織り成す恋愛(仮)
@hinataakane
1日目
カーテンを開けた時に空が綺麗だったので、今日は学校に行こうと思った。
昼顔夏樹は不登校である。仮令彼が素知らぬ顔で登校したとしていても、それは月にだとか年に数回の出来事であって、あくまでも夏樹は不登校である。
夏樹が通う高校____太陽だか月だか、彼は通わぬうちにいつの間にやら忘れてしまっていた。いや、覚えている者の方が少ないんじゃないだろうか。
そんな思いを抱えて、夏樹は一応その高校に在籍している。
夏樹は俗に言う不登校者と同じように勉強をしていない。テストの点と、後どのくらい授業に出ればいいのかをきちんと計算した上で、それをこなすことなく不登校生活を満喫している。
テストの点なんて彼にかかれば簡単なことであるのに夏樹はそれをこなそうとはしない。
だから留年しそうであるが、彼は全く後悔していない。
なんだったら退学でもいいくらいだ。
俺にとって学校ってのはただの仕組みだよ。
彼は訊ねられるとそう答える。
彼はパジャマから学校指定の制服に着替え、鏡越しに自分の姿を見る。
インターネット上で知り合った人に言わせれば整った容姿らしいが、17年間この容姿で過ごしていれば、その感覚なんてなくなってしまう。
仲間に言わせると二重アゴでないだけで違うらしい。
そんなもので整っているなんて言われる世の中なんてくだらない。
そんなこと言ったら、リアルでの夏樹の交友関係の中のほとんどが整った容姿をしていることになってしまう。
アイツらが不細工でないことは認めるけれど、整っていると言われるとなにか違う。
夏樹の内心なんてそんなもんである。
家を出て高校へ向かう。高校へ向かう道も平坦で遊びがいがない。それはよくない。
よくある急な坂だとか、可愛い幼馴染が居たりしたらなにか違ったのだろうが、残念なことに居るのは自分より背の高い可愛くない幼馴染である。
後ろからつつかれて振り返ったら可愛い幼馴染、なんてこともあったらもっと楽しめるのに。
夏樹は女好きである、基本的に。
その時であった。
「おい」
つん、と背中につつかれる感触。もしや、と夏樹は後ろを振り返る。
「…選ばれたのは、秋那でした」
秋那が立っていた。
秋那、というのは夕闇秋那という夏樹の友人である。
秋那は夏樹の知る限り最も背が高い友人であり、180ちょっとある。
若干垂れている目に嵌められたライトグリーンの瞳をスクエア型の眼鏡で隠している。癖の無く、知的に見える髪の毛は毎朝セットされている。
その彼は不機嫌そうに口を曲げていた。
「おはよう、秋那」
「今日は学校来たんだな、夏樹」
「俺偉いんで」
「登校日数とかも計算した上で不登校な奴が言うな」
「相変わらず尖ってんなぁ」
「別に普通だろ」
「そしてツンデレ、ご苦労なこった」
「は?」
からかい交じりに夏樹が言い、秋那がそれに反応する。
「分かりづらいやつは苦手なんだからな、春斗は」
「…っ、春斗は関係ないだろ」
「関係大アリだろ?バカは嫌いなのに春斗は好きな秋那く〜ん」
小馬鹿にしたように夏樹が言うと、秋那はぐ、と拳を握りしめ夏樹の頭を叩いた。
「いってえ、なんだよ図星か?」
「違ぇし、いや、なんで知ってんだよっ?!」
「あ?そんなのバレバレだからに決まってんだろ」
「嘘だろ?!隠し通してたつもりだったのに」
「でもまぁ、基本俺以外のやつにはバレてないから安心してよ」
「安心できるかっ!」
実際本人にも秋那を好きな奴にもバレてないから、隠し通してるとは言えるだろう。
相手が夏樹だったのが災難だった。
夏樹はかつて優秀だったので、人を見る目がある。その目を持ってすれば誰が誰を好きだなんて丸わかりなのだ。
にしても分かりやす過ぎる気もするが。
コイツは高校生にもなって好きな奴に対して素直なアプローチをできず、わざと悪戯する小学生男子のような恋愛をしている。
恋愛偏差値小学生なのである、一応モテていたはずなのに。
「いやさ、俺あんまり性別とか気にしないんだけども。お前って馬鹿は嫌いなんじゃなかったか?」
「今でも嫌いだが」
「胸を張って言うんじゃないよ」
頭がいい故に会話が成立しづらい馬鹿は嫌いらしい。
「じゃ、なんで春斗は好きなの?」
「は、春斗は…良い奴だし」
「アイツは確かに善い奴だけど、その優しさは基本的に平等で均等なんだよ」
「知ってる、けど…期待したくなってしまうんだよ」
「春斗が春斗である以上そういうのは期待できないと思うけどね」
「いつか、を期待するんだよ。だからな」
へにゃ、と笑った秋那。
おや、と夏樹は思う。
思ったよりこの秋那という人間は可愛いのかもしれない。それは、惚れる人がでるのも頷くくらいには。
自分より背が高いのに自分より萌属性が高いらしい。
「ふーん、じゃ、頑張って」
「そこはもうちょっと何かないか?!」
「なぁに、応援でもしてほしいの?幼馴染である俺に激励してもらえば春斗に惚れて貰えるって?」
「…そ、そんなんじゃねぇし…」
「無理だよ。俺に言われてバフがかかったとしても、それでもお前が春斗と両思いになるのは____難しい」
「…っ」
泣きそうになる秋那。夏樹はペラペラと回していた口を止める。
「…あー、嘘!何度も言ってやるからさ、嘘だって!ごめんな!」
「…へ、別に傷ついてなんかねーし…っ!」
「泣きそうになってるのに嘘つくなよ…プライドの高さもここまでくると病的だな」
「うるせえ不登校…っ」
「あーほら、ハンカチやるから、涙拭けよ、な!」
「…汚い…っ」
「あ、この前の登校日のやつだと思ってる?ちゃんと変えてるから安心してよ」
「うるせっ…そこじゃねぇし…っ」
わぁわぁと会話を繰り広げる夏樹と秋那。
秋那は意外と泣き虫なのだ、恋愛に関しては特に。
「学校着いたから泣きやめって…な?」
「あ?泣いてなんかねぇよ」
「お前ほんと落差激しいのな…二次創作だったら風邪で泣かされるタイプだわ」
「おぞましい単語を羅列するな、一言で十分だ」
「ごめんな俺腐男子だから…」
汗、という風に手で表現する夏樹。秋那はその手を叩き、教室へと向かった。
「ん、夏樹〜!学校来たんだ!俺は今日サボろうと思った!」
「春斗お前…俺の前でよくそれが言えたな…」
「皆勤賞の秋那だ〜!おはよ!許してよ、1度ぐらいの不登校」
「俺の目が黒いうちは許さん」
「秋那の目緑色じゃん」
じゃあいいってこと?と無邪気に喜ぶのは春斗。
フルネームは朝宮春斗と言い、つり目に灰色の瞳を嵌め、目と同じ灰色の髪を整えてなど居ないことを夏樹は知っている。
夏樹の幼馴染であり秋那の意中の人でもある。因みに男であり、ほんの二センチほど夏樹より背が高い。
「んなこたねーだろ、お久〜、春斗」
「お久、夏樹!今日体育あるけど、知ってた?」
「授業変更あったのかよ…体操着とか持ってねえ…」
「誰かから借りてこようか?俺のを夏樹に貸して」
春斗は善人であり、人の輪の中心に居るタイプなので、体操着なんてその気になれば何着でも借りてくることが出来る。その輪は学年、学校を超えて都内なら大抵通じる…なんて噂が、ある程度の信憑性をもってして語られるくらいには大きい。
「いや、んなことしたら悪いし…秋那貸せよ。どうせ見学だろ?」
「俺はちゃんと受けてるし、俺の体操着はお前にはデカい」
「言ってくれるなぁ秋那君よぉ?たったの10センチだろ、変わんねぇよ」
「リーチがかなり違うだろ、借りるんだったら春斗に借りた方がいいだろ」
「春斗の輪の奴って過保護が多いからヤなんだよ…二三日はぶつくさ言われる」
「お前に似たんだろ…そしてお前が二三日後も毎日登校している筈がないからありだろ」
「それもそうだ、じゃ貸して」
「いいよ!」
そこら辺の話は聞き流したらしく(もしかしたら馬鹿すぎて分からなかったのかもしれない)、応じる春斗。
学校指定の水色の袋ごと投げて渡し、俺ほかのクラスの奴に聞いてくる!そう叫んで教室から出ていった。
「…そういう訳で悪いな、秋那くん」
「…うぜえ、夏樹」
青筋を立てる秋那。好きな人の体操着を他のやつが借りるなんて最悪だろうが、それを指摘した方が恥ずかしいのでできないのが男子高校生、秋那である。
「つかお前に関してはまずピアスと髪型の方が先だろ」
「生活指導のセンセーだって不登校に注意する程暇じゃねーよ」
「それもそうだ」
「そこは納得しないで貰えます〜?つか、体育何時間目よ?」
「確か二」
「うわ〜、早く来てよかった」
「そうだな」
シャツを脱ぎ、体操服へと着替え始めた夏樹と秋那。
「おはよう、秋那、夏樹。夏樹に関しては随分久しぶりだね」
「んお、冬雪。お久でおはよう」
「冬雪。おはよう」
その彼らに声をかけたのは冬雪。
夜川冬雪。この中だと1番身長が低く、誕生日も遅いが一番しっかりしている。
そして秋那は気付いていないが。
春斗の好きな相手でもある。
「春斗は?」
「春斗なら俺に体操着を貸してくれて、その分の体操着をせしめに行った」
「つまり夏樹の分の体操着を用意して、自分の分も用意中ってことね…分かった」
「せしめに行ったっていう言い方はどうかと思うぞ」
「実際遠からずだろ?」
「春斗が誰のおかげで借りに行ったと」
「俺〜」
「分かっていてやっているのが1番腹立つな」
確信してやっている夏樹。
夏樹は3人のことが大好きだ、ちゃんと。
「あ〜!!冬雪〜〜!!おはよ〜〜!!」
廊下側の窓越しに春斗がぶんぶんと腕を振る。冬雪はそれに合わせて腕を振り、飛びついてきた春斗を受け止めた。
「おはよ、春斗。今日も春斗はかわいいね」
「俺そんな可愛くないよ〜?」
「みんな可愛いんだよ」
「みんな?」
「うん、みんな」
「俺一人がいいな〜…ね、俺が一番可愛い?」
「春斗が思うならそうだよ」
「じゃあ、やったー!!」
無邪気に春斗が笑う。
秋那は複雑な顔でそれを見ていた。
「ふふ、ツンデレくんは分が悪いかな」
「…いっ?囁くなよ…そして、ツンデレじゃねぇ」
「嘘は良くないって」
「俺がツンデレな訳ないだろ…!」
「逆にツンデレじゃない訳もないよ」
こそこそと囁き合う二人。
春斗は冬雪からとうとう引き剥がされ、他の奴から借りたらしい体操着を夏樹に見せる。
「見ろ!!体操着だぞ!」
「よかったな」
「ヨコちゃんが貸してくれたんだ」
「ヨコちゃん…ああ、横長くんか」
「正解!それで貸一な、お前の体でもいいぜって言われた!どゆこと?」
「春斗。金輪際その男とは2人っきりで会うな」
「あ、俺もう体?いいぜっ!って言って遊ぶ約束しちゃったよ」
「断れ。今すぐに」
「なんでそんな怖いんだよぉ…っ」
ずい、と春斗に顔を近づけて言う夏樹。圧が強い夏樹に怯えて春斗は携帯を取り出す。
そして断りのための電話をし始めた。
修羅場になるか否か。
「…夏樹さぁ」
「…んだよ」
「過保護すぎんだよ…春斗が結婚する時の一番のハードルはお前なんじゃないか?」
「自分でも過保護だとは思わないの?春斗、あんな可愛いけど高校二年生だよ」
「秋那だけじゃなく冬雪にも言われると堪えるな」
「おいそれどういうことだよ」
「お前のは日頃から聞いてるから慣れてるってことだよ」
「いつもと違う風に叱って欲しいのか?」
夏樹のネクタイを根元から掴み、見下す秋那。
「そんな風にしろとは言ってないが」
「春斗が電話終えるまでの暇つぶし、付き合えよ」
「うわーっ!ここに腹黒系がいます!少女漫画出身の男だ!」
「うるせぇぞ不登校」
「今日は登校したとあれほど」
「初めて聞いた。で、何しよっか?」
「攻め様…?でも俺秋那は受け派…」
「俺も受け派かな」
「冬雪も?やっぱそうだよな!」
「おい、その受け攻めという単語…とても怖いしおぞましいんだがなんでだ」
「あれ?聞いてなかったっけ?」
「お前が言ったのは二次創作だったら風邪で泣かされるタイプだわ云々だ」
「すげぇ完コピじゃん、俺のこと大好きか?」
「嫌いじゃないけど、そこじゃない」
ぐい、とネクタイを引き上げる。夏樹の目が上を向く。
「…秋那さん?」
「……いや、なんでもない。今のお前の顔が不細工すぎて話す気失せた」
「はあ?それどういうことだよ、ってうわ」
ぱっとネクタイを離され、倒れ込む夏樹。
久しぶりの登校なのに転ぶとか…最悪なんだけど。
抵抗する術を持たない夏樹は衝撃に耐えようと目を瞑る。
ギリギリのその瞬間、夏樹はナニカに包まれる感触を感じる。暖かいそれは、人のようで。
目を開けると、春斗が居た。感覚的に、姫抱きされているらしい。
「は!春斗…!?」
「夏樹!気をつけなきゃダメだよ」
「う、んごめん…それより、え?」
「状況説明してあげようか?んとね〜」
「あ、これ長くなる感じだ」
思ってた千倍話が長かったので略し、要点だけを。
地面に触れる直前の夏樹を、春斗が姫抱きして助けた…ということらしい。
ちなみにヨコちゃんへの電話は途中で切ったらしい。
なるほど、男としての威厳は全くないようだ。
「秋那秋那」
「んだよ…怪我ねぇか?……悪かった。」
「ないよ…あと、ごめんね?」
「ぁ゛っ゛!゛?゛」
「うわ、今全部が濁点だったわ」
手を合わせてごめん、を表現する夏樹に秋那は全てが濁点の音を返す。
これも同じく好きな奴が姫抱きをしていることによる嫉妬である。
というか落とした秋那も悪いだろ。
でもここまで分かりやすくされているのに冬雪も春斗も気付く気配は全くない。
鈍感にも程がある、と夏樹は思うのだが、誰かしかが体調を崩すとなるとすぐ気がつくので得意不得意の問題なのだろう…と、思いたい。
「ん〜?秋那も抱っこするか?」
「ミ゚」
夏樹をおろし、身軽になった春斗は秋那を抱いてやろうと手を伸ばす。
秋那は意味不明な言葉を吐き出しながらも近づき、手を取った。
ところで鳴り響くチャイム。
1時間目の始まりである。春斗は握った秋那の手を離して席へと向かう。
秋那は名残惜しそうに手を見つめて、席に向かった。
二時間目、体育。
春斗の体操着を来た夏樹は、きちんと授業を受けている。
「ちゃんとやってて偉いじゃん?夏樹」
「登校したらちゃんとやるんだよ」
「草。てか四時間目テストある」
「は〜?なんの?」
「数学」
最悪、と悪態を吐く夏樹。話しかけた側である秋那はにこりと他人行儀に笑い言う。
「夏樹、後ろ」
「え?なにが…ってうわ?!」
「ォマェ…スウガク…バカに…シタ…」
数学大好き女、頃原りらである。
りらは野生のゴリラのように毛深く、目付きが悪く、力が強い。なんだか人間ではない他の動物のようにまで思えてくる。
夏樹はこの生物が苦手だ、恋愛的に好きになることはないだろうけど。
「してないしてない!誤解だよ頃原さん!!」
「ゴカイ…ソゥ…ジャ、カエル…」
カタコトの日本語を喋りながら自分の領土へのしのしと帰っていくりら。
夏樹はその後ろ姿を見つめて、相変わらずりらさんはゴリラな数学大好きだと思っていた。高一の時の同級生であり、当時の異性の中では一番話しやすかった筈なのだが。
「頃原さんって…いつ見てもキャラが立ってるよな」
「見た目からしてキャラが立ちすぎなんだよな」
「お前みたいな不登校が髪染めてイキってるから…みたいな理由じゃないぞ」
「不登校ネタ擦るじゃん」
「面白いからな」
「俺は面白くないんだが…」
「じゃ、やめる?」
「んー…そう言われると悩みどころ」
「じゃ、即決するようになったら教えてよ」
「おうよ」
ハイタッチをする夏樹と秋那。
なんだかんだこの二人は相性がいいのだ。
「………夏樹」
「ん?どうしたよ神妙に」
「夏樹はさ、好きな奴が、他の奴を好きだったらどうする?」
「…なるほどね」
今までに聞いたどの声よりも緊張したように秋那が言う。夏樹は秋那が見つめている方を向いて、頷いた。
目線の先には春斗と冬雪が居た。
二人でにこにこ笑いあっていた。春斗が冬雪に飛びつけば、冬雪はそれを受け止めて抱きしめる。
冬雪が手を伸ばせば春斗はそこに飛び込む。
授業をしながら、そこまでイチャついている二人を夏樹と秋那は見つめていた。
「夏樹…春斗ってさ、冬雪が、すき…なのか?」
「泣きそうに言うなよ…」
「教えてくれよ、なぁ…春斗は、ふゆきが、ふゆきが好きなのか?ふゆきなのか?」
嗚咽を漏らしながら秋那は言う。
風が吹き、秋那の涙を飛ばしたのだろう、ポタ、と地面に吸い込まれた水滴を夏樹は見た。
周りのざわめきなど聞こえず、春斗と冬雪しか目に入らない秋那。
夏樹はその横顔に見蕩れていた。
嗚呼、美しいと思った。
隣でなく、見上げないと見ることは出来ないけれど、美しい。
ライトグリーンの瞳を潤ませ、ぐっと噛み締めた唇や、顰められた眉、先程まで握りしめられていた手は、だらんと垂れている。
木の下にいる為木の葉の影に揺れている。光と影の境界が曖昧である。
「……きれいだ」
「あ?誰が?なにが?」
「こんなに綺麗なのに、駄目なんだな」
春斗は。
人名の部分は口パクであったのに伝わったのだろう、秋那は喉を鳴らして唾を飲み込み、夏樹の手を掴んだ。
「秋那?」
「…ちょっと、来いよ」
先生も注目していないし、片想いが確定した今の秋那に冷たくするのもどうかと思い、夏樹は引きずられるままに足を運ぶ。
秋那が足を止めたのは、先生から視認することはできない、大木の裏側だった。
校庭には大木があるのだ、そういや先程まで秋那を美麗に演出していた木の葉達もこの大木のものだったな、と夏樹は今更ながら思い出した。
木に寄りかかる形で座り込む秋那。夏樹も手を下げられて座り込む。
「…夏樹」
「おう」
「俺は、今…失恋が、確定…したんだな…?」
「…」
「春斗は冬雪が好きなんだろ?知ってるよ。気づいたんだから」
「秋那、その。あんまり気にすんな」
「ばーか。失恋で泣きそうな友人にかける言葉がそれかよ」
「悪い…まさか気づくと思ってなかった」
「どういうことだよ」
「いや、そのままの意味で」
「…俺、そんなに鈍かった?」
「おう」
俺はずっと前から気づいてたしな。
夏樹は葉を見上げる。
秋那は夏樹の横顔をぼーっと見ていた。
「…春斗はさ、幸せになるべきだと思うんだ」
「なに、急に。実は過去悲惨でしたアピールでもすんの?」
「いや、そういうんじゃなく。普通に、幸せになるべき善人だと思うんだよ」
「…善人の基準とは?」
「優しくて、愛されてる人」
「そんな人沢山いるじゃん」
「善人だから、沢山いていいんだよ」
秋那は夏樹から目を逸らし、下を見つめながらぽつりぽつりと話しはじめる。夏樹は上を見上げたまま、秋那の言葉に耳を傾ける。
「それで?春斗が善人で幸せになることとどう結び付けんの?」
「俺といるより、冬雪といられるほうが春斗にとって幸せなのなら、俺は…春斗と距離をとろうと思う」
「なんでそうなるんだよ」
「近くにいると憎みそうだし、俺は春斗に苦手意識をもたれてる」
「自分を選んでくれなくって泣きそう?だから相手である春斗を憎むの?それに、苦手意識をもたれてるって思うのに、今まで離れなかったのは何故?」
「それは、俺のエゴだ…!離れたくなかった、側にいたかった!」
「じゃ、いればいいんじゃないか?」
「…無理だ」
「あくまで自分本位なの、バレてるよ。それに、今更離れようとしないでくれる?なんだかんだ秋那のこと好きなんだよ、春斗も」
「まさか」
肩を竦めて秋那が笑うのを夏樹は気配で感じる。
夏樹の目に映る空は青く澄んでいる、緑の葉と青い空のコントラストは素晴らしく、そしてこの話には似合わない。
「好きでもないやつを抱こうとするかよ」
「…でも、苦手からスタートだったのは事実だ」
「そうだな」
「認めちゃうのかよ」
「実際そうだし、今のお前拗れてるからな」
「…冬雪は、誰が好きなんだろうな」
秋那がそう呟き、夏樹は沈黙する。
春斗は自分が冬雪を好きであることに無自覚的であるし、冬雪が秋那を好きなことなど絶対に気づかない。そして、秋那自身も、決して気づかないだろう。
夏樹だけが、知っている。
秋那がふと目線を上げ、夏樹を見る。
つり目に嵌められたライムイエローの瞳は、焦点をぼかして何かを夢想していた。
普段の鋭さなど感じさせないその目に秋那は見蕩れる。
夏樹の顔は、木の葉の影で暗くなっている。風で揺れる度に夏樹の肌の色も変わるが、伸ばされた首の色は白いまま変わらない。
気づいたら、キスをしていた。
夏樹の肌をこれ以上暗く染めないように覆いかぶさって。
夏樹のことを抱きしめながら、唇に触れていた。夏樹は抵抗せず、受け止めていた。
秋那が離れると、夏樹は秋那を、そのライムイエローの瞳を細めて見た。
「なぁに?どうしちゃったの童貞くん」
「わからん…でも、気にしないでくれ」
「おれはそう言われたら納得できるタイプだからいいけど他の奴にはやんなよ、誤解されるから」
「当たり前だ」
キスをしたのに、お互いに胸の高まりなど何も感じなかった。
ただ、肩を組むのと同じような感覚でキスをしてしまった。
「混乱してんだよ、落ち着きな」
夏樹の手が秋那の頭に触れる。
普段はゲームばかりしているその手は細く長く白い。
大人しく撫でられていると、チャイムが鳴った。二限目終了である。
動きたくなくて動かないでいると、夏樹も動かなかった。止めるタイミングを見失い撫でられ続けていると、そこで呼ぶ声が聞こえた。
「夏樹〜!秋那〜!」
「春斗」
夏樹が手を止めずに呟く。
秋那は大木から背を離し、立ち上がった。
そして夏樹に手を差し出し笑う。
「俺は、諦めないことにしてみる」
夏樹はライ厶イエローの瞳を少しだけ開き、笑ってから秋那の手を取った。
気がつけば昼休みだった。
夏樹は不登校なので数学のテストなんぞは何を言っているのかすら分からなかった。
2時間目終わりの秋那は目を少し腫らしていたが、春斗も冬雪も何も言わなかった。
気づかなかったのかもしれない。
「なあなあ、ご飯食べよーよ」
「おう」
春斗に誘われ屋上へ向かう。
本当は禁止されているのだが、皆やぶっている。はずだ。
「秋那と冬雪は先に行ってるって」
「俺そんな待たせてたっけ?」
「いや、冬雪が秋那を連れ出してた」
「ふーん…なぁ春斗」
「なんだ?」
屋上へ向かう道を歩きながら夏樹は尋ねる。
「冬雪のこと、好きなのか?」
「ん、好きだよ。夏樹も秋那も冬雪も。みんな好きだよ!」
「そっか」
眩しい笑顔でそう言いきった春斗に夏樹は微笑み、春斗の手を取って歩き始めた。
屋上の扉を開けると、秋那と冬雪の二人が絡み合っていた。
「____お邪魔しました」
「うわっ?!見えないよ夏樹!」
「お前は見なくていい」
「どういうことだよ〜?!」
瞬間で後ろを向き春斗の目を隠す夏樹。
春斗は見えないと騒いでいるが夏樹は反応せずドアをゆっくりと閉めようとした。
のを秋那の声が止める。
「おい、誤解だ」
「…嘘」
「いや、嘘じゃねぇから…な、冬雪」
「うん、何も無いよ」
「あっそう…春斗」
「ん〜?なんだ夏樹。もう入っていいのか?」
「いや、ちょっと向こう行ってろ」
「なんでだよ?」
「なんでもだ」
「むー…じゃ、教室にいればいい?」
「教室は遠いだろ…階段のところで遊んでなさい」
「はーいママ!」
「誰がママだ誰が」
春斗は元気に笑い手を上げる。
夏樹は少し嬉しそうに溜息をつき、そして秋那と冬雪を振り返った。
「…うーん…」
「な、なんだよ…」
唸る夏樹に驚いたのか拳を握って秋那が応戦する。
拳を握っても意味は無い。
「…まじで乳繰りあってたんじゃないの?」
「んなわけあるか!」
「いや、だって押し倒してたよね…冬雪を」
「だからって乳繰りあってるとばかりに決めつけるのをやめろ!」
「いや、あの体勢は誤解されるだろ…まぁ俺の腐ィルターの可能性もあるけどさ」
「腐ィルターだぁ?そんなもんはまとめてゴミ箱にポイ、よ」
「出来てないから俺みたいな人間がいるんすよねぇ」
「だぁ…じゃあお前からゴミ箱いっちゃう?」
「えー?さっきあんなことしたくせ…にっ?!」
さっきまで絶好調で煽っていた夏樹は言い切ることが出来なかった。
「あ、あの…ふ、冬雪さん…?」
「どうしたの?」
冬雪に壁に押し付けられたからだ。
シチュエーションから見たら俗に言う「壁ドン」というやつだけれど、しかし、夏樹の内心はトキメキなんてものではなかった。
なに?怖い。
それだけである。実際壁ドンなんて耳の横に勢いよく手が置かれるわけで、ときめいてる女たちは吊り橋効果の方が大きいと思う。
「ふ、冬夏はちがうかな〜、なんて…?」
「俺もそう思うけど」
「そうだよね、じゃあなんで壁ドンしてんのかな?教えて貰ってもいい?」
「うーん…嫉妬…かな?」
「穏やかに微笑むなよな…」
どっちに対する嫉妬だよ。
無抵抗を示すため両手を挙げた夏樹から未だ手を離さない夏樹。
時代が時代なら首にナイフが刺さっていたかもしれない。
一応平和であることに感謝した夏樹であった。
「と、とりあえず離れない?」
「うーん…まず、さっきの出来事を詳しく聞いてから、かな?」
「んー、それはちょっと…」
「いや、それは嫌だ!」
夏樹よりも激しく抵抗する秋那。
冬雪は驚いて夏樹から視線を離す。
「だってよ、冬雪クン?」
「夏樹…優勢に立てたからってここぞとばかりに煽るのはどうかと思うよ」
「いや、こういう時に煽んなくていつ煽るんだよ」
「そうだね、じゃあ俺も煽っていいかな?」
何かしらのオーラを出す冬雪。
夏樹は慌てて秋那の後ろに隠れようとする。
「ちょ、お前?情けなさすぎ…」
「そんな俺のことも好きだろ?いや冬雪怖いんだよ…」
「嫌いじゃないが…不気味なの、分かるな」
「不気味っつーか…ふとした瞬間の違和感?なんかそういう類の感じが抜けないんだよ」
「違和感だ、それだ」
小声でコソコソ言い合う夏樹と秋那。
冬雪が笑って夏樹と秋那に近づいた時だった。
「なぁ夏樹、もう来てもいいだろ!」
「春斗?」
「あ、冬雪〜!!!!!!」
痺れを切らしたらしい春斗が屋上の扉を開き、冬雪を視認すると飛びついた。
冬雪はそれをいつもの癖で受け止める。
「俺腹減っちゃった!お昼食おうよ!」
「…春斗、ありがとな」
「なにが?別にいいけど」
「いやはや、春斗が居なかったらどうなっていたことか…」
「そんなに消し炭にされたいの?」
「消し炭?えっ?」
「違和感ってこういう所から生まれると思うんだわ、俺」
「どういうことだよ…冬雪なんでそんなぶっそーなこと言ってんだ?」
「なんでもないよ、春斗」
「そうか!」
「夏樹〜、ご飯〜」
「おうよ、今準備するから待ってろ」
「…何度見ても慣れねぇわ…」
夏樹が春斗のお昼ご飯を用意してるのを見て秋那がそう声を漏らす。
「そうか?昔からやって貰ってるからな〜」
「お前の腐ィルターは反応しないのかよ」
「自分はあんまり精度高くないんで」
「雑魚め」
「煩いぞ受け」
「受けが罵倒になるのはよくないと思うんだが?!」
「気づかぬ間に秋那が単語を知っていって悲しいよ俺は…」
「人間は成長する生き物だからなんら不思議はない!」
「どっちかっていうと退化だよそれは…」
悲しい。
そんなこんな言いながらお弁当は用意されていき、手を合わせて昼飯を食べ始める。
「冬雪!その卵焼きくれない?俺のきんぴらあげる!」
「いいよ、ほらあーん」
「わむ…おいしいな!」
「春斗のきんぴらも美味しいよ」
「秋那くん俺の唐揚げ食べる?」
「おう…俺のミニトマト食うか?」
「えっ!秋那ミニトマト食べるの?」
ひょこ、と飛び出してきた春斗に驚いて秋那はつまんでいたミニトマトを飛ばす。
春斗はそれを咥えて食べてしまった。
「は?」
「落ちそうだったから食べちった!ごめんな」
「い、いや…え?良いけども」
「代わりにコレ!ブロッコリーやるから!ほら!」
「む、もごぐ…」
口からブロッコリーを飛び出させてもごもごと秋那は言う。
春斗は今度は冬雪に飛びついていた。
「ツンデレくん、良かったじゃん」
「うるせえ…」
「男のツンデレに需要はないはずなんだけどね…」
「ツンデレ?そんなのアレだろ、簡単だろ」
「じゃあやってみなよ」
夏樹は秋那に箸を向け、煽るように言う。
「うーん…べ、べつにアンタのためなんかじゃないんだからね!」
「おぉ…本家かな?」
「違ぇよ偽物だバカ」
「いやコレに本家も何もあるかと問われたら俺はどう答えるのが正解なんだろう…」
「そんなことで考え込むな、さっさと食え阿呆」
「ひどいっ!そんなことする人だと思ってなかったわ!」
「だろうな」
なんでのってくれないんだよ、と夏樹は秋那を軽く睨む。
秋那は「どうせ何言ったってお前は文句を言うだろ」と何処吹く風でご飯を口に放り込む。
ちなみにノったらノったで色々文句を言われるので秋那の選択は間違いではない。
正解がないだけ。
「じゃあのってやるからもう一回やってみろよ」
「おっし言ったな!演技派の昼顔と呼ばれたこの俺を舐めるなよ」
「舐めてないしお前は一人しかいないだろ」
「なに?夏樹舐められたの…飴ってこと?じゃあ俺も食べたい!」
「ん、何を言ってるんだ、春斗?俺は人間で飴じゃないぞ?」
「だってさっき舐めるって言ったよ」
「違う意味だ辞典読み込んでこいこのどうしようもない阿呆」
「なんでこんなに怒られなきゃいけないの?冬雪ぃ〜」
「泣かないで春斗」
「うぇ〜〜…」
冬雪の胸に飛び込み泣きだす春斗。
秋那は青筋をたてる。
「ちょっと、子供の前でそんなことやめてって言ったでしょアナタ!」
「いま…?うるせぇな!俺の言うことが聞けないって言うのか?!」
「そんなこと言ってないでしょう!子供の前ではやめてって言ってるだけよ!」
「そんなこと今までのお前なら言わなかった!どこからおかしくなっちまったんだよナツコ!」
「うるさいわねぇ!この浮気者!甲斐性なし!」
「お前が浪費家だから悪いんだろ!?浮気はしてねぇし甲斐性なしでもねぇ!この淫売!」
「ぱ、ぱぱ…まま…?」
「、春斗…?どうしてここに」
「どうしてもこうしてもないよ。学校が終わった後に幼稚園に迎えに行ってって言ったのは父さんたちでしょ?」
「ふ、冬雪…」
「春斗は可哀想だね、父さんと母さんがろくでなしのせいで、実の兄である僕に育てられるんだ」
「ふゆき!」
「大丈夫だよ、春斗…というわけで死んだ方がいいですよ、父さん、母さん」
「あ゛」
「い゛」
冬雪が指で拳銃の形を作り打つジェスチャーをする。
夏樹と秋那がダメージを受けて倒れ込むのを見て春斗が駆け寄る。
「死んじゃやだよぉ、だめだよぉ…っ!」
「は?まだ死なないけど」
「生きてるからな、安心してよ春斗」
「そうだよ、殺してないからね。誤解だよ春斗」
「死んじゃったらどうしようかって…よかったぁ」
夏樹の腹に頭を乗せて泣いているので夏樹のシャツはびしょ濡れである。
夏樹は優しく頭に手を置き撫でてやる。
十秒ほど経っただろうか。春斗は元気よく立ち上がると、冬雪に飛びついて頭を擦り寄せる。
「今日の春斗はネコみたいだね」
「ぶーっ!!」
「おい、汚いぞ。これで拭け」
「ありがとな」
夏樹は冬雪の言葉に反応してお茶を吹き出し、秋那は呆れながら夏樹にハンカチを差し出した。
「そんな面白いこと言ったか?」
「いや、腐男子にそれは反応するんだよね…」
「炙り出し…踏み絵みたいなもんか」
「多分一緒にしたら教徒の方に怒られるやつだと思う」
「あー…たしかにな」
あ、と空気を読まず冬雪は言葉を発する。
「もうすぐ昼休みが終わるや、教室に行かないと」
「次の授業何?」
「化学だよ」
「なーなー、実験するかなぁ?」
「いや、確か自習だったはずだが」
「ガーンッ!」
春斗は頭を抱えながら屋上の扉を開ける。
教室に向かって歩き出した春斗と夏樹と秋那に冬雪は、あと少しで鐘が鳴ることを知らない。
気が付けば放課後になっていた。
帰りに春斗とどこかに寄ろうか、なんて夏樹は考えていたのだが、春斗は数学の補習に引っ張られていった。
「…先帰るか」
引っ張られていく様子を見ていた秋那がそう言う。
夏樹と冬雪は頷いた。
帰り道。
冬雪が最初に別れる。
手を振ってからY字路を右に曲がって行く冬雪の姿を、夏樹と秋那は何回も見ている。
「メガネくんさぁ…」
「なんだよ不登校」
「ホントにそのネタ大好きだな」
「お前が好きだからだよ」
「…す、スパダリは帰って」
「混乱すんな、俺だぜ秋那だぜ」
「余計に混乱する」
「…やぁんっ」
色気の欠片もなく棒読みで秋那が言う。
そのワードにも夏樹は反応した。
具体的に言うと喉を鳴らしてヨダレが口から出た。
「汚ねえなオイ」
「推しに悶える姿が綺麗なわけなくない?」
「お前俺が推しなの?」
「どっちかって言うと推しカプが近い」
「おえーっ」
秋那は夏樹に背を向け吐くジェスチャーをする。
「いやでもよ秋那くんさ…春斗がやぁんって言ったら興奮するだろ?」
「は、は?全くこ、興奮なんてしてね、ねねえし」
「ヨダレでてるぞヨダレ」
「…出てねえ」
「拭ったから消えたんだろ」
「つか興奮してねえって」
「ツンデレってやっぱりある一定のライン超えると意地っ張りMAXみたいだよな」
「何言ってんだよ」
「折角のってやったのに」
うるせ、と秋那は毒づく。
のってものらなくても文句は言うが、自分がのれない波を作り出した相手には文句を言う。
夏樹はそういう男である。
ちなみに今の会話、ラストが夏樹だが毒づいたのは秋那だ。
「春斗と、付き合いたいとか思ってるわけ?体育の時にそんなこと言ってたじゃん」
「…付き合えればいいとは思っている、ずっと」
「ふーん…冬雪の方が有利だけどね」
「春斗の懐き具合を見ればわかる」
「あ、自覚してるんだ」
「流石にアレを見せられたら夢から覚める」
「夢から覚めても恋は冷めなかったんだ?」
「まだ百年も温めてねーんだよ。百年経ってからその台詞は言えるんだ」
「うわ…かっこよくなっちゃって。俺が女だったら惚れてるわ」
「男でも惚れろとまではいかないが好いてくれ」
「大分前から好いてるよ」
「あっそ…」
「なに、照れてんの?かわいいとこあるじゃん」
秋那を見上げ夏樹が笑う。
加虐的な笑い方だった。
「ていうかさ、好きなやつ相手に冷たくなるのは失策以外の何物でもないでしょ。甘えられる相手が好きなんじゃないかな、春斗は」
「…顔合わせてると恥ずかしいんだよ…」
「俺とはキスまでしたのに、意識してくれないんだ?」
湿っぽく夏樹は言う。秋那は慌てて夏樹の顔を覗こうとするが、夏樹は顔を見せようとしない。
「い、いや…そういうんじゃ…」
「安心してくれ、俺はお前をそういう目で見てない」
「おう…そうか、そりゃそうだ」
「別に見てもいいけど」
「そうなのか…バイ・セクシャル?」
「んー…あんまり性別を気にしてないから、バイ・セクシャルじゃなくてパン・セクシャルかもな」
「違いはなんかあるのか?」
「バイはあくまで男女、という性別を意識した上で両方いける、という感じで、パンは性別関係なしに、その人だから好き、が成立する感じ…だと俺は思っている」
「バイは性別を見ている、パンは性別ではなく個人を見ている…ってことか?」
「俺的にはそう。でもセクシャリティの認識は個人のものだから、他の人に聞いたらまた違う答えが出てくるんじゃないか」
タメになる会話をしだした夏樹と秋那。
これは個人の認識であって絶対に正しい訳ではないから、気になったら調べてみるのがいいだろう。
夏樹は自分のことをバイではなくパンだと思っているから、パンだと名乗っている。
聞かれない限り答えることは無いが。
「ふーん…初めて知ったわ」
「だからって何が変わるって訳でもないしな、気にしなくていいよ」
「俺が、夏樹を好きになったら両思いになる可能性は、あるんだな」
そう呟いて儚く笑った秋那に夏樹は何も返さない。
ただ、やっぱりこの人間は俺より萌え属性が高いんだな、と胸の内で呟いただけだ。
「…ところでさ、俺も秋那と春斗が付き合うの手伝ってもいいか?」
「ん…?どうしたんだ急に」
このままだと進展しなさそうだし、とは言えなかった。
夏樹は慌てて声のトーンを上げた。
「ほら、アレよアレ。お節介焼きたくなっちゃったんだよ」
「お前朝に手伝っても意味ないって言ったぞ」
「それは、随分昔のことだから気にすんな。設定が固まってなかった」
「今も固まってないのにいいのかよ」
「秋那が言うんだったら初期の設定に戻してもいいけれど」
「今更戻れねぇだろ俺もお前も!?」
「確かにそうだけど、努力はするから近しいところまで戻れるかもしれないぞ」
「いや、今のお前が手伝おうって言ってんだから今の手を借りるわ」
「お、そうなるよなぁ、やっぱり」
夏樹はにか、と心から楽しそうに笑った。
この掛け合いが好きなのは夏樹も秋那も同じだけれど、夏樹は他に掛け合いができる人が少ないから嬉しいのだろう。
「じゃあさ、作戦会議でもしようぜ。ノープランで冬雪には絶対に勝てないからな」
「作戦会議…いつならできるんだ?」
「いつだろうな。お前が暇な時俺の家に来いよ」
「そういやお前不登校だったな」
都合がいい。
秋那は脳内でスケジュールを確認する。
「じゃあ明後日はどうだ?放課後なら空いてる」
「今日明日はなんかあんの?」
「あぁ、塾だな」
「サボればいいのに…って言いたいとこだけど恋愛にかまけて成績が落ちたらマズイもんな、まぁ頑張ってくれよ」
秋那の背中を叩く夏樹。
夏樹は二三歩前に出てから秋那を抱きしめて、秋那にキスをした。
不意をつかれた秋那は慌てて突き飛ばす。
「な、何すんだお前!!?!」
「さっきは自分からしたくせに」
からかい交じりに夏樹は言う。
続けて、秋那にはわざと平坦に聞こえるように、トーンを抑えて言った。
「幼馴染の応援…なんてね」
「おま…っ」
秋那が言い終わるより先に夏樹は駆けて自宅に入っていった。
いつの間にか夏樹の自宅に着いていた。夏樹の家ということは隣には春斗の家がある。
秋那は春斗の家をちらりと見てから自宅に向かった。
好きだ、と呟いてから。
「にゃは〜!うぶな恋愛してるね〜、その子たち。懐かしいにゃ」
今日の夏樹達の話を聞いたネッ友の『ナチュメ』さんの言葉である。
「いや、ナチュメさん同年代でしょ?つかナチュメさんとこが歪んでるだけっす、絶対」
「同年代だけどにゃ、そんなところとっくに過ぎたような恋愛してるんやぞアイツら…あ、敵いるよん?」
「いやあんたが置いた地雷でしょ!?…どんな恋愛してるんです?」
「そうやにゃあ〜、日常的に自殺しようとしている子と死なせない為に奮闘してる子がいるにゃあ」
「死なせない為に奮闘してる子頑張ってくれ!」
「日常的にフェラの話とかしとるけど大丈夫かにゃあ?」
「やっぱ取消で!!…お、敵ですナチュメさん」
「もう殺したにゃ〜よ?」
オンライン対戦ゲームで遊んでいるため敵からの攻撃もうける。大抵、夏樹がぐるりと見回し続け、人影を発見したらナチュメに伝え、ナチュメが狙撃する。段々と最強の砦として有名になってきていた。
ナチュメにリアルで会ったことは無い。
会ってみたいとも思わないが。
「つかさっきの話の続き聞かせてくださいよ、気になりますよ」
「もうおしまいにゃ〜」
「え、なんで?そんな反応面白くなかったですか?」
「次回も出るための、引き伸ばしってやつにゃ!」
どやぁ、と見なくても伝わる位に自慢気なナチュメ。
夏樹はナチュメに向かって銃をぶっぱなす。
「にゃふっ?!」
油断していたナチュメは防御が間に合わずキルされた。
「にゃにするんだよ___最強"さいつよ"の堕天使(暗黒微笑)」
「うぐうっ!な、なんでその名前を…」
「ナチュメに知らないことはないんだにゃ〜」
「ホントやめてください、モンエナ零しました…うわ、パーカーびしょびしょや…」
「にゃはは、嫌がらせ成功なんだにゃ〜」
「も…趣味悪いっすよ」
「キヅナに言われたくないにゃ〜よ?」
「俺は別に悪くないっすよ」
「いや、悪いにゃ」
夏樹はなつき、という名前を入れ替え、きつな、つに濁点をつけカタカナに変換…といったかたちでキヅナとしてインターネットの世界で生きている。
それは兎も角夏樹の性格が悪いとナチュメは断言した。
台詞の完成を待つことなく否定するぐらいには確信があるらしい。
「どこがっすか…」
「プレイスタイルにゃ〜。しかし、おみゃあ今誰に惚れても横恋慕する羽目になるんだにゃ?」
「あ〜、言われてみればそうですね。というか横恋慕って言い方やめません?切ないです」
「恋愛なんて切なくてなんぼよ。ナチュメの恋愛談でも聞くかにゃ」
「遠慮しておきます」
ナチュメの恋愛談は、同年代の筈なのに妙に数が多く、そしてハードだ。
ハートフルではなくハードフルだ。
愛のかわりに殺意が満ちている。
夏樹だったら死んでいるであろう場面や、明らかに死んでいる場面でも、ナチュメは生還したのだといつも通りに言う。
ナチュメに会いたくない、と夏樹が思うのはその修羅場体験の多さがあったりする。
「なんかつれないにゃあ?あ、元カノ襲来にゃ、キヅナ頼んだ…ぐっ!」
「通話で見えないからって口で言わなくていいんですよ全く!!今絶対自慢気ですよね目に浮かびますよ!」
「なんでバレたにゃ!?は、まさか隠しカメラが!」
「付き合ってくうちに分かるに決まってるでしょ!」
「え、隠しカメラ見つけちゃったんにゃけろ?」
「今すぐ壊せ!!!」
「にゃんぴすっ!」
ナチュメの元カノを夏樹が撃ち抜くのと通話越しにナチュメが隠しカメラを破壊したのは同時だった。
グシャ。と形容すべき音が響き、夏樹はもしかして素手でいったのか?と思う。
カメラが素手で壊せるかどうかは分からないが、ナチュメならいけるであろう。
「はい、元カノも討伐完了ですよ」
「しつこい女は嫌われるから、仕方ないにゃ〜」
「いや、あいつ男でしたけど。性転換させないでください」
「そうだったんにゃ?まぁキヅナにも負けるような雑魚、性転換したってしょうがないにゃ」
「隠れるようで隠れてないですけど、俺の事雑魚って言いました?」
「暗喩のつもりだったんだけどにゃ、バレたら仕方ないにゃ。ちなみにポイントはキヅナにも、のも。」
「いや謝ってくださいよ!ナチュメさんも性転換しますよ?」
「いや、ナチュメの性別がどちらかは判断がついてないにゃろ?じゃあ問題にゃいな!」
「ありますよ!これで男性化してたら急にCV村瀬歩からCV津田健次郎になるんですよ!」
「村瀬歩は固定がいいにゃ…」
「女性化してもCV村瀬歩のままな気がするけど!」
「因みにCV小野友樹でも良いにゃ〜よ?」
「贅沢なとこ持ってこうとすんな!!」
「イケボがいいにゃあね?」
そういうことではない。
この後はキルし合ったり色々あったりで別れ、就寝。
夢は見なかった。
織り成す恋愛(仮) @hinataakane
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