続・お笑い芸人の苦悩
朝樹小唄
ベイズ
「失礼ですけどお父さん、今年何歳になったんですか?」
「88歳。俺、米農家でね。それで今年88歳。ベイズ」
「べ、べいず?」
「だから、ベイズ。 ベイズ!」
最近人気のバラエティ番組。溜まっていた録画を観たら、今回は「全国各地に面白い人を見つけに行く」という企画だった。突然の強キャラおじいちゃん登場に、VTRが流れるスタジオは沸いている。
この光景に、お笑いをやっている身としては、あまりの悔しさで歯ぎしりしそうだった。
くっそ、なんでこのお父さん「米寿」って言うだけでこんなに面白いんだよ。やっぱ訛りって卑怯だわ。
お父さんの声の音量が少し下げられ、番組のツッコミナレーションが流れるようになっても、その後ろでお父さんはずっと、ベイズ! ベイズ! と壊れた人形のように繰り返している。
いや、なんで米寿って伝える事にそんな情熱注いでんだよ。
その姿に視聴者もただならぬものを感じ取ったのか、録画を追って行くと、お父さんはすっかり番組の名物キャラとなっていた。登場時は「ベイズ」に音の似た名前のロックバンドの曲が流れるのが、また笑いを誘う。
ある時、ついにスタジオにまで呼ばれたお父さんは、まんざらでもない表情をして階段を降り、いつもの農作業姿のままソファに座った。そして、女性タレントに質問を投げ掛けられる。
「お父さん、今私が着てる服の色分かりますか?」
「らくだ色」
「えっと、そうじゃなくて……もうちょっと今時の言い方……」
そう言われて全てを察したお父さんは、得意気にベーズ! と答え、ベージュ色の服を指差した。
ちょっとお笑いを理解し始めるな。
後日ネタ合わせの際に、この気持ちを分かち合おうと、相方に話をしてみた。
あー、俺もみたみた。あのお父さんめっちゃ面白い。と相方は暢気に言う。
「俺らも掴みになるような一発ギャグとか考えるか」
「ふとんがふっとんだ」
「しばくぞ」
「暴力とエセ関西弁、反対」
相方はやる気なく、のらりくらりと応えた。お前は少しも悔しいとか思わないのか? 俺らが喉から手が出るほど欲しい爆笑が、奴には「ベイズ」という三文字だけで確約されてるんだぞ。
「そんなにウケるんだったら、俺だって88歳になって『ベイズ』って連呼してぇわー」
「お前ってほんと僻み根性強いよな」
呆れたように言った直後、相方は何かに気付いたような表情をした。
「『めっちゃ面白い』って認めてるから、そうやって僻むんだよな?」
突然哲学のような、心理学のような問いを突きつけられて、俺は黙ってしまった。
相方は続ける。
そもそもお前、めっちゃお笑い好きじゃん。
普通に会話してても舞台用のツッコミしてくるぐらいだしさ。
だから笑いに対しても普段からアンテナ張ってる。
さらには、面白いものを見つけてただ羨ましがるだけじゃなくて、お前の文句って「こいつは面白い」って認めたうえで言ってんだよな。
ある意味全肯定なんだよ、それ。
今時、傷つけない笑いって大事だろ?
キレ口調でひたすらに相手の事褒めちぎったら面白いんじゃねえの?
「まあ、そうかもしれないけど……」
相方の突然の力説に、その時はあまり納得がいっていなかった。
今日は、お客さんによる投票が行われ、順位が決定される月一回の定例ライブだ。
俺らは10組中6位という中の下の結果で、我慢できなくもないけど今日腹いてえなって時と似た気持ちになった。
今日の一位は圧倒的にウケていたコンビで、お客さんの心を掴みきり、やる事なす事全てどっかんどっかんウケているような状況だった。その直後の出番が俺らだったというのも、今日は分が悪かった。
全ての順位が発表されたところで、MCがおさらいをする。
「え~、今回の一位はウェッジ。それで六位はジャパンザクール、と」
「なんで俺らを晒すんだよ、六位じゃなくて二位に触れろよ」
舞台用の相方は、即座にツッコミを入れた。
その時俺は、舞台用じゃない時の相方の言葉を思い出した。
──キレ口調でめっちゃ相手の事褒めちぎったら面白いんじゃねえの?
一か八か。
立ち上がって声を張り上げた。
「おいおい、なんだよお前ら!」
俺が何か仕掛けると察した芸人達は、即座にヤジを飛ばした。それらを跳ね除けるようにして、俺は一層声を張る。
「なぁ、ウェッジ! お前らなぁ……面白すぎるんだよ! いいなー! 一位いいなー! ちくしょー、しょうがないよだってウェッジ圧倒的に面白かったもん! 俺だってお客さんだったらウェッジに入れてたもん、あ~その才能欲しいなー!」
友達のおもちゃを羨ましがる子どもよろしく、俺は舞台上でわめいた。「ベイズ」のお父さんを意識しつつ、いいなーと、めちゃくちゃに繰り返した。
「売れちゃうなー、今のうちサインもらっとこうかなー!!」
するとウェッジのボケも、眼光鋭く、勢いよく立ち上がる。
ケンカかー!? やるのかお前らー!? という周りの囃し立てがさらに強まる。
その声を浴びながら俺にゆっくりと近付いてきたそいつは……。
「ジャパンザクールも、面白かったよ」
と優しく言ってきた。
対する俺は唇を突き出して、うんうんと頷いた後、もじもじしながら「ありがと」と小さい声で言った。
ウケた。
人生、何が良い方向に転ぶのかまったく分からん。
とりあえず俺もベイズまで頑張ってみようと思うよ、米農家のお父さん。
続・お笑い芸人の苦悩 朝樹小唄 @kotonoha-kohta
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