お前百まで、わしゃ九十九まで【KAC2022】-⑤

久浩香

お前百まで、わしゃ九十九まで

 幼馴染の儂と婆さんは、誕生日が同じやろ。

 やから、年が丸々1つ違うんや。


 丙午ひのえうま生まれの婆さんの子供の頃といえば、そのさがの所為か、それはもう呆れるほどに気が強く、儂などは、使い走りにされとった。


 それがまぁ、実科の女学校を卒業した頃には、すっかり大人しくなって、昔を知っていながら、ちょっと見惚れてしまうほど別嬪さんになっとった。まぁ、今思えば、猫を被っとったんやろうが、なぁ。


 さておき、そんな、ええとこの娘さんみたくなっとった婆さんやったが、丙午っちゅう難点は変えられんでな。結婚相手となると、なかなか見つからんかったようで……ん~っと、まぁ、その…よくない所やな。女の人があんまり嫁に行きたいと思わん男の所とでも言うんか? まぁ、そんな相手の所に出す宛まで探されとったそうや。


 それを救うたんが、儂や。

 ここだけの話。あの勝気な婆さんが、見ておれんほど、しおしおになっとってな。つい、「儂が貰たる」って、言うてもうたんやな。それで、親にそれ言うたら、渋い顔してなぁ。特に、母ちゃんは、儂が未やし、子供の頃の事も見とるせいもあって、「尻に敷かれるけん、やめとき」ゆうて、余計に心配しとったんやけど、まあ、婆さんなら仕方ないって折れてくれて、挨拶に行ってくれたんや。


 でも、そんな婆さんやから、儂が出兵した後も、子供3人担いで、家を守ってくれたんや。

 ほんまに、感謝しとるわ。


 今、こうしてなぁ。孫どころか、曾孫にまで囲まれて、米寿を祝って貰えるんは、ほんま、婆さんを嫁に貰えたお陰や。


 婆さん。

 もう、とっくに共白髪やが、この先もようさん生きて、お前百まで、わしゃ九十九まで、で、あっちにも一緒に逝こなぁ。


 ★


 こういう時、戦前生まれの男共というのは、気が回らないもので、自分達の母親のミヨ子にとっても今日が、満88歳の誕生日だという事を忘れ去って、徳造と一緒に酒を呑んで話し込み、一緒になっていい気分になったまま、ひっくり返っていたが、バブル期に恋愛や結婚をした孫世代になると、主役の徳造にはもちろん、自分達の父親や舅にあたる戦前生まれの男共の給仕役に回り、女衆達には、せいぜい酒や肴の追加を頼むに留め、ゆっくりとミヨ子を祝えるように気遣っていた。

 その会場は台所ではあったが、そこはそれ、昔の家の台所は広い。10人ぐらいが集まったところで、余裕で動き回れる広さであったし、コンクリートを打った土間に、ダイニングテーブルを二卓繋げて置いて、椅子や上りかまちに座るので、座敷で座布団の上に座る男衆よりも、楽に過ごせるぐらいだ。


「おとうさん。『一緒に逝こ』ってねぇ。ええ事言うたつもりなんやろうけど、葬式、出す方の身にもなれ、って話やんねぇ」

とは、長男の嫁が、大人しくケーキを食べるミヨ子の曾孫で、5歳になる彼女にとっての孫の方を見つめながら、零した口火だ。


「お義祖母ばあちゃん。さっき、お義祖父じいちゃんが言よった事って、ほんとぉ?」

と、訝し気な孫の嫁の問いかけに、ミヨ子は、湯呑を持ったまま、フフンと斜に笑い、

「まあ、ねぇ。でも、あの人が、私に惚れとったんは、それこそ、あたしの子分やった頃からやからねぇ」

と、周囲にはそれと解らない程度に、顔を赤らめながら、得意気に答えた。

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