八十八の儂とお主

イノナかノかワズ

八十八の儂とお主

 父はここら一体の大地主じゃった。若い時に戦後の改革により多くの土地を失ったが、祖父や父は人徳があり、優秀じゃった。

 その優秀さには多少の違いがあろうとも、親子そろって慕われ能力があるのは、儂がここまで過ごした中でも珍しいと思う。

 なんせ、儂の兄は優秀でもなければ徳もないクズじゃったから。


 平凡であろうが、いや不出来であったとしても人は優しく生きておれば、いい人生が送れると儂は知っておる。まずまずその優しさを貫いていけば、よい人生が送れると。

 よしんばこういう事は死ぬ間際でならんば分からんもんじゃが。


「へぇー。そういうもんかな」


 そうじゃ。

 お主も儂と同じほど生きておるのだから、分かると思うんじゃがの。


「キヨほど考えながら生きてはいなかったからね」


 そうかの。お主は小さい頃から儂の相談相手じゃっただろ?

 それこそ、生まれたときから。


「まぁ僕の方が少しだけ年は上だけどね」


 そうじゃな。

 儂が母の身に宿った時にお主はここに在ったらしいからの。


「まぁね。あの時はビックリしたけど、ヤマ様がキヨのおばあちゃんに恩があったとかだよ。だから、ほら、あっちには無くなっちゃったけどキヨのおとうさんのが植えてあったでしょ?」


 ……そうじゃったな。

 儂が六十の頃に切り倒してしまったがの。


「そういう約束で僕たちはいるからね」


 儂もじゃ。

 ………………


「どうしたの? まだちょっとあるよ」


 いや、お主との時間もあともう少しじゃと思うとな。感慨深くての。


「そう? キヨは名前の通り清く生きてきよに逝くと思うけど」


 じゃが、こっちには戻ってこれんじゃろ?

 お主が向こうに行くのには時間がかかるしの。それにツボミは怠け者じゃしな。切り倒さなかったりするかもしれん。

 

「僕はそう思わないけど。ツボミは確かにのんびりしているけど、キヨと同じで約束は守る人だよ。それに優しいキヨも子だ」


 それは知っておる。

 じゃが、万が一があるしの。


「ふぅん」


 ……何じゃ?


「いや、キヨは優しいけど、ズルいところがあったなって思い出したところ」


 ……ちょっとした冗談じゃ。

 

「そうだね。それにキヨがその気でも僕はキヨと共にいる。どんな時でもどんなになっても」


 そうじゃったな。

 儂がここを離れたときも、お主はいつもそばにいてくれた。毎年、どこからともなく優しい風を運んできてくれた。


「そうだよ。僕たちは絶対に離れない。生きていても死んでいても」


 ……そうじゃな。

 

 ……そうじゃったな。


「あ、もう少しだね」


 ……そのようじゃな。

 ああ、優しいの。


「それはキヨが優しいからだよ。僕の風は優しい人には優しくなる」


 お主は……美しいな。


「そうだね。たぶん、人よりも美しいよ」


 ……儚くて強い。


「それはキヨの事だね。けど、大切なキヨにそう思ってもらえたなら本当に嬉しいよ。だって、キヨに相応しくなりたかったからね」


 ……相応しいなど。

 儂はお主のようになりたかっただけじゃ。

 命を宿し、散らし、宿し、枯らし、耐え、再び宿す。

 何度も幾度も折れ、育ち、折れ、育ち。伸びて伸びていきたかっただけじゃ。


「……だからキヨは優しくて美しいんだよ」


 ……そうじゃな。


 ……………………


 ああ、もう終わりじゃな。最後に、最後にお主の顔を見せておくれ。


「そうだね。最後は僕とキヨ。二人だけの時間で」


 …………………………

 

 ……ああ、やっぱり…………


 ……………………やさし……くて……


 …………………………うつくし………………いの。



 


 ………………最期…………頼み……………………じゃ……………………




 





「クルクルクルリ、クルクルリ、花車。クルクルクルリ、クルルルル、おばあちゃん」


 一人の幼子が祖母を探しに探検に出かけた。町の中心にある桜のところにいるよ、と言われたので、ツクツクテンテンとあっちこっちと鼻歌を歌いながら坂道の歩く。

 クルクル廻る花車のように舞い散る桜の花びらを追いかけながら、幼子は頂上へとたどり着いた。


 そこには穏やかに眠っているおばあちゃんがいた。


「おばあちゃん、おばあちゃん?」


 幼子は喜んで駆け寄る。おばあちゃんが好きだからだ。優しく穏やかでいい匂いがする。ちょうど、今日の暖かな春のような。


「……おばあちゃん……お……おばあちゃんっ!」


 だが、幼子は気が付いた。いつものようなおばあちゃんじゃない。穏やかでいい匂いがするのに、優しくない。

 優しさだけがどっかに、どこかに消えてしまった!


「お、お、お、お、おばあちゃぁぁぁぁぁぁんーーーーーーー! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


 幼子は泣き出す。

 大声で、小さな町に響き渡る大声で泣き叫ぶ。


 けれど。


――やっぱり、ずるいよ、キヨ。


 どこからともかくあたたかな声が聞こえた。儚く強く、そして優しい声が聞こえた。

 

「うぇ?」


 それと同時にサーーとすべてを浄化するが如く、幼子の周りに桜の花びらが集まる。クルクルと集まり、それは天へ上る一つの龍となる。


 そして散った。


「……ばいばい! ばいばい!」


 幼子は笑った。大きく大きく天を貫く巨木の桜すら追い越すかの如く叫んだ。


 温かい風が涙に濡れた頬を撫でた。









「ツボミさん、伐ります!」

「よろしくお願いします」


 ツボミと呼ばれた中年の女性が見守る中、花吹雪く桜が伐採される。周囲には多くの人がいて、それは年寄りから子供まで。町の人だけでなく県外からも、多く。

 桜の花びらが、伐採に応じて吹雪く。唸るように、けれど微笑むように散っていく。優しく清い。

 それを見てツボミはつぶやいた。


「お母さん。頑張りました。お母さんと同じ八十八歳でこの世を去れるように、数日後には一緒に逝けるように、私、頑張ったよ」


 ツボミは視界に涙をためる。けれど、清く微笑む。


「八は清浄の数字。八十八はもう八三昧。だからこそ、安らかに幽世に逝けるように、清らかに二人そろって逝けるように頑張ったよ」


 雫が温かな春を染める。ポタリポタリと染めていく。


 けれど、春は、桜は包み込む。


「「「「「「おお!」」」」」」


 桜が伐採されたと同時に、ぶわっと、春の嵐が舞う。地に落ちていた花びらはもちろん、今まさに逝った桜が纏った花びらすらも巻き上げて、天へと昇っていく。


 そこにいる皆を包み、町を包み、天へと散っていく。


 最後にツボミの前に花びらが笑った。舞った。


「じゃあね、桜清さん」


 そして一人の女性と桜の精霊はこの世を去った。








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