八十八=

蓮宗

第1話

八十八、八自体が末広がりでおめでたいが、さらに重なりめでたいなんてもんじゃない。さらには、上の八をひっくり返せば米に見えることから、米寿というそうだ。米、稲穂にかけて金色がテーマカラーとめでたさのオンパレード。米寿を祝う会場は、金色がベースになりつつも流石にセンスがいいのだろう、シックに落ち着いた印象だ。


さて、本日そんなめでたさの中にいるのが私こと、熊谷正嗣くまがいまさつぐ(88)だ。先程よりめでたいめでたいと連呼しているが、「目出度い」「芽出たい」は当て字である。そもそもが「づ+いたし」が変化したもので、「愛でる以外ないほどに素晴らしい」=「愛でる以外有り得ないだろう!?」というところだ。この「有り得ない」もなかなか独特な表現だと思う。そのようなものが存在するはずがない、そんなことがあってたまるかという感情までもこもった言葉だ。そうなると、スピーチの合間合間に聞こえる「めでたい」にも親近感が湧いてくる。


このように頭の中で色々考えていながら、手元には割り箸が入っていた箸袋。我ながら皺が深く刻まれた無骨な手だとつくづく思う。慣れた手つきでちまちまと小さな紙袋を折って広げれば現れたのはうさぎ。ともすれば錆び付いてしまうぞと友人から笑われる表情筋だが、手元に現れた小さなうさぎに自然と口角が上がる。うさぎを眺めていて何かに気付いたような、もやもやとした、歯に挟まったトウモロコシの皮がなんとしても外れない時のようなもどかしさ。グラスに注がれた烏龍茶を口にし、「八十八歳おめでとう」と達筆な垂れ幕を眺めた。八十八…八十八…じっと眺めていて気がついた。ロップイヤーのうさぎになるんじゃないか?ほら、八が耳、十が鼻と口、もうひとつの八で…、や、米寿の向きでいくなら立ち耳、稲穂の金色をかけるならライオンドワーフ…手のひらにある箸袋のうさぎの耳を立てたり伏せたりしてひとしきり悩んで諦めた。隣の友人の箸袋を強奪し、こちらを垂れ耳のうさぎにして満足げに眺めた。そう、私は隠しもしないが大のうさぎ好きだ。


米寿の祝いの間、友人たちの箸袋を全てうさぎにし終えた後、米寿改め、兎寿でいいんじゃないだろうかと大真面目に友人に提案し、大いに呆れられたのが解せない。

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八十八= 蓮宗 @renren_1010

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