えた内容。
これが、恋バナの最後だった。
∮ ∮ ∮ ∮
そうして、さらに10分ほどのやり取りを終え。
「じゃあ、これからもゆーのことよろしくね。涼羽ちゃん」
「もちろんです。それでは春斗お兄さん、わたしはこれで失礼します」
「はーい。ごゆっくりどうぞ」
「……あ、すみません。一つ言い忘れていました」
「ん?」
「柚乃ちゃんから春斗お兄さんにメールが届いていると思うので、確認をお願いします」
「ああ、わかった」
廊下まで涼羽を見送り、柚乃の部屋に入ったところで早速確認に入る。
打ち合わせをしていたのか、スマホには本当にメールが入っていた。
その内容は、春斗が予想していなかったもの。
『お兄ちゃんごめんなさい。さっきは言いすぎました。信じてくれないかもだけど、お兄ちゃんのこと悪い風に思ったことは一度もないからね。いつも私のために頑張ってくれてありがとう』
——先ほどの謝罪。メールであるものの、気持ちがこもっていることは春斗には十分伝わっていた。
沸々と湧き上がるのは、嬉しさである。
「ほっほっほ、今日は動画編集頑張っちゃおっかなあ〜」
ルンルンとご機嫌な音符を撒き散らしながら、単純すぎる春斗はゲーム部屋に移動するのだ。
『おいお前ら、俺嫌われてるわけじゃなかったわ!! 煽ってきたやつざまみろ!!』
それだけではない。
喜びすぎて、はしゃぎすぎたその内容。微笑ましくなる内容を『第二の鬼ちゃん』の鍵アカウントで投稿したその男は——。
「あっ」
なんて思い出しの声をあげ、今日のために買ってきた差し入れのお菓子を用意するのだった。
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