サムライの俺、なぜか目覚めたら聖王国だった 〜俺が強いので聖王や聖騎士が放っておいてくれない件〜
三船十矢
光輝なる聖王都の、異邦者
聖王都ラディアス。
光神ソルティを崇める信徒で構成されるラディアス王国の中心地である。
文化的にも経済的にも豊かで、大陸でも屈指の大都市だ。
住んでいる住民たちの生活水準は高く、綺麗で上品な服装に身を包んだ人々が行き交う美しい世界。
そこに――
まるで鮮やかな色紙の上に垂らされた墨汁のような異物があった。
小休止のために作られた小さな公園に、若い男が寝転がっている。
「うう……」
夜空から注ぐ月明かりを浴びながら、男がうめく。
少なくとも、死んではいないようだ。
それ自体は特に珍しくもないが、問題は服装だ。
美しき聖王都には似つかわしくない粗末で薄汚れた服――に加えて、胸から腰までを黒い鎧で覆っている。ズボンも膝までしかなく、その下には黒い脛当てをつけている。
おまけに、鎧の形状もまた不思議だ。
聖王都の衛兵たちがつけている通常のものとは違い、板状の鉄を何枚も張り合わせた構造になっている。
男の近くに転がっている剣もまた変わっている。
頑強で刃の広いブロードソードとは明らかに異なる、優美な弧を描く刃。重量による押し斬りではなく、撫で斬ることに特化した武器だ。
甲冑と刀。
いずれも東方に存在するもので、聖王都では滅多に見かけないものだ。
「……ああ、うう……」
男が目を覚ました。
ボサボサに伸びた長い髪と同じ真っ黒な瞳が外界をぼうっと眺めている。
その目には聖王都の光景が奇異に映った。
「ここは、どこだ?」
見覚えがないどころではない。
夜の通りを行き交う人々が着ている服も、立ち並ぶ建物も。
男の記憶にはないものだ。
記憶にあるものは――
――
最後に聞いた、血にまみれた主人の言葉だ。
寿太郎ははっとなって周りを見渡した。だが、どこにも主人の姿はなかった。
(……俺は死んだ殿の死体を埋葬して――)
行くあてもなく駆け出した。
主人は死に、領地はすでに滅びた。周りは血に飢えた追っ手だけ。
休むことなく、走って走って走って――
(ぶっ倒れたんだ)
体力の限界だった。
そのまま意識を失うようにして眠り、気がついたらここだった。広がっていたのは野山の風景だったはずなのに。
何かど忘れしているのだろうか。
寿太郎は記憶を探ってみるが、どうにも覚えがない。
やはり、野山で倒れて、この街なのだ。
(……何がどうなっているんだ?)
とにかく、おかしな状況だ。
わかったのはそれだけだったが、寿太郎には充分だった。おかしいのなら、捨ておけぬ。二本の足で動き回り、答えを見つけ出すのみだ。
鞘に収まったままの刀を手に取り、寿太郎は街へと歩き出す。
時間は夜だったが、街はあまり暗くはなかった。
街のあちこちに明かりが灯っているからだ。
(……
まるで『光そのもの』が置いてあるような輝きだった。
こんな明かりを寿太郎は見たことがない。
歩いている寿太郎を見るなり、すれ違う人々は表情をぎょっとさせて慌てて距離を置く。
寿太郎はなんとも思わなかった。
寿太郎からしても相手の姿は珍奇に見える。ならば、相手も同様だろう。服の様式からして違う。彼らの着ている『小綺麗でおしゃれな服』は寿太郎には違和感の塊でしかなかった。
(どうなっているんだ、ここは?)
しばらくうろうろと歩くが――
結局、ここが異邦の地である以上の情報は得られなかった。
(……さて、どうするか……)
そんなことを考えていると、首筋にぞくりとした感覚を覚えた。
(――!?)
その感覚は決して知らないものではなかった。
むしろ、近しい。
それは、寿太郎が『人ではない存在』を感じたときの反応だ。
人ではない存在――怪異を。
寿太郎は走り出した。
(……この街にもいるのか?)
怪異とは人とは相容れない存在。無条件に人を憎み、殺すもの。
怪異の出没は人にとって脅威以外の何物でもない。
寿太郎は特異体質なのか、怪異の出没を先んじて感じやすかった。
なので、率先してあやかしを狩っていた。
だから、寿太郎に苦手な気持ちはない。むしろ、これは自分の仕事であり責務であるという誇りすらある。
風のように走り、寿太郎は嫌な感じの出元にたどり着いた。
かくして――
確かに怪異がいた。
「グルオオオオオオオオオオオオオオオ!」
メインストリートから離れた、光量の少ない裏路地。
そこに寿太郎よりもはるかに背の高い巨体がいる。
腰ミノだけの半裸で、隆々とした筋肉を誇っている。なかなか特徴的だが、それ以上に目立つのは人間の身体の上に乗っている牛の頭だろう。
とんでもなく目立つ姿なのだが、どうして街中に現れたのか。
答えは簡単で、それが怪異の性質だから。怪異は不意に現れるのだ。まるで空気から湧き出てきたかのように。
「
寿太郎は怪異の名前を口にする。
戦ったことがある相手。倒したことがある相手。恐怖を感じるはずもない。
いや、未知の相手であっても寿太郎は恐怖を覚えたりはしない。
「ふふ」
寿太郎の口元が笑いで緩む。
寿太郎は戦いで恐怖を覚えたことなど一度もない。むしろ胸が熱くなるのだ。命のやりとりを交わす一瞬がたまらなく楽しい。
きん。
寿太郎が刀を引き抜いた。
「ひいいい! ひいいいい! こ、殺される!」
牛男の少し離れた場所に、若い女がいた。
寿太郎には気づかず悲鳴をあげている。どうやら腰が抜けているようで、逃げ出すことができないらしい。
寿太郎は女に駆け寄った。
「おい、もう大丈夫だ。俺があいつを――」
女はほっとしたような表情を浮かべたが、寿太郎の姿をまじまじと見た瞬間、再び悲鳴をあげた。
「いやあああああ! 別のけ、穢れが、また!?」
「な、なにぃ!?」
女の言葉の意味が寿太郎にはなんとなくわかった。
どうやら、彼女は寿太郎のことを穢れ――おそらくは寿太郎の言葉だと怪異――だと思っているのだ。
どうして?
異邦な装備をしているからだ。
混乱した人間からすれば、寿太郎もまた怪異に見えるのだろう。
「おい!」
寿太郎が抗弁するよりも早く、女が気を失った。
直後――
寿太郎は振り向きざまに刀を一閃させる。
甲高い音が響き、寿太郎の刀が牛男の大斧を弾いた。
「グルオオオオオオオオオオオオオオオ!」
戦意に満ちた声を牛男が吐き出す。
すぐそこまで近づいてきていた巨体に視線を向けながら、寿太郎が口を開く。
「運が悪かったな。お前みたいな奴の相手は慣れているんだよ」
寿太郎は刀に力を送った。
それを受けて刃が青く光る。
この力がなんなのか、寿太郎は知らない。生まれて初めて怪異と戦ったとき、死に物狂いで会得した技術だ。
怪異は普通の剣でも攻撃できるが、この力を使えば――
「ふっ!」
寿太郎は息を吐くと同時、刃を振る。
蒼刃は、まるで岩のように硬い牛男の鍛え抜かれた身体をやすやすと切り裂いた。血は出ない。傷口はぱっくりと開いているが、黒い何かがのぞくだけ。
怪異とは、そういうものだ。
「グルオオオオオオオオオオオオオオオ!」
痛みはあるのだろう、激怒した牛男が大斧を振るう。
だが、寿太郎にすれば、それは全く速くない。たくみに刃を操って攻撃を受け流す。
「……ゆっくりとやっていてもいいんだがな――」
ちらりと背後で気絶している女に寿太郎は目を向けた。
下手を打って巻き込むわけにもいかない。
「さっさと終わらせよう」
寿太郎の刃に宿る青い輝きが、光を増した。
そして、青い炎のように燃え上がる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
寿太郎は刃を持ったまま、踏み込んだ。
牛男が大斧を振り下ろす。
寿太郎の蒼刃が大斧と激突――直後、大斧が粉砕する。勢いを殺さず、そのまま刃は牛男の身体に炸裂した。
「グルオオオオオオオオオオオオオオオ!?」
牛男の絶叫――
それが最後だった。
牛男の身体は青い輝きとともに爆散する。
やがて、夜が再び闇を取り戻した世界で、ふぅと寿太郎は息を吐いた。
終わった――
そう思っていたのだが。
「――ずいぶんと人に似た『穢れ』だな」
そんな声がした。
寿太郎が振り返ると、そこに見知らぬ男が立っていた。
年は寿太郎と同じくらいだろうか。
髪は金髪で目は青い。野性味のある寿太郎とは違う、気品のある顔立ちだ。
まとっている鎧も、小太郎の甲冑に比べるとはるかに頑強なものだ。右手に握っている抜き身の剣も刃が幅広い重厚なもので、明らかに寿太郎の刀とは違う。
その視線が――
敵意を宿した視線がじっと寿太郎を見ている。
「この聖なる都での狼藉、許すわけにはいかん!」
裂帛の声とともに、男の殺気が膨れ上がる。
またしても寿太郎は理解した。
助けた女が風変わりな寿太郎を敵だと認識したように――
目の前にいるこの男も、寿太郎を同胞だと考えられないようだ。
「死ね!」
男が一瞬で間合いを詰めてくる。
それは鍛え上げた一流剣士の踏み込みであり、斬撃だった。
だが、それは寿太郎も同じ。
神速の反応で男の一撃をいなす。
寿太郎は叫んだ。
「おい! 待て! 落ち着け!」
「人語まで喋るか! 特務の私が出張ってきた甲斐がある!」
男の容赦のない斬撃が、寿太郎に襲い掛かった。
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