(9)

 この通りと……今は火山灰の下になってる本物の東京は神田神保町とは、それほど似ているようには思えなかった。

 神保町に有った出版社の内、潰れなかった会社の多くは「本土」の政令指定都市に移転し……かつての神保町に有った出版社の看板は無い。

 ただ、本屋・古本屋・飲食店の看板には、覚えが有るものが少なくない。

 経営母体も同じで、飲食店であれば味も同じかは……何とも言えないが。

 この「東京の千代田区」の名を騙る人工島に連れて来られた俺は、逃げ出そうとした所をあっさり捕まり、神保町の名を騙る区画に移動する事になった。

 そして、朝一〇時になると、元弟子の吾朗の監視の元、床屋に行かされ、続いて、洋服屋で背広を作る事になり……あとは、靴に袖口をカフスボタンで止めるタイプのYシャツにネクタイにカジュアルな服を何着かとスーツケースを購入。

 と言っても、金は「自警団」持ちだが……。

「師匠、そう言えば、日本語以外でしゃべれる言葉って……」

「有る訳ねえだろ」

「じゃあ……そうですね。『九段』内では、師匠は、どっかの地方議員って『設定』にして下さい。俺は、その秘書で、もう1人がボディガード」

「はぁ?」

「『九段』は、今、外国の金持ち向けの歓楽街なんですよ。『従業員や出入り業者や関係者でもないのに日本語しかしゃべれない奴』は逆に目立つんで」

「いや、ちょっと待て。『九段』を仕切ってんのは……右翼系の呪術結社じゃなかったか?」

「ええ、その『右翼系の呪術結社』が、金儲けの為に、賭場に下世話な見世物に……あと『本土』や外国じゃ出来ないヤバい『遊び』を提供してんですよ」

「どうなってんだ、おい?」

 今、昼飯を食ってるのは、かつての神保町に有ったのと同じ名前のカレー屋。

 値段は、かつてより高価たかくなってる……気がする。

 要は、昨日までの俺の昼飯一食分の値段の2・5〜3倍って事だ。

 メニューの内容は……記憶とあまり違わない。カレーとジャガイモが別に出て来たり、ライスにチーズが混ざってるのも同じ。

 味は……違いが有るのか、正直、良く判らない。

「ま、行けば判りますよ。で、偽の『靖国神社』内の……これまた偽の遊就館の地下倉庫に有るらしい天台密教系の呪具を2つ盗み出すのが、今回の仕事です」

「何で、神社に密教系の呪具が有る?」

「実は、可能ならやって欲しい追加の仕事も有ってね……」

「はっ?」

「『九段』を仕切ってる『英霊顕彰会』は、何故か、最近になって次々と色んな流派の『魔法使い』『呪術者』が持ってる『呪具』を強奪し始めたんですよ。それも、NEO TOKYOだけじゃなくて『本土』に台湾や韓国や香港や中国からも……」

「お……おい……一歩間違えれば、それ……」

「幸か不幸か、『日本政府』が、いつ再建されるか判んない状態だから、外交問題にならずに済んでますが……あくまで噂ですけど、台湾先住民族系の呪術師や『本土』の当山派真言宗系修験道の連中が『英霊顕彰会』に報復を企ててるなんて話もね……」

「俺、マジでどんだけヤバい事に巻き込まれたんだ?」

「本格的にヤバい事態になる前に必要なモノを奪い返したいんですよ……。そして、可能なら……何故、『英霊顕彰会』が、そんな真似をしてるかも突き止めたいんですよ」

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