(5)

 約一〇年前の富士の噴火で大量発生した通称「関東難民」。

 正確には、甲信と中部に住んでいた連中もかなり混ってはいるが、その呼び名が定着してしまった以上、今更、とやかく言っても仕方ない。

 その中の極一部は無法地帯ノーマンズランドと化した被災地に残り、俺のように通称「本土」で仕事や住居を得た者も居たが残り全部ではなく……そして、その更に残りを収容すべく、4つの人工島「NEO TOKYO」が作られ、更に2つが建造中だった。

 よくよく考えれば、NEO TOKYOに住んでいる連中の内、富士の噴火前に「本物の東京」に居たのは、あくまで極一部なのに、いつしか東京の名を騙る人工島は今は廃墟と化した「本物の東京」を模したモノになっていった。

 唐津と壱岐の間に有るSite01には、神保町の古本屋街や秋葉原の電器屋街・オタク街を模した通りが生まれ、右翼系呪術結社が靖國神社を自称「再建」し、半ば独立国と化した大阪府が、これまた自称「再建」したもう1つの自称「靖國神社」と本家争いを繰り広げている。

 そして、いつしかSite01は「千代田区」と呼ばれるようになった。

 同じように、広島沖のSite02は新宿近辺を、Site02西は渋谷近辺を模した建物・町並み・文化が生まれ「渋谷・新宿区」を名乗り……仙台沖のSite03は池袋近辺を思わせる風景になり「豊島区」を名乗り、壱岐と対馬の間のSite04には、浅草の雷門や上野の寛永寺やアメ横が再建(一応)され「台東区」と呼ばれるようになった。

 ただし、「千代田区」や「台東区」は特にその傾向が顕著だが、わざと観光で稼ぐつもりが有るのか、再建と言っても「日本を良く知らない外国人」がイメージするポップだが珍妙な「東京」に合せて町並みを設計しているようで、新しい浅草の雷門であれば、本物より遥かにデカい代物になっている。

 俺が乗せられたフェリーの甲板から見えてきたのは、最初に作られた「偽物の東京」である千代田区Site01だ。

「今、千代田区がどうなってるかは御存知ですか?」

「4つ地区が有って、警察がマトモに機能してるのは『有楽町』地区だけ。次に治安がいいのは……偽物の靖國神社を作った右翼団体が『自警団』をやってる……えっと『九段』だったっけ?」

「そうですね。『有楽町』を除く3地区は『自警団』によって治安が保たれてます。『九段』の『英霊顕彰会』は……4つの東京の合わせて十以上の『自警団』の中で『2位以下に大差を付けた最強』。幹部クラスは神道系の『死霊使い』ですが、金にあかせて色んな連中を雇ってます。戦闘要員と後方支援要員を合わせると千人以上の大所帯ですよ」

「2位は?」

「人数からすると、渋谷・新宿区の『原宿Heads』か『四谷百人組』でしょうが……」

「何か有るのか?」

「実力からすると、台東区は浅草の『二十八部衆』でしょうね。戦闘要員の定員は名前の通り二十八人で、ずっと定員割れのままですが……全員が他の『自警団』の基準からすると『超エース級の中の更に超エース級』。人数と経済力なら最大最強の『英霊顕彰会』でも、1対1でマトモな戦いが出来る奴は……十人居れば御の字って話です」

「その『自警団』ってのは、本土の『御当地ヒーロー』『正義の味方』とは違うのか?」

「逆に俺達は本土の『御当地ヒーロー』『正義の味方』の事を良く知らないんで……」

「ああ……そう言や、あいつらは身元や組織の内情を隠してるらしいしな……」

「で、話を戻しますが、千代田区Site01の残り2つの地区の内、一番治安が悪いのが『秋葉原』。自警団は『サラマンダーズ』。富士の噴火の時に何人もの人間の命を救った『英雄』が作ったNEO TOKYO最初の『自警団』ですが……あれ?」

 一瞬だけ、動悸が激しくなり……呼吸が荒くなった。

 軽いパニック障害だ。

 「魔法使い」としての基礎訓練の中で、自分の心身をある程度コントロールする技法を身に付けさせられるので、合法・違法を問わず薬無しで症状を押さえる事が出来てる。

「大丈夫だ……」

「は……はぁ……」

 あの時……「魔法」が無力だったんじゃない。

 俺と同じ「魔法使い」の中にも……何か他の手段を持っていた奴らの中にも……生きる為にもがき、誰かを助ける為に足掻いた連中はいくらでも居る。

 無力だったのは……俺だ。いや……自分で自分を無力だと思い込んでしまったせいで、自分の望み通り無力でみじめな人間になってしまったんだ。

「でも、その『英雄』が死んでしまった後は……内紛で組織が弱体化しましてね……」

「死んだ?」

 そう言えば聞いた事が有る。

 旧政府も地方自治体も崩壊した中……被害が最も大きかった静岡で、救助活動の先頭に立った男の事を……。

 あいつか……たしか名前は……。

 おい……英雄に祭り上げられるような奴が死んで……何で、俺みたいな駄目中年がのうのうと生きながらえ……いかん……再び呼吸を整え、自分の心を落ち着け……。

「他の『自警団』とのつまらない抗争を治める為に、『自警団』のトップ同士が1対1の『決闘』をする事になりましてね……」

「その決闘の相手が殺したのか? 誰だ?」

「ウチの親分ですよ」

「えっ?」

「残る1つの地区『神保町』の自警団『薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ』の総帥・7=4被免達人アデプタス・イグセンプタス……魔導師名『エメラルドの永劫アイオーン』ですよ」

 待て……あの女……のか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る