第21話

今日はお兄さんに会える日だ。


お兄さんがいない週は退屈で仕方がない。今の僕はこの2週に一度の逢瀬だけを目的に生きていると言っても過言ではない。



「よお、2週間ぶりだな。」


そんな事を考えていると、頭上から声をかけられる。顔を上げるまでも無くその声の持ち主がわかって僕は顔を輝かせた。


「お兄さん!」


そう言って立ち上がろうとしたら、今朝鞭で打たれた足に力が入らなくてよろけてしまった。


「おい!大丈夫か?」


「ご、ごめんなさ・・・大丈夫・・・」


「また何かやられたのか?どこを怪我してる?」


「足を・・・」


またお兄さんに心配をかけてしまった。それを申し訳なく思うのに、心配されているという事実を嬉しく思ってしまっている自分がいる。


(誰かに心配されるって・・・いいな・・・)


僕の傷を見て顔を顰めたお兄さんが、僕のために怒ってくれてるのが伝わってくる。

今までこんな風に僕のことを想ってくれる人はいなかった。助けても何のメリットもない僕をお兄さんだけが損得関係なく気にかけてくれる。



そうして湧き上がってきた感情にくすぐったさを感じていると、お兄さんは前回同様自分の服のパーツを外して僕の足を手当してくれるらしい。

・・・何だか、僕が毎回お兄さんの服の一部を奪ってるみたいで、良くない妄想をしてしまう。



それにお兄さんもお兄さんだ。僕の足の間に入り込んで、なぜか口を使ってリボンを巻いていくのだ。 必然的に僕はローブで隠れたお兄さんの頭を見つめる形になった。リボンを結んでくれている時に耳から落ちた黒髪とチラッと見える形のいい唇から目が離せない。


「とりあえずはこれでいい。もし治療してくれそうな奴がいたら見せるんだぞ。」


「うん、ありがとう!」


パッと顔をあげたお兄さんに、僕は照れ隠しのように元気に返事をした。



「よし、じゃあ今日も何か食べに行くか?」


「ううん、今日はお兄さんとおしゃべりしたい。」


いつものように何かをご馳走してくれるというお兄さんに首を振る。お腹も空いているけれど、僕はもっとお兄さんと話がしたい。


移動中と食べてる時間はどうしても話ができないから・・・


「俺と・・・?もしかして金がないことを気にしてんのか?」


「ち、違うよ!食べるより、お兄さんと話がしたいの。」


「そうか・・・?まあ別にいいけど。」


怪訝そうな声を出しながらも承諾してくれたお兄さんにホッとする。僕はまだお兄さんのことを何も知らないから、これからもっともっと知っていきたいのだ。


「よかった!じゃあ質問!お兄さんは貴族なんですか?」


「一応貴族の家の生まれだよ。そうは見えないだろうけどな。」



やっぱり貴族なのか。それにしては不思議な雰囲気だかど、ローブで隠しているものと関係があるのだろうか。そう思って次の質問を決める。


「なんでローブを被ってるんですか?」


「うーん・・・俺の姿は皆に忌避されるからな。」


お兄さんはとても醜いのだろうか?それとも大きな傷があるとか?たまに覗く顔や手のパーツを見ればとても美しそうなのに・・・


でも僕の瞳の力からお兄さんの痛みのような感覚が感じられる。きっと忌避されているというのは本当なのだろう。



「そんな・・・僕は絶対にそんな風に思いません!」

 


お兄さんがどんなに醜かったとしても僕はお兄さんを嫌いになったりしない。僕がお兄さんの心の痛みを和らげる存在になれればいい。そう思ったのに・・・


「はは、どうだかな。」


お兄さんはあんまり本気にしていないらしい。


「本当ですよ!」


僕はむくれてお兄さんを睨む。でも頭を撫でられて軽くあしらわれてしまった。


(もう、全然信じてくれないんだから・・・でもこうやって撫でられるの、気持ちいい・・・)

 


そう思ってお兄さんの手を堪能していると、今度はお兄さんから質問を投げられる。


「じゃあ俺からも質問だ。ザックの好きな食べ物は?」


「この間一緒に食べたパン!」


あのパンは本当に美味しかった。今まで食べたものの中で一番と言ってもいい。


「他には?」


でもお兄さんは納得しなかったみたいで、他のものを尋ねてくる。


「うーん、いつもはカビだパンとかあまりもののスープしか食べてないから、よく分からない・・・」


「そうか・・・」


少し悲しそうな雰囲気が漂ってきてしまったので、僕は空気を変えるため、あとは本当に知りたくて次の質問をした。



「じゃあまた僕からね。お兄さんの好きなタイプは?」


「ゴホッゴホッ、なんでそんな事を聞く?」


「ただ、気になって・・・」


突然むせたお兄さんを心配しつつ、こんなあからさまな質問をしたら僕の気持ちがバレてしまうだろうかと恥ずかしくなった。


「好きなタイプか・・・俺は考えたこともないな。そもそも恋愛には縁がないだろうし・・・参考にならなくて悪かったな。」


「あっ、ごめんなさい・・・。その、容姿のせいで・・・?」


僕はさっきの話を聞いていながらひどい質問をしてしまったのかもしれない。お兄さんから自信のなさや諦めの感情が感じられる。


「ああ。・・・まあ、性格も良くないけどさ。」


「そんなことないです!」


お兄さんは僕にとって慈悲深い女神様のような人だ。だからつい前のめりになって否定してしまった。



(お兄さんはこんな僕のことも気にかけてくれるすごく優しい人なのに・・・)


それなのに、お兄さんの心は寂しかとか無力感で溢れていて、僕は居ても立っても居られなくなってお兄さんに抱きついた。


「ザック!?」


「少しだけ、こうさせてください。」


「あ、ああ。いいけど・・・」


その言葉とともにお兄さんは僕を心配して背中を撫でてくれる。


(やっぱり優しいなあ・・・)


自分も傷ついているだろうに、僕を慰めようとしてくれるお兄さんに言葉にできない感情が込み上げてくる。



(誰もお兄さんを欲しがらないなら、僕がもらう。いや、誰が欲しがったってやるもんか。)


そのためには、僕がお兄さんを幸せに出来るだけの力をつけないと。背中をさすってくれる腕の心地よさに瞼が重くなるのを感じながらそう思った。


「ザック・・・?」



そう思ったところで意識を手放していた。お兄さんはギリギリまで僕を起こさなかったようで、もっと話したかったのにとむくれれば「寝たお前が悪い」とデコピンをされた。


全く痛くないそのデコピンにさえ幸せを感じて、いつか毎日のようにこんなやりとりをしている僕たちを想像してしまう。


その想像に勝手に赤面していると、お兄さんが心配そうに顔を覗き込んできた。


顔が赤くなっている自覚があった僕は、顔を見られまいと慌てて別れの言葉を告げてお兄さんと別れた。


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